デジャヴュ
西順
デジャヴュ
僕はここ最近良くデジャヴュを体験する。現実では一度も体験していないのに、どこかで体験した記憶があると言うあれである。僕の場合は後々振り返ると、「この光景、夢で見たな」となるのだ。
犬のうんちを踏むだとか、授業で勉強していない所を先生に当てられるだとか、バイトで失敗して怒られるだとか。嫌な思いをする度に既視感に襲われて、よくよく振り返ると、それが前日に夢で見た光景だったと思い出す。問題なのはこの既視感を思い出すのが、いつも嫌な思いをした後だと言う事だ。
僕はいつからデジャヴュを体験するようになったのか。この『後から思い出す』と言うのを、事前に覚えておいて、嫌な思いをするのを回避出来ないか? この二つを解明し、僕は嫌な思いをする円環から抜け出そうと試みた。
一つ目の、僕はいつからデジャヴュを体験するようになったのか。それは覚えている。祖父の遺品として腕時計を譲り受けてからだ。僕は昔から祖父に懐いていて、祖父が着けている腕時計をねだっているのを、親族が覚えていたので、遺品整理で特に価値が無いとされたこの腕時計を、僕が譲り受けた。
それからだ。デジャヴュを体験するようになったのは。何故そう言い切れるのかって? 僕は日中は必ずこの腕時計を着けているのだが、既視感を覚える時、必ず腕時計で時間を確認している光景もセットで思い出すからだ。
そうなってくるとおのずと二つ目の、『後から思い出す』と言うのも回避出来る算段がつく。それは朝目を覚ました時に、前日の夜に見た夢の夢日記をつける習慣を付ける事だ。夢にはその日起こる嫌な事とセットで、腕時計で確認したその日の時刻が出てくるから、それをさらさらとメモ帳に書いていけば、『後から思い出す』と言う事が回避出来る。
僕のこの作戦は成功した。夢日記を書くようになってからと言うもの、嫌な思いをする事がぴたりと無くなったのだ。
先生に当てられると分かっているから、その前の休み時間に勉強しておくようになったし、バイト先で失敗するのが分かっているから、慎重にそれでいて迅速に仕事を熟すようになっていった。世の中上手くいき過ぎて笑えてくるくらいだ。
嫌な先輩と廊下で鉢合わせる事も無くなっし、いつもの時間の電車が止まるのが分かっているから一本前の電車に乗ったり、外で洗車しているおっさんに水をぶっ掛けられるのも躱し、リードの外れた大型犬に追い掛けられるからと一つ道をそれて帰ったり、欲しい商品が売り切れているからと一駅先の店まで買いに行く。部屋の蛍光灯が切れるのが分かっているから下校時に買って帰り、休日に家にいると親に小言とともに用事を押し付けられるので友人宅に退避したり、街を歩いていたら上から看板が落ちてくるので回避したり、コンビニ強盗に遭遇するから別のコンビニに行ったり、信号待ちの交差点で信号無視した車が突っ込んでくるのを回避したりと、俺はひたすら自分の身に降り掛かる嫌な思いを回避し続けてきた。
そして気付いたのだ。何だか日に日に嫌な思いに遭遇する可能性が、デジャヴュの、夢によるお告げが増えていっている事に。最初は日に一つ二つ程度だったメモ帳の夢日記も、いつの間にやら十項目を軽く超え、内容も物騒なものが増えてきている。事ここに至り、僕は祖父が僕に良く言い聞かせていた言葉を思い出した。
「禍福は糾える縄の如しだぞ。良い事も悪い事も、同じくらい人の身には降り掛かるものなんだ」
祖父はこの腕時計にどんな力があるのか知っていたのだろう。そして僕と同様に嫌な思いを回避する実験を試していたのだ。だが僕はもう嫌な思いをする日常には戻れそうになかった。
その日は朝からドキドキしていた。とびっきりの嫌な思いをすると夢のお告げで出ていたから、学校に行くのも憂鬱だった。しかしそれは幸いにして下校時の出来事なので、帰宅に使う道を変えれば大丈夫だろうと高をくくっていた。ちらりと腕時計に目をやった時に、秒針が動いていない事に気付くまでは。
祖父から譲り受けた腕時計は手巻き式で、必ず朝に一回ゼンマイを巻かないと動かない時計だったのだが、僕は夢のお告げが気になり過ぎて、それをするのを忘れていたのだ。僕の腕時計は、とびっきりの嫌な思い━━通り魔に刺される時刻、4時30分を指していた。
デジャヴュ 西順 @nisijun624
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