第6話
僕は咆哮した。上空に輝く、少しだけ欠けた月に向かって、長く長く。そうするのが正しいと感じたからだ。大気を震わす雄たけびに合わせ、僕の全身を覆う銀の毛並みが揺れる。
僕は人狼たちに向けて、一歩踏み出す。ひるむ気配が伝わってくる。その様子を見ずとも、僕にはもうわかっていた。こんなやつら、僕の敵ではない。調子に乗ってはしゃいでいただけの、みじめな
虎男が一人、僕にとびかかってきた。いかにも破れかぶれといった動きだった。やはりこいつらは
振りかぶられる爪。僕はその一撃をかわさない。その必要はない。相手の爪が僕の顔に届く寸前、僕は右手を振る。銀の光が奔る。それだけで男の顔が半分吹き飛んだ。男の爪は空を切る。体勢を崩し無様に落ちていく男の首に僕は嚙みつき、嚙み砕く。噛み砕いて吐き出す。なんてひどい味だ。
男の体が地面に落ちる。僕はそれを無視して、残りの連中に顔を向ける。
さあ、次は? 次はどいつだ?
なんだ、誰も来ないのか?
だったら。
僕は跳んだ。前方の男めがけて。
突き出した右足が、ワニ女の腹に突き刺さり、貫いた。貫かれた女が、粘ついた血を吐き出した。僕の上半身が血まみれになる。構うもんか。足を引っこ抜く。背中に衝撃。顔だけ振り向く。僕の背後、驚いた表情の熊男が一人。そうだよ、お前たちの爪も牙も、僕の毛皮一つ傷つけることなんてできやしないんだ。
おまえたちにできることは、たった一つだけ。
僕は振り向きざま、右手をフルスイングした。熊男の首が弾け飛んだ。
おまえたちにできることは、僕の爪と牙にかかって死ぬことだけだ。
続けてもうひとり。顔面を掴み、地面に叩きつける。ぐじゃり、と汚らしい音が響く。右の気配に向けて蹴り上げる。ぞぶり、と肉の削げる音がする。一人、また一人と、僕は偽物どもを血祭りにあげていく。どいつもこいつも弱い。なんだ? なんでこんなに弱々しいんだ? こんなに弱いくせに、尾上さんをあんな目に合わせたっていうのか? そんなことが許されるとでも思っていたのか?
また一人の首が飛び、また一人の腕が千切れ、ぐじゃり、ぞぶり。
気がついたときには、その場には僕と尾上さん、そして黒い影の狼女、その三人だけが残っていた。あとの連中は全て、血と肉と骨に成り果てて、ゴミクズのように地面にばらまかれていた。
女は荒い呼吸で、僕を睨みつけていた。時折歯を剥き出し、唸り声を上げる。威嚇でもしているつもりなのだろうか。馬鹿みたいだ。
「お前、いったい何なんだ、お前!」
「何って、見ればわかるだろ。狼男だよ。本物のね」
「ふざ、ふざけるな!」
悲痛な叫びと共に、女が襲いかかってくる。爪が振り下ろされる。人間を一瞬で挽肉に変えてしまうほどの、速くて強力な一撃だ。
僕は避けない。避けずに、女の腕に噛み付いた。女が悲鳴をあげる。構わず、顎の力だけで女の体を強引に振り回す。口を開く。慣性の法則に従い、女の体は吹き飛んでいく。ショーウィンドウのガラスに、頭から突っ込んでいく。
僕は口に残る肉片を吐き出し、女へ近づいていく。這いつくばるような格好の女を、静かに見下ろした。
「何で……」
女が僕を見上げた。その眼にはどうしようもない敵意があった。
「何で邪魔するんだ……どうして……」
「あんたたちの事情は知ってるよ」
「だったら! なんで!」
「あんたたちが恨むべきは尾上さんの父親であって、尾上さんじゃあないからだ」
女が目を見開いた。何を驚いているんだこいつは。
「あんたたちが憎むべき相手は、とっくの昔に死んでいる。いや、殺されているんだ。誰がやったか知ってるか? そこで倒れている尾上さんだ」
僕は精一杯の怒りを込めて、言葉を叩きつけてやる。
「いいか、よく聞けよ。お前たちをこんな目に合わせた男を止めるために、お前たちと同じ実験の被害者で、しかも、いいか、しかもだ! しかも実の娘でもある尾上さんが、父親を自らの手にかけたんだ。娘が、自分の父親を、殺したんだぞ!」
「う、うるさい! うるさいうるさい! 黙れ!」
「お前たちは、そんな尾上さんをこんな風にしやがったんだ。お前たちと同じ苦しみだけじゃない、もっともっと重い苦しみまで背負い込んだ尾上さんを、お前たちはこんな目に合わせた! 許せるわけ――ないだろうが!」
影の女がみっともない叫びとともに、僕に襲いかかってきた。いや、それはもう、襲いかかるなんてもんじゃなかった。自分の欲求が通らないことがわかった幼児が床に寝転んで泣きわめく、そういう
僕は右手を、まっすぐに突き出した。
肉を貫く感触がした。
女の背中に現れた僕の右手は、赤黒い心臓をえぐり取っていた。
僕は力を、そして色々な思いを込めて、未だ脈打つ心臓を握りつぶした。
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