泳げないプール 第22話
『7月5日(水) 〈ハマコー新聞〉七月号 一面
「浜野高校に盗撮魔現る! 水泳部に忍び寄る魔の手」
今月4日、部活動中の水泳部が盗撮の被害に遭った。
午後6時頃、プールで、部員がフェンスの外に不審な人物を発見した。性別は男と見られ、一眼レフカメラを構えていた。茂みに隠れていることもあり、姿ははっきりとは見えなかったが、部員の何人かは、シャッター音をかすかに聞いていた。犯人は見つかるとすぐ、慌ててその場を逃げ去ったという。
これは紛れもない盗撮事件である。卑劣な盗撮魔が、水泳部をターゲットに選んだのだ。言うまでもないことだが、盗撮は立派な犯罪だ。断じて許してはならない、悪辣な行為である。
現在、水泳部は1年生と2年生で総勢16名おり、部員全員が女子という構成。この事実からも、犯人が男であることを示唆していると思われる。2年部長の酒井日向さんは、こう語る。
「最悪です。気持ち悪いです。わたしたち水泳部は来月の新人大会に向けて、部員全員が頑張っているところなので、こんなことは起きてほしくなかったです。盗撮なんて、絶対にやめてほしいです」
学校は、盗撮の被害に遭ってすぐに、県警に通報を入れたようだ。現在、学校周辺のパトロールが強化されている模様。
水泳部に、魔の手が忍び寄った。盗撮は立派な犯罪である。我々新聞部は、この事件について引き続き取材を重ねていく方針である。新たな情報が判明次第、号外ないし再来月号で発表する。卑劣な盗撮魔の正体が暴かれる日が来ることを、切に願ってやまない。(2年 新聞部部長 田中すず)』
北棟一階の廊下。昇降口向かい、掲示板の前。
新聞部の記事をまともに読んだのは、これが初めてだった。
一面の記事には、盗撮魔が発見された場所らしい茂みの写真や、迷惑そうな顔の日向の写真が大きく載っている。
その表情の意味するところは、水泳部を狙った盗撮魔への憤りなのか、田中すずに無理に撮られたことへの苛立ちなのか、どっちかなのかはわからない。いずれにしろ、このおよそ十日後に、水泳部はまたもや盗撮の被害に遭ってしまうわけだ。
ゆずちゃんの口から、苦笑が漏れる。
「うちの姉の文章って……なんだか、あれですよね」
「うん、ちょっとね……」
控えめに頷くわたし。言いたいことはわかる。なんかこう、
「熱が伝わってくる、というか」
妹の手前、わざと濁した表現をしたのだけど、あっさり凛が言った。
「うん。この感じは新聞っていうよりも、週刊誌っぽいかも」
新聞よりも週刊誌に近いというのは、的を得た表現だった。そこまで軽くもなく、そこまで堅苦しくもない微妙なこのラインこそが、むしろ売りなのかもしれないけど。新聞部部長が執筆した記事の文章を、三人で軽く批評したところで、
「それで?」
と凛はわたしを見る。
「この記事が、どうしたの? いきなり、『学校行くよ!』って鬼の形相で言ったっきり、なんの説明もなく、ここに来たわけだけど」
鬼の形相は余計じゃ。……え、わたしそんな顔してたの?
「沙希、どういうこと?」
腕を組んだ凛に、説明を求められる。ゆずちゃんも、物言いたげな目を向けている。
「うん……」
ロングの髪を四、五回かく。
「どうしても確かめたかったの。あのとき藤田は、本当はここで何を見ていたのか……」
「……え、藤田くん?」
「そう。藤田」
ただ、そのことよりも先に、まずは伝えておくべきことがある。
「あのさ」
と、前置き。
「誰がゆずちゃんをプールに突き落としたのか、それがわかった」
一瞬、場がしんとなる。一時半を過ぎた廊下には、端から端まで、わたしたち以外の姿は見られない。生徒や先生は、誰も歩いていない。わたしたち三人だけが、たくさんのポスターが貼り付けられた掲示板の前に立っている。静かだ。
カキーン、と金属バットがボールを打つ音が、遠くで鳴っているだけ。センター前ヒットかな。適当に予想してみる。そしてわずかな沈黙を、凛が驚きの声で打ち破った。
「うっそ」
「ほんと」
そう微笑むわたしとは対照的に、凛もゆずちゃんも表情に戸惑いが浮かんでいる。組んでいた腕をほどいてぶらんとさせ、凛が訊く。
「どうやってわかったの? ていうか、誰なの?」
たったいま口にしたばかりの名前を、わたしはもう一度口にする。
「藤田よ」
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