謎は氷みたいに解ける!

植木意志

夏の朝、推理するわたし

夏の朝、推理するわたし 第1話

 列車が発車したのはわかっていた。

 だって、「ファーン!!」っていう大きな警笛の音が、嫌でも耳に入ったから。

 それでもなんでか、わたしの足は止まらなかった。何も考えず、無我夢中で走った。

「はあ、はあ……」

 息を切らせながら無人の駅舎を走り抜け、ホームにたどり着いた時にはもう、手遅れだという残酷な事実を突きつけられる。わたしが乗るはずだった列車は、遥か十メートル以上先の線路をタタン、タタンと走っていく。と同時に、わたしの遅刻が確定した。それも、大幅なやつ。

 スクールバッグを木製のベンチに放ると、

「最悪……」

 わたしは溜め息交じりにつぶやいた。

 両手を腰に当て、肩で息をしながら、田舎から都会へと向かうローカル線を見つめる。遠ざかる小湊鐵道こみなとてつどうは、わたしを置き去りにどんどん小さくなっていく。

 全力で走った直後だから、呼吸は乱れ、汗でシャツが背中に張りついている。そんな状況で煩わしいのが、ぎらぎらと照りつける太陽と、延々と聞こえるセミの鳴き声。

 いい天気だ。まぶしいほど晴れ晴れとした空には、北の方角に真っ白な入道雲が雄大に沸き立っている。でっかあ、と子供さながらの感想。

 そして暑い。しんどいぐらい暑い。

 夏服のプリーツスカートをぱたぱたと扇いで、風を送りたい衝動に駆られる。目を走らせる。海士有木あまありき駅のホームには、わたし以外誰もいない。駅舎から、誰かが出てくる気配もない。まさに無人駅。ひと気をまったくと言っていいほど感じさせない。そして、その衝動に駆られたすえに、わたしはそれを実行した。……涼しい。

 ホームの周りには、子供の頃から見慣れた田舎の景色が広がっていて、住宅がぽつぽつと点在している。でも、それ以外にあるのは自然、自然、自然の、緑に囲まれた風景だ。

 昨日から夏休みが始まって、今日は夏期講習二日目。

 大学や短大への進学を希望する三年生は夏休みの間、学校で夏期講習を任意で受けることになる。部活は引退したばかり。塾や予備校に通っていないわたしは、親に半強制的に申し込まされ、参加することとなった。

 初日は、問題なく行けた。……のだが、早くも二日目にして遅刻をかましてしまったのだ。いや、厳密にはまだ遅刻はしていない。けど、いわゆる避けては通れない決定事項ってやつだろうか。利用者の少ないローカル線のため、JRと違って運行している本数は少ない。

 スカートのポケットから、携帯を出す。オレンジ色の、古い機種だ。もう四年近くは使っている。もちろん、流行りのワンセグ機能なんてついていない。携帯を開くと液晶画面には、『07:33』の時刻表示。次に上りの列車が来るまで、あと四十分近く。

 同じクラスの、苅谷凛かりやりんに宛ててメールを打つ。ボタンを押すたびに、じゃらじゃらと携帯

のストラップが鳴る。そして送信した文面は、一言。

『列車乗り損ねた〜(>_<) めっっちゃ遅れる(汗)』

 ホームには、日を遮る屋根がない。こんなところで律儀に四十分も待っていては、熱中症にだってなりかねない。セミもうるさいし。

 駅舎に戻って、待合室のベンチに腰を落とす。無人。待合室は独り占め。涼しくはないけど、日に当れられない分、ずっといい。

 座ってすぐ、着信音とともに携帯が震えた。メールを出してからまだ一分足らずだけど、差出人は凛。相変わらず、返信が早い。届いたメールを開くと、向こうの文も短くはあるけど、やけに凝っていた。

『いっそげ〜!! 流れ☆のspeedでダッシュダッシュ!!! ~☆ε=ε=ε=ε=┌(; ̄◇ ̄)┘⇒school』

 いや、こっち列車なんだってば。凛のやつ、わかった上で送ってきてるな。にしても、この文章を一分以内に作成した凛の手さばきに、不本意ながらもちょっと感心してしまう。

 携帯を折りたたんで、ポケットに戻す。短い溜め息。

 ただじりじりと時間が過ぎていくのを待つのって、なかなかしんどいよねって、待合室から覗く夏の空を見ながら、わたしは思った。


 

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