戦いの果てに…

わたしの目の前には、懐かしい顔が見えていたわ

死んだと思っていた、行方不明になった千夏

彼女が悪の秘密結社の、幹部として現れたの

わたしはここで、戦意を失ってしまっていたわ


「ほほほほ

 行け!

 コボルト」

「くっ…」

「スカーレット!

 戦って!」

「お姉ちゃん

 このままではマズいよ!」

「だけど…

 千夏と戦うなんて…」

「スカーレット

 今は千夏さんの事は忘れて!

 目の前のコボルトを倒すの!」

「そうだよ!

 コボルトなら問題は無いでしょう?」

「う…

 うん」


わたしは懸命に、迫りくる魔物を殴ったわ。

だけど気持ちが押されていたのね。

炎の出力が落ちていたわ。

魔物はなかなか倒れず、ビリシャンの魔法も切れそうになっていたわ。


「スカーレット!

 あれは千夏さんじゃないよ!」

「そんな気休め…」

「良いかい?

 千夏さんはあんな奴だったかい?

 本物の千夏さんなら、魔物に命じて人間を襲う事は無いだろう?」

「それだって、千夏は魔物化しているのよ?

 仲間の魔物を守る為に…」

「これは重症だね…」

「そんな!

 どうにかならないのかい?」


イグニールの説得も、わたしには意味が無かったわ。

千夏の性格なら、魔物を救う為にって戦う可能性は十分にあるもの。


「くっ

 どうにか…」

「私に任せなさい」


ウェンディがそう言って、わたしの近くに飛んで来たわ。


「スカーレット

 何を迷っているんだい?」

「だって千夏が!」

「何故だい?

 このままでは、千夏さんを救えないよ?」

「千夏?

 救う?」

「そう

 彼女を倒せば、魔物化から救えるんだよ?」

「何を躊躇うんだい?」

「だって!

 魔物化が解けたら、千夏は…」

「死ぬかも知れない?」

「う、うん…」


わたしは気が付いていたの。

千夏がそのまま、生きて魔物になっているとは思えないわ。

もしかしたら、あのゾンビやスケルトンの様に、死んだ千夏の身体を…。


「だったら…

 そうすれば良いじゃないか」

「え?」

「君が千夏さんを救うんだ

 あの呪われた姿から」

「呪われた…」

「ああ

 いつまで負の魔力に晒せ続けるんだい?」

「…くっ!」


わたしは改めて、千夏の姿を見詰める。

その瞬間に、時間が停まった様な気がしたわ。


「千夏!

 救ってあげる!」

「ふん!

 何を…」

「やああああ…」

シュゴオオオ!


わたしの決意を受けて、全身が蒸気を噴き上げたわ。

そしてわたしは、炎に包まれながら魔物に突進したの。


「やあああああ!

 灼熱の拳バーニング・フィスト!」

ゴオオオ!


わたしは拳を突き出しながら、魔物の群れの中を突っ切たわ。

残る魔物の群れも、その炎に巻かれて魔物化を解除されて行ったわ。


「ぎゃいん」

「きゃわん」

「ば、馬鹿な!

 改造して狂化した魔物だぞ」

「千夏!」

「くっ!

 こうなれば、私自らが!」


千夏はそう言って、左目を覆い隠したわ。


死の隻眼デス・アイ

パキン!


奇妙な音がして、わたしは思考が途切れたわ。


「す、スカーレット!」

「お姉ちゃん!」

「マズい

 あれは邪眼か?」

「インディゴ

 早く治療を!」

「うん

 分かったわ

 水の精霊よ

 スカーレットの命を守って!」

「させるか!」


千夏はそのまま、スカーレットの前からインディゴに向かって行った。

スカーレットの命は、まさに呪いで失われようとしていた。

インディゴの魔法が間に合わなければ、如何に魔法少女でも死んでしまう。

精霊の加護でも、負の魔力による呪いは防ぎ切れないのだ。


「くっ

 チャージが間に合わない

 ならばこっちで…」

「危ない!」

「精霊よ!

 お願い、スカーレットを…」

「食らえ!

 石化の邪眼ペトリフィケーション

パキン!


再び何かが割れる音がして、インディゴの前に飛び出したビリシャンが倒れる。

そしてその身体が、みるみる灰色に変わって行った。


「くそっ!

 ビリシャンが!」

「早く!

 インディゴ!

 早くスカーレットを!」

「マズい

 間に合わない」

「ほほほほ♪

 これでチェックメイトね」

「はあああああっ」

ザン!


千夏がインディゴに、ゆっくりと近付く。

最早これまでと思った時に、不意に誰かが上空から降りて来た。


「な、何?」

「はあ、はあ

 間に合った?」

「ブラウン!」

「精霊よ!」

パキン!


わたしは不意に、何かから解放された感じがしたわ。

眩暈を感じながらも、ふらつく足でなんとかわたしは立ち上がったわ。

そしてその目の前には、泣きながら呪文を唱えるインディゴが居たの。

その腕の中には、ビリシャンによく似た石像が抱えられていたわ。


「え?」

「スカーレット!

 身構えて!」

「まだ戦闘は終わっていない!」

「はああああ

 大地の怒りグラウンド・スキワード

「くっ!

 この老いぼれが!」


わたしの後方では、いつの間に来たのか?ブラウンさんが居たわ。

彼女は魔法で、地面から土の槍を突き出していたの。

それを回避しながら、千夏が左目を覆い隠していたわ。


「早く!

 ブラウンだけでは!」

「ビリシャンも石化してるんだ!」

「このままじゃあ全滅だ!」

「え?

 ええ?」


わたしは訳も分からず、千夏の方に向かって行ったわ。


「くっ!

 千夏!」

「な!

 生き返ったのか

 ならば再び…」

「不用意じゃぞ!」

死の隻眼デス・アイ

パキン!


再び何かが割れる音がして、ブラウンさんがそのままゆっくり倒れたわ。

わたしはこの時、あの音の意味がようやく分かったの。


「ふん

 老いぼれが死んだか…」

「あ!

 あああああああ!」

「どれ、止めを…」

「千夏!」

「まだ死に足りないか!

 石化の邪眼ペトリフィケーション

パキン!


千夏は今度は、右目を隠していたわ。

どうやら片目を使って、何かを行っているのね。

そしてそれは、どうやら連続して使えないみたい。

千夏はわたしに向けて、何かを放ったわ。


パキン!

「あああああああ!」

「な、何!」


しかしわたしは、その時は無我夢中だったわ。

結果として、それがわたしに力を与えてくれていたの。

わたしは石化の魔法を弾いて、千夏に迫ったわ。

燃え盛る炎に身を包み、千夏に連続で蹴りやパンチを浴びせたわ。


「ば、馬鹿…」

「ああああああ!」

ドガガガガ!


わたしは無我夢中で、千夏に連撃を与えたわ。

そうして打ち終わった時には、千夏の魔石が砕ける音が聞こえたわ。


カシャン!

「あ…」

「くっ…」

「スカーレット」

「これで千夏も…」


わたしは千夏を、その腕に抱き締めようと…。


「ふん

 使えんな」

「へ?」

シュゴオオオ!


不意に不気味な音がして、千夏の身体は黒い炎に包まれたわ。


「千夏!」

「ぐがああああ…」


黒い炎は、少し離れた上空から放たれていたわ。

上空には黒い靄が立ち込め、その中から誰かが現れたわ。


「な!」

「邪魔だ!」

「千夏!

 きゃっ」

ズガッ!


そこには黒ずくめの鎧を着た、男が立っていたわ。

その男は無造作に、わたしを黒い炎で弾き飛ばしたわ。


「ふん

 魔法少女か?」

「くっ!」

「スカーレット!

 あれが黒幕だ!」

「やはり貴様だったか!」

「魔王とはな…」

「ま、魔王?」


精霊達は、その男の事を魔王と呼んでいたわ。

確かに見た目は、魔王と形容するに相応しいわね。

全身を黒い鎧で包み、ご丁寧に頭も兜で隠していたわ。

男は黒い炎で、千夏を包んでいたわ。

わたしはその炎の中から、千夏を助けようとしたの。


「ふん

 その名は貴様等が勝手に着けたんだろうが

 まあ良い

 失敗作の始末が先だ」

「な!

 千夏を離せ!」

「何をする?

 これはワシの物だ」

「何が物だ!

 千夏はお前の物じゃ無い!」

「ふん

 ワシが作った魔物じゃ

 そもそも、こ奴は貴様等の敵じゃぞ」

「うるさい!」


男はわたしの方を見て、少し首を傾げたわ。


「ふん

 興が削がれたわ

 今日はこのぐらいにしてやろう」

「待て!」

「スカーレット!

 無茶だ!」

「ビリシャンの石化は解けたけど、君達の魔力もほとんど残っていない」

「それにブラウンも…」

「はっ!」


わたしはそこで、ブラウンさんが倒れている事に気が付いた。

わたしは意識を取り戻したが、ブラウンさんはピクリとも動かない。


「ブラウンさんは?」

「死んだよ…」

「へ?」

「死んだんだ…」

「え?

 だってわたしは…」

「君はインディゴが、全力で蘇生したんだ」

「だから間に合った

 しかしブラウンは…」

「そ…んな…」

「ふん」


男はそんなわたし達を鼻で笑って、そのまま黒い靄の中に消えて行ったわ。


「そんな…」

「まだだ!

 千夏さんだけでも!」

「千夏!

 そうだ、千夏!」

「ぐがあああああ」


千夏は炎に巻かれて、その半身が既に焼けただれていたわ。

まだ意識があるのは、魔物化が完全に解けていないからでしょうね。

魔石は破壊したが、彼女の魔物化はやはり違う様だったわ。


「千夏!

 千夏!」

「あががが…」

「くそっ!

 どうにかならないの?」

「その炎をどうにかするんだ!」

「この?

 くうっ!

 燃え盛る炎ブレイジング・フレイム

ゴウッ!


わたしは両手に集めた炎を、千夏もろとも黒い炎に当てたわ。


「ぐがあああ…」

「くうっ!

 千夏!

 堪えて!」

「私達にも…

 何か出来ないの?」

「これは危険な賭けだが…」

「二人の魔力を合わせるんだ」

「合体魔法?」

「そうだ!

 インディゴの水の渦巻きと、ビリシャンの風の渦巻きを合わせるんだ」

「どうするの?」

「時間を巻き戻す」

「そんな事が出来るの?」

「全体の時間は無理だろう…」

「しかし物体に干渉するぐらいなら!」

「分かったわ!」

「やってみる!」


二人は魔力を集中して、自分達の周りに渦を作り始めたわ。

でも、ビリシャンは兎も角、インディゴはまだ魔力集中は苦手なの。

その苦手な魔力を集中を、彼女は懸命に挑んでくれたわ。

その間に、わたしは千夏の周りの炎を燃やし続けたわ。


「こ、このおおお」

「精霊さん

 私達に力を貸して!」

「お姉ちゃんの大切な人を助けてよ」

「時間よ渦巻け!」

「私達の魔法で、巻き戻して!」

合体魔法ユニゾン・マジック時の歯車クロノ・マニュピレーション

 やあああああ!』


二人が息を合わせて、ぶっつけ本番で魔法を放ったわ。

魔法は黒い炎の進行を止めて、千夏の意識を取り戻させたわ。


「千夏!」

「その…声…」

「千夏!

 わた…オレだ!

 朱音だ!」

「あ…か…ね?」


今まで苦しんでいた千夏が、微かにオレの声に反応してくれた。

オレはそのまま、必死になって千夏に呼び掛けた。


「千夏!

 しっかりしろ!

 今助けるからな」

「あか…

 よかった…」

「千夏!」

「くうっ!」

「これは…

 苦しいよ…」


だけど二人も、さっきの戦いで魔力を使い切っていたんだ。

時は少しの間、巻き戻ったかに見えた。

しかしそのまま停まって、拮抗していた。


「千夏!」

「また…

 あえた…ね?」

「ああ

 千夏…」

「あぐうっ」

「くそっ!」

「ああ!

 これ以上は!」

「がんばれ!

 何とか撒き戻すんだ!」

「ビリシャン!」


しかし少しずつ、時は戻り始めていた。

無情な瞬間を前に、一時だけ時間が停まった。


「千夏」

「朱音

 大好き

 最期に…会えて…よか…

 あぐううっ」

「千夏!」

「ああっ!」

「きゃああああ」

バチン!


遂に魔法は解けて、再び時が流れ始める。


「くそっ!

 こんな炎!」

「ごめ…

 わたし…

 やくそ…」

「千夏!

 千夏!

 くそおおおお」

「さよ…な…」

「ああ!」

ゴウッ!

ボジュウウウ!


最後に大きく、黒い炎は燃え上がる。

そうして千夏だった物を、それは全て焼き尽くした。

その跡には、骨の一本すら残されていなかった。


「あ…

 ああああああ!」

「くそう!

 救えなかったわ!」

「うわあん

 お姉ちゃん!」

「くっ

 こんな最後だなんて…」

「女神様

 私はあなたを恨みますよ」

「くっ…」


わたし達は喪った者の大きさに、声を大にして泣いていたわ。


その後に、どうやって庁舎に戻ったか覚えていないわ。

多分だけど、警察の車両が来た様な気がしたわ。

それからわたし達は、異形対策課に通されたわ。

そこでは目を真っ赤に泣き腫らした、蓮見さんが待っていたわ。


「ごめんなさい

 結局私達は…」

「…」

「良いんです

 私も未熟だったの

 あそこでもっと上手く…」

「インディゴ!

 あなたのせいじゃ無いわ」

「う…うわあああん」

「えええん」

「誰か、ビリシャンを家の方に…」

「はい」


警察官の一人が、ビリシャンを連れて出て行ったわ。

あの子はもう、門限を過ぎているもの。

警察官が着いて行って、事情を説明するんでしょうね。


わたしはショックが大きくて、その時は何も感じていなかったわ。

何も考えられず、ただ茫然としてたの。

心の奥底では、再び千夏に会えた喜びを感じていたわ。

それと同時に、彼女を奪った魔王に憎しみも感じていたの。

そして時間が経つと共に、その思いは大きくなっていたわ。


「ブラウン様…」

「私が…

 私がもっと上手く魔法を…」

「ううん

 これもブラウン様が…

 土井様が仰っていた事なの」

「え?」

「私はもうすぐ死ぬって

 それも運命なんだって」

「そんなの!」

「ううん

 あの方は仰っていたわ

 いずれあなた達が、世界を守ってくれるって」

「だけど私!」

「今は…まだ無理ね

 けれどいずれは…

 出来るでしょう?」

「うう…」


蓮見さんの言葉に、インディゴは静かに頷いていたわ。


「朱音さ…

 スカーレット」

「…」

「今は何も考えれないでしょうね」

「…」


その時のわたしは、蓮見さんの言葉にも反応出来ていなかったわ。


「でもね

 憎しみには負けないで」

「…」

「ブラウン様は仰っていたわ

 憎しみに負けた心では、魔法は使えないって

 だから憎しみに…」

「…せない…」

「え?」

「許さない!」

「ちょっと!

 スカーレット!」


わたしはみんなの呼びかけを無視して、そのまま飛び出して行ったの。

そのまま何も考えず、夜の空へ飛んで行ったわ。

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