魔法少女インディゴ・ブルーの憂鬱

こりゃあアタイ、インディゴ・ブルーの独り言から始まったんよ

だってスカーレットって酷いじゃん?

あの人っておじさんなんよ?

それがアタイよりも可愛い、魔法少女やなんて…

「はあ…

 何でスカーレットなんよ…」

「何だい?

 インディゴ?」

「あんたに話しても、分からんわよ」

「何で?

 私は長生きして来た精霊よ

 あなたよりも知識はあるわよ?」

「それで何とかならあね」


アタイの悩みは、知恵ではどうにもならん物だわ。

アタイはこれでも、男を振り回す様な女やったんよ?

クラブでお立ち台に立ちゃあ、男が放って置かんかったわ。

それに何か欲しいと言やあ、貢いでくれる男もぎょうさん居たんよ。

それがよりによって、あんなおじさんに恋するなんて…。


「はあ…」


アタイ再び、盛大な溜息を吐いたわ。


「ねえ

 何を悩んでいるの?」

「言えんわよ!」

「恋の悩みとか?」

「ひう!

 な、な、な、何で!

 何で分かったんよ?」

「おや?

 正解だったのかい?」

「あ!」

「その様子では…」

「ストーップ!」


アタイは慌てて、マリンの口を押えたわ。

せやけどマリンはぬいぐるみだけん、口を押えても喋れんのよね。


「何だ

 この間の事で惚れたのかい?」

「う、うるさい!」


この間の事って、スカーレットの大切な人が消え去った日の事やね。

あの日アタイ達は、遂に悪の組織の親玉に出会ったわ。

それは魔物の王国を作るんやって、この日本で魔物を増やしとる元凶やったわ。

スカーレットの大切な人は、そん組織の幹部になったわ。

そして彼女は、失敗作やって悪の組織の親玉、魔王に消されたんよ。


「あれは酷かったからね

 それでもスカーレットは、よく立ち直ったと思うよ?」

「せやね

 あの子…

 あの人は自分の事の方が辛いやろうに…

 今日も魔物化した人救うやって、戦ってたわ」


最愛の幼馴染、千夏さんを神隠しで失ったんよね。

それでも一度は、正義の魔法少女と悪の組織の幹部として再会してたわ。

せやけど束の間の再会やって、彼女は魔王に消されてもうた…。

あん時のスカーレットは、見てられんかったわ。


「吊り橋効果かな?

 圧倒的な魔王の力を前にして、二人は恋に…」

「馬鹿!

 ちゃうわよ!」


そんなんじゃ無いわ。

確かにあん時、必死に立ち向かうスカーレットに胸を打たれたわ。

千夏さんを救おうと、魔王に必死に立ち向かっとったもん。

せやけどね、それは違うんよ。

アタイの心が動かされたんは、そん後の壊れそうなあの人を見た時よ。

そん時になって、アタイは初めて気付いたんよ。

いつの間にかアタイ、スカーレットに心を惹かれとったんね。

そう、見た目じゃのうて、あの人の直向きな心に…。


だけどアタイは…

アタイに資格はあるの?


アタイは昔、荒れていた時期があったんよ。

そんで暴れ回って、多くの人に迷惑を掛けてもうたの。

今のアタイが頑張っているんも、そん事があったけんね。

少しでもあん時の、償いをしたいからなんよ。


ヴヴヴヴ…

「インディゴ

 呼び出しだよ」

「ええ

 また魔物やね

 今度は近くやわ」

「行くのかい?」

「ええ

 行くわよ!

 フォーム・アップ」


私は変身すると、アパートのベランダから飛翔したわ。

今の私は、中学生の頃の姿に似ているわ。

あの頃…、荒んでいた頃の私に…。


「悩んだり、落ち込む暇も無いのね」

「え?」

「何でも無い

 行くわよ!」


私はそう言って、現場に向かって飛んで行ったわ。

そこは地元の、商店街のアーケードの下だったわ。

現場には私の、昔の悪仲間が逃げ回っていたわ。

彼等の中の数人が、魔物化下みたいね。

全く、いつまでも気が大きいんだから。

いい加減に落ち着きなさいよ。


「魔法少女インディゴ・ブルー

 さあ!

 魔物達よ覚悟しなさい!」

「行くよ!

 インディゴ」

「水の障壁」


私は魔法を使って、数体の鎧武者を拘束したわ。

それはコボルトが、鎧を着込んでいる姿ね。

魔物が拘束された事で、逃げている男の人達は助かったわ。


「ひいいい」

「た、助かった」

「お嬢ちゃんが魔法少女?」

「そうよ

 早く逃げなさい」

「…」

「似てるな」

「ああ…」

「良いから行きなさい!」

「あ、ああ」


男達は暫く、私の顔を見ていたわ。

もしかしたら、私だってバレたかもね

でも良いわ、今の私は魔物を倒す事が仕事なの。

他に構っている暇は無いわ。


「さあ!

 おしおきしてあげる

 |水球《ウオーター・ボール」

シュバババ!


私は魔法で出した水玉を、高速で魔物に撃ち付けたわ。

私の魔法は攻撃力が低く、直接の打撃も威力が低いの。

昔の私なら、その辺の鉄パイプでも持って殴り掛かっていたでしょうね。

だけど今の私は、その頃の事があって殴る事も怖いの。

あの時の事件が、私の中で戒めになっているのね。


ドシュドシュ!

「ぎゃん」

「ぎゃいん」


数体の魔物の、魔物化をなんとか解除出来たわ。

だけどまだまだ、魔物は数が居るわ。


「インディゴ

 スカーレットを呼んだ方が…」

「スカーレットばかりに任せられ無いわ

 さっきも戦ったばかりでしょ?」

「でも、インディゴじゃあ倒すのは…」

「駄目よ!

 私だって、このぐらいは倒せないと…」


そうよ!

この先には魔王との戦いもあるの

いつまでも私が、足を引っ張る訳にはいかないわ


私は魔力を集中させると、水玉の密度を上げてみせる。


「やあああああ…」

「インディゴ?

 何をしているんだい?」

水の牢獄ウオーター・ジェイル

バシュッ!


私の魔力を受けて、水の密度が増したわ。

それで魔物達は、呼吸も出来なくなったの。

そして水の中では、身動きも取れないわ。

そのまま魔力で拘束して、溺れさせるの。


「ふふふ

 そのまま溺れなさい」

「うわっ!

 えぐう…」


水の魔力に囚われた、魔物達は藻掻き苦しむわ。

その姿を見ない様に、私は視線を逸らして集中したの。


「ごが…」

「がぼがぼ…」

「ふう…」

「終わったみたいだね」

「ええ」

カシャン!


魔石の砕ける音がして、魔物化が解けて行ったわ。

私の予想通り、そこには見知った顔が転がっていたわ。


「仕方の無い人達ね…」

「え?」

「何でも無いわ」

「ちょ!

 インディゴ!」


私はそのまま、その場を後にしようとしたわ。

そこに何処かから、急に何かが飛んで来たの。


「くっ!

 な、何?」

「インディゴ

 まだ魔物が居たのか?」

「ぎぎぃ」


その魔物は、まるで蜥蜴を人型にした様だったわ。

飛んで来た物は、その魔物の下だったわ。

それは私の腕に巻き付いて、しっかりと拘束したの。

それで私は、身動きが取れなくなったわ。


「くっ…

 これは…」

「ぎぎぎぎ」

「インディゴ!

 どうしたら良いんだ」


このままでは、魔物に接近されてしまうわ。

私の力では、この魔物に抗う事は出来ないわ。


困ったわね、絶体絶命ってやつかしら?

これなら最初っから、スカーレットに…

駄目駄目!

何でスカーレットに頼ろうとしているのよ?


私は首を振りながら、何とか魔物の拘束を振り解こうとしていたわ。


「ぐうっ…」

「ぎぎぎぎ…」

「火球!」

ゴウッ!

ドガン!


突如上空から声がして、火の玉が魔物を包んだわ。


「インディゴ!

 大丈夫?」

「スカーレット

 来てしまったのね」

「へ?」

「あなたは連戦でしょう?

 何で来たのよ!」

「だってインディゴは優しいから

 魔物を攻撃するのは苦手でしょ?」

「それは…」


スカーレットはただ、私が戦うのが苦手だって知っていたのよ。

だから心配して、私の手助けの為に来てくれただけだわ。


「それにインディゴが心配だったからね」

「心配?」

「ええ

 インディゴってすぐに無理するから

 心配しちゃうのよ」

「む、無理なんて…」

「はははは

 そういうところだよ」


そう言ってスカーレットは、私にウインクをして見せたわ。

それを見て、何故か私の胸が高鳴っていたの。


「ば、馬鹿…」

「ん?」

「何でも無いわ

 行くわよ」

「そうだね

 魔物はまだ倒れていないわ」

「ぎぎ…」


火球を受けても、魔物はしぶとく生きていたわ。

どうやら表面の鱗が、魔法に対する耐性を持っているみたい。

このまま魔法で攻撃しても、決定打を与えられそうに無いわ。

だからと言って、短い詠唱の魔法では威力が低いわ。


「スカーレット!」

「何?」

「私の魔法に合わせて!

 火球をぶつけてちょうだい!」

「何か策があるんだね?」

「うん

 任せて」

「分かった」


私は魔力を練って、水球の魔法の準備をしたわ。

このまま撃ったのでは、スカーレットの魔法に負けるからね。

そうして威力を高めて、魔物に狙いを定めたわ。


「行くわよ」

「ええ」

「水球!」

「火球!

 って!

 ええ?」

「いっけー!」

「ぎ?」


二つの魔法が、魔物目掛けて迫ったわ。

このまま当たっても、普通なら打ち消し合うわよね。

だけどこれは、二人の魔法なのよ。


ドガッ!

ボガン!


二つの魔法が当たった瞬間、それは大きな爆発を生んだわ。

昔、何処かの地震で、水蒸気爆発ってのを見たのよね。

それは水と高温の炎が合わさって、より大きな爆発になるって話だったわ。

後で聞いた話では、それは少し違ったらしいけどね。

それでもその時の私は、そうなると信じていたの。

それが魔法に、効果を与えていたんでしょうね。


「ぎがあああ」

「やっ…たのか?」

「狙い通りね

 水蒸気爆発ってやつよ」

「え?

 それって違う様な…」

「インディゴ…」

「へ?」

「まあ、上手く行って良かったわね」


魔物は爆発に巻き込まれて、一撃で魔物化が解けていた。

これが二人の愛の、水蒸気爆発よ♪


「ふふふ♪

 二人の愛の魔法で倒せたわ」

「へ?」

「な、何でも無いわよ!」

「ん?

 変なインディゴ…」

「はあ…

 これは前途多難ね…」


私はこっそりと呟く、マリンの声が聞こえていた。


そうね

まだ私が気付いただけ

だけど今は、千夏さんはもう居ない…

これがチャンスと思う、自分の心を醜く感じるわ

それでも私、やっぱりスカーレットの事が…

朱音の事が好きなの


「なあ、インディゴ」

「え?」

「何で一人で戦おうとしたんだい?」

「それはあか…

 スカーレットばっかり戦わせて、疲れていると思ったもん」

「そうか?

 何か変なんだよな…」

「べ、べ、別に

 へ、変じゃ無いわよ」

「そうか?」


スカーレットは訝し気に、私の方を見ていたわ。


もう

そういうところは勘が鋭いのに…

何で私の気持ちには気付かないの?


そう私は思うものの、それは仕方が無い事なのよね。

スカーレットたら、千夏さんの気持ちにも気付いていなかったのよ。

気付いていながら、気付いていないつもりでいたの。

それであの人は、深く傷付いていたのにね。

私は少しだけ…ほんの少しだけ勇気を出してみたわ。


「朱音

 アタイはあんたの事が好きだよ」

「へ?」

「朱音は?

 アタイの事…」

「オレ…

 わたしもインディゴの事は好きだよ」


スカーレットの何気無い返事に、アタイの胸は激しく高鳴ったわ。

顔が上気して、真っ赤になりそうやわ。


ヤバい!

今顔を見られたら、デレとんのがバレる!


「だって、大切な仲間だろ?

 勿論ビリシャンの事も…」

「ガクッ」

「ん?」


私の落胆を知らないのか、スカーレットはそのまま帰って行ったわ。


「ねえ

 マリン…」

「私には助言は出来ないよ」

「精霊は長生きじゃ無かったん?」

「それはまだ勝機が見えたらだよ

 あれじゃあな…」

「せやね…」


アタイは部屋に戻って、マリンと向かい合って座っとったわ。

あん後帰ってから、アタイは何度目かの溜息を吐いたわ。

思い切って告白したつもりやった。

やけどスカーレットには、軽く流されてしもうたわ。

あれは手強いわね…。


「あがあに鈍感やなんて…」

「そうかな?

 あれは気付かないふりを…」

「え?」

「いや

 確証が無いから忘れてくれ」


アタイはボッとしとったけん、マリンの言葉を聞き流しとったわ。

こん時に気付いてとったら、もう少し結果は変わってとったんかな?


朱音…

胸がチクチク痛あよ…

あんたは今も、千夏さんの事で苦しんどん?

アタイじゃ…

アタイじゃあ変わってあげられんよね


アタイはそがあな思いを抱えて、明日も戦って行くんや。

魔王を倒して、こん騒動を収めるまで…。

アタイ達魔法少女は、魔物と戦うしか無いんよ。

恋になんて浮付いとる暇は、今は無いんかもね。

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