怪異と魔法少女

わたしは蓮見刑事に、千夏の事を詳しく話した

彼女はわたしの幼馴染で、一緒に大学にまで行っていた

彼女とは家族ぐるみの付き合いで、二人は将来一緒になると思っていた

そう、あの夏の日が訪れるまでは…


わたしが20になったあの時、地元で成人式が行われたわ。

地元は子供が出てしまって、夏の休み中に成人式を行っていたの。

それでわたしも、千夏と一緒に戻っていたわ。

あんな事が起こるなんて、その時は思っていなかったから。


成人式の日には、みながお酒を飲めると喜んでいたわ。

わたしも少し酔って、良い気になっていたのね。

友達に揶揄われた時に、わたしは千夏と結婚するって言ったらしいの。

らしいというのも、わたしは覚えていなかったから。

でも千夏は、それで顔を真っ赤にして帰ったらしいの。

それがわたしが、この世で彼女を見た最後だったわ。


わたしが翌日になって、千夏の家に電話を掛けた頃には…。

彼女の両親は既に亡くなっていて、彼女の姿は消え失せていたわ。

彼女の部屋には、彼女の物と思われる血痕もあったそうよ。

それでも遺体も見付からず、事件は神隠しとして騒がれたわ。

夏の夜の怪異と、当時は騒がれていたの。


当時警察は、わたしを犯人として決めつけていたわ。

それで執拗に調べたり、聞き込みもしていたの。

だけどわたしには、決定的なアリバイがあったわ。

それでも警察は、諦めずにそれが偽証だと言い続けていたわ。

痴情のもつれで、一家を惨殺した凶悪犯。

そう言ってわたしを、執拗に追いまわしていたの。


わたしはその時、友達と二次会のカラオケに行っていたわ。

友達だけじゃなく、店の人の目撃証言があったの。

それでも警察は、わたしを犯人にしたかったみたいなのよね。

わたしの本名や学校まで、マスコミにリークしたの。

そうなればもう、どうなるか分かるわね?


「ちょ!

 それは本当なの?」

「いや、確かにその様な事件があった記憶がある

 しかしまさか…

 君がその時の女性の知り合いだったとは」

「ええ

 千夏はそれ以来、見付かっていないの

 どこに居るのか…

 生きているのか…」


わたしは一部を誤魔化して、知り合いとして探している事にしたわ。

恋人の様に親しい、間柄ではマズいからね。


「しかし何だって、マスコミに情報を?」

「恐らくだが、早期解決をしたくて、圧力を掛ける為だろう」

「そうなの?」

「ああ

 マスコミが嗅ぎ回れば、犯人も慌てるだろう?

 そうすれば尻尾を掴める」

「そんな事の為に?」

「ああ

 しかしそれも、犯人が確実に絞れていればだろう

 実際には犯人でも無い、君の知り合いが犯罪者にされただけだ」

「そうなのよね…

 それでその人は、学校を退学にされていたわ」

「酷い!」

「くっ

 何て事だ

 同じ警察として、許せない行為だ」


実はその学生は、わたしだったりする。

そしてわたしは、就職すら困難になったわ。

行った先で、マスコミが犯罪者として取材に突撃して来るの。

そうなれば内定も、すぐに解消されたわ。

それを何度か繰り返して、わたしは引き籠りになったわ。

それからの数年は、まるで地獄だったわ。


「名前と年齢は分かったわ

 それで…

 顔写真とかは無いかな?」

「わたしは持っていないわ

 でも、当時の事件資料があるんじゃないの?」

「むう…

 それを調べるか」


事件の犯人は、未だに捕まったと聞いていないわ。

だから未解決事件として、当時の資料は残されている筈よ。

特に行方不明になった千夏では無く、殺された両親の事があるもの。

それにあの家には、もう一人の行方不明者が居るのよね。

それを考えれば、資料は多く残されている筈よ。


「しかし行方不明者か…

 今回の事と関係無ければ良いのだが…」

「え?

 だって事件は、10年以上昔でしょう?」

「それはそうなんだが…」

「感染症で罹る魔物化ですから、さすがに関係は無いかと…」

「そ、そうだよな

 しかし怪異は怪異だ

 ここが調べるべき事案だな」

「ええ

 よろしくお願いします」

「そんなに改まらなくとも調べるぞ

 私も気になる内容だしな」


蓮見刑事さんも女性なので、女性を狙った犯行が許せないのでしょうね。

必ず調べて、詳細を教えてくれると約束してくれたわ。


「しかし…

 スカーレットの警察不信は、この事件があったからか」

「そうね

 正確には、この事件でやらかした刑事ね」

「それは本当にすまないと思っている

 そんな奴が居たなんて」

「いいえ、気にしなくても…」

「あ!

 でも、さっきの刑事さんに話せば?」

「ああ

 大河原さんなら公安だから

 誰か分かれば処分してくれるわ」

「いえ、そこまで大袈裟にしなくても…」

「いいえ!

 これは由々しき問題なの

 詳しく調べて報告しておくわ」

「ははは…」


わたしとしては、その刑事に関しては今さらなのだ。

確かに腹は立つけど、今さら暴いたところで何も変わらないと思うわ。

むしろその事で、その刑事も不幸になるのが目に見えて嫌だわ。

偽善に感じるけど、もう忘れたかったの。

説明したのも、当時の経緯を説明する為だったのよ。


「わたしはその刑事については、知りたいとは思わないわ」

「ええ?

 どうしてさ?」

「だってその刑事が処罰されても、その人はもう犯人扱いされたままでしょう?」

「それは…」

「それに処罰されたのを聞いて、ざまあみろとか思いたく無いし」

「スカーレット…」

「スカーレットちゃんは良い子なのね」

「ちゃん呼びは止めて!」


わたしは思わず、ヲタクなお兄さんズを思い出して身震いしたわ。


「ええ?

 どうして?」

「こんなに可愛いのに?」

「見た目は変わるの!

 それにその呼び方…

 あのキモヲタ達みたいで…うう、ぶるぶる」

「あ…

 あの動画の…

 うう」

「え?

 何?」


インディゴも思い出して、顔を顰めたわ。

蓮見さんは知らないので、キョトンとした表情をしているわ。

それでインディゴが、あの動画を蓮見さんに見せたわ。

カメラ小僧達が、必死に撮影して加工した動画の数々。

そしてその中には、わたし達を応援と称したヲタク芸も映されていたわ。


「うげえ…

 これはまた独創的な…」

「でしょう?

 その人達の呼び方が…」

「スカーレットたーん」

「あ…」


蓮見さんは動画から流れる音声を聞いて、頭を抱えていたわ。

それはまるで、アイドルの追っかけみたいだったわ。

彼等は一糸乱れぬ連携で、奇妙なダンスパフォーマンスを魅せていたわ。


「凄い…のか?」

「そうなのよね

 その情熱を、もっと役立てないのかしら?」

「警察のブラスバンドよりも凄いぞ!

 ここまでの動きは出来ないからな」

「いっそ彼等が、魔物を倒せれば良いのに…」

「あ…」

「そうね

 確かに倒せそう」

「ぷっ」

「あはははは」


わたし達はそれで、一頻り笑ったわ。


「こほん

 兎に角…

 スカーレットちゃんはスカーレットちゃん予備で決定」

「ええ…」

「だってその姿じゃ…」

「そうよね

 まだ中学生ぐらいにしか見えないもの」

「そう?」


わたしの見て目のせいで、ちゃん付での呼び方が決まってしまったわ。

それでも配慮して、スカーレットたんでは無いだけマシなのかも?

それで蓮見さんは、千夏の行方を調べてくれると約束してくれたわ。

わたし達はそれで、今日は一旦帰る事にしたの。

ブラウンさんも、魔法少女に変身して疲れていたからね。


「今日はありがとうございました」

「いいえ

 ごめんなさいね

 警察のゴタゴタに巻き込む形になって」

「良いんですよ

 あの人はどの道、魔物化してたでしょうから」

「そうよ

 知らない場所であのミノタウロスになられていたら

 それこそ被害が大きかったわ」

「ふが?

 そろそろ晩飯の時間かいのう?」

「ブラウンさん…」

「あはははは…

 ブラウン様はこっちで送っておくわ」

「はい」

「何かありましたら連絡ください」


わたし達はそう言って、駅の方に向かって行ったわ。

この辺りは東京なので、この格好は目立つけれど違和感は無いわね。

最近では、感染症で人通りは少なくなっているし。

この辺でもコスプレ?した女性も居るみたいだわ。


駐車場を通って、わたし達は地下鉄の駅に向かったわ。

そこから乗り継いで、東京駅から快速に乗り換えるの。

今度は警察官の待ち伏せも居ないし、簡単に駅に向かえたわ。

わたし達は途中まで、一緒の快速に乗るの。

だからわたしは、インディゴと一緒に駅弁を買ったわ。


「シュウマイ弁当は久しぶりなんだ」

「そうなの?」

「ええ

 この間は途中で、魔物化した人達に囲まれたからね」

「そういえばそう言っていたわね」

「ええ、そうなのよ

 大変だったのよね

 列車の中だったし」


この時は近くで何かイベントがあったのか、列車内には数名の女性がコスプレして乗ってたわ。

彼女達は何かの、剣士の様な恰好をしていたわ。


「近くで何かイベントでもあったのかしら?」

「あら?

 知らないの?」

「うん」

「そうか…

 スカーレットは闘剣乱舞の舞台は知らないのね」

「闘剣乱舞?」

「そう

 若い男の子が剣士の恰好で活躍する舞台なのよ」

「へえ…

 インディゴも観に行くの?」

「私は…

 この年だし…」

「え?」

「な、何でも無いわ

 ほほほほ…」


インディゴは笑っていたけど、わたしは確かに聴こえていたわ。

でもわたしは、何も聞こえていない振りをしたわ。

だってそれが、インディゴが望んでいる様な気がしたから。


「闘剣乱舞か…

 わたし達とは逆よね」

「え?」

「だってわたし達は魔法少女

 剣と魔法では逆でしょう?」

「そうなの?」

「ええ

 よく剣士と魔法使いは対立して、仲が悪い様に書かれているもの」

「それって小説?」

「そう

 よくあるラノベってやつね

 わたしも時々読んでいたから」

「へえ…

 スカーレットもラノベ読むんだ」

「うん

 お兄ちゃんが好きだったから」

「お兄ちゃん?

 兄弟が居るの?」

「ううん

 本当のお兄ちゃんじゃ無いんだ

 さっき話した千夏のお兄ちゃん」

「へ?」


そう、私自身には兄は居なかったわ。

その代わりに、兄の様に慕っている人は居たわ。

行方不明になった、千夏のお兄ちゃん。

とても優しくて大人しい人だったわ…。


「え?

 千夏さんって…

 それじゃあ、そのお兄さんも?」

「ううん

 殺されたのはご両親だけだわ

 お兄ちゃんは行方不明なの」

「え?」


そう、お兄ちゃんは行方不明になってしまったわ。

だけどその事件は、そんなに有名になってはいないわ。

当時は少しだけ…。

ほんの少しだけ騒ぎになっただけだわ。


お兄ちゃんが行方不明になったのは、彼が高校生の時だったわ。

それでいじめが無かったか、少しだけ問題になったの。

でも、いじめも家庭内の問題も無かったわ。

それですぐに、その騒ぎは下火になったわ。

千夏の時の方が、騒ぎが大きかったわね。


「ご両親が亡くなって…

 それを家族仲の不和だとか、恋人が両親を殺したとか…

 千夏自身が両親を殺して、失踪したって事になっているわ」

「それは…」

「うん

 それは違うの

 違う筈なの」

「スカーレットはそう信じているのね」

「うん

 だって千夏は、そんな事はしない筈だもん」


千夏は優しい子だったし、ご両親とも仲が良かったわ。

いえ、お兄ちゃんが行方不明になったから、より一層に可愛がっていたと思うわ。

お兄ちゃんが行方不明になった理由は、家族仲では無いんだけどね。

それでもご両親は、自分達のせいだと思っていたわ。


「そう…

 そんな事があったのね」

「うん

 だからわたしは、千夏の事だけでもはっきりしたいの」

「お兄さんの事は?

 スカーレットはそのお兄さんの事が…」

「へ?」

「え?

 違ったの?

 いや、てっきりそうだと…」

「はへ?

 違う違う!

 わたし達はそんな仲じゃあ…」

「ん?

 んふふふ

 怪しいわね?」

「ち、違うからね!」


インディゴは勘違いしている様だが、わたしはそんな気持ちは無かったわ。

だってわたしは、本当は男なのよ。

いや、千夏にもそんな気持ちは…。

多分無かったと思うわよ、うん。


「それで…

 お兄さんもだけど、千夏さんも手掛かりは無いの?」

「お兄ちゃんの方は…」

「ギクッ!」


恐らくイグニールが…。

いえ、女神が何か知っていそうなのよね。

なんせ千夏の事も、何か知っている素振りだったわ。

だけどあの様子では、二人共もう生きていないのよね。

特に千夏の事に関しては、その姿まで真似ていたんだから。


「イグニールが何か知っているの?」

「そんな気がするのよね」

「い、言えないんだ

 一郎も千夏の事も…

 世界の根幹に関わるんだ」

「こう言って、教えてくれないのよね」

「ふうん…」


でも、わたしは何となく予想が出来ているわ。

話せないのは、女神が手を出せないからだと思うわ。

そんなのはラノベのネタでよく出る事だからね。

だから知っていても、教えてくれないんでしょうね。

だからわたし達自身が、調べて真相に辿り着くしかないの。

わたしはそう考えていたわ。


「わたし達が魔法少女になったのは、そうするしか人類を守れないから

 わたしはそう考えているわ」

「そうなの?

 それじゃあ行方不明の事は…」

「きっと解明出来る

 だからイグニール達も、何も教えてくれないと思うの」

「なるほどね

 自分達で何とかしろと

 そういう事ね」

「そうなんだ

 すまないが、おいら達からは教えられないんだ」

「そう…」


インディゴは納得していない様子だが、頷くしか無かったわ。

ここでいくらお願いしても、イグニールは何も話せないでしょうね。

だからわたしは、蓮見さんの報告を待つ事にしたの。

それまでに、この魔物騒動を収めるつもりだわ。

すこしでも魔物化した人達を、わたし達が救うの。

わたしはそう決意しながら、シュウマイ弁当の蓋を開けたわ。

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