非常勤魔法少女

わたし達は、警視庁の一室に通されたわ

そこは普段は人の出入りもほとんど無く、庁舎の中でも異質な部屋に感じたわ

そこでわたし達は、改めて自己紹介から始めたの

だってわたし達は、まだ知り合ったばかりだもの


「へえ…

 炎の魔法使いでスカーレット・レッドか」

「はい

 そして彼女は、水の魔法少女です」

「私はインディゴ・ブルー

 攻撃は苦手だけど、守りと回復の魔法を使えるわ」

「なるほどねえ

 その辺は話通りかい」


ブラウンさんはそう言って、手元の資料に目を通していたわ。

正面に座るのは、公安の大河原刑事と異形対策課の蓮見刑事さんだわ。

彼女の話では、わたし達はまだ認められていなかったの。

それで大河原刑事が、わたし達の証明の為に一手打ってくれたのよね。

だけどまさか、身内の問題のある刑事を焚き付けるなんて…。


「それで?

 わたし達は認められたの?」

「そうよね

 あれだけの事をさせられたのよ」

「ああ

 実力面に不安はあるが…

 問題は無いだろう」

「ちょっと!

 実力はあんな魔物になるなんて…」

「おい!

 それは生温い考え方だぞ」


蓮見刑事さんが文句を言うが、大河原刑事は真剣な表情で答えたわ。


「今回は偶々、ブラウン様がいらっしゃった

 そうでなければ…」

「でも、それはあなたが焚き付けたからで…」

「あいつは以前から問題があった

 それならば、いずれどこかでああなっていただろう?

 その時にブラウン様がいらっしゃらなければ?

 どうなっていたと思ってる?」

「それは…」

「まあ、今回の事で問題点が分かったからね

 暫くは私がしどうしましょう」


ブラウンさんはそう言って、わたし達の方を見ていたわ。


「お願いします」

「そうね

 私もお願いします」

「ああ

 だけど死ぬ気で着いて来るんだよ?

 生半可な覚悟じゃあ、怪我では済まないよ?」

「え?」

「それは…」

「まあ、回復の魔法が使えるのなら、少しは安心かねえ

 私の時には、そんな魔法は無かったから」

「え?」

「そうなんですか?」

「ああ

 あったらどれほどの人が助かったか…」


後で聞いた話だが、妖怪や怪異によって亡くなった人もかなりの数らしいわ。

それに魔法少女も、ブラウンさん以外は亡くなっていたの。

そのほとんどが、妖怪との戦いで命を落としたそうよ。

それに怪異や神隠しで、行方不明になった魔法少女もいたらしいわ。

千夏ももしかしたら、そういった怪異や神隠しに遭ったのね。

わたしは当時、そんな事も知らなかったわ。


「それで…

 こっちが専用の端末ね

 使い方はスマホと同じよ」

「アッポーですか?」

「ええ

 外観は最新のアッポーと同じよ

 でも中身は、魔物の記録や検索…

 それから連絡用の端末になっているわ」

「悪いが、GPSは最低限の機能として付けさせてもらっている」

「あなた達の身に何かあった時、何処に居るか分からないと困るからね」

「あ…」

「それは…」

「スカーレット

 それは仕方が無いだろう?」

「う…」


正体がバレる可能性があるが、これは仕方が無いでしょう?

過去には魔法少女でも、神隠しや怪異で行方不明になった者もいるわ。

わたし達が、その一人になる可能性は十分にあるの。

そうした時に、GPSは役に立ってくれる筈だわ。


「それからこっちが、二人に渡す通帳とカードよ

 ここに振り込まれる事になるわ」

「うわあ…

 こんなに?」

「ああ

 当然の報酬だ

 なんせ君達は、国民を護る為に危険な任務をこなしてくれている」

「そこに振り込まれた金額の内、これがオークの分で…」


蓮見さんが、インディゴに内訳を説明していたわ。

わたしは以前に、大体の内訳を聞いていたわ。

そして大河原刑事も、警察に対する協力費と認めてくれていたわ。

これで安心して、魔物に集中する事が出来るわ。


だけど問題は、わたし達の立場よね。

肩書としては、外部対策の非常勤の刑事扱いらしいわ。

そして年金や税金も、その通帳から引き落とされているわ。

私個人の税金は、別口で祓う事にするけどね。

だって払わないと、色々とややこしくなりそうだもの。


「それで…

 これで概要は良いと思うんだが?」

「そうね

 大河原刑事はご協力ありがとうございました」

「うむ

 それでは私は、自分の仕事に戻るよ」


大河原刑事は、これからさっきの刑事達の取り調べがあるわ。

それに警察官達も、聞き込みと調査が必要よ。

これから忙しいって話だわ。

それで無くとも、ここ最近では警察の不祥事が多かったもの。

尤もそれも、一部は魔物化の兆候で起こした事件らしいけどね。

中にはブラウンさんに、捕まって正気に戻された者もいたらしいわ。


「そういえば…

 ブラウンの魔法ってわたし達と違うのよね?」

「ええ」

「一体何だい?

 急に…」

「だって違うんでしょう?」

「違うと言っても、基本は同じだよ」

「私達の様に、精霊が居ますもの」

「精霊?」


そう言われてわたしは、ブラウンさんの方を見たわ。

だけどどう見たって、精霊らしい者は居なかったわ。


「え?

 どこに居るの?」

「失礼だな

 肩にのって居るだろう?」

「へ?」


ブラウンさんの肩には、茸の様な物が乗っていたわ。

わたしはそれを、てっきりアクセサリーだと思っていたの。

だけどそれは、よく見たら目が付いていたわ。


「え?」

「おいら達みたいに喋れないけど、ブラウンとは念話で話せているよ」

「そうよ

 この子はモコモコって言うの

 可愛いでしょう?」

「あ…ははは」


それは見た目は、目の付いたキノコにしか見えなかったわ。

だけどその子も、立派な精霊なのね。

それもイグニールやマリンと違って、生粋の精霊なのよ。

疑似精霊とかいう、作られた精霊とは違うのね。


「じゃあ、ブラウンさんも魔物化を解く事が出来るの?」

「そうね

 ちょっと強引だけど、解く事は出来るわ」

「強引って言うか…

 怪我させてしまうんだよね」

「あ…」


蓮見さんの言葉で、何となく理解出来たわ。

ブラウンさんの魔法は、魔物以外にも効力があるわ。

だから魔物化を解く時に、魔法をぶつける必要があるんだけど…。

文字通り魔法をぶつけるから、魔物化が解けた時に怪我を負わせてしまうのね。

だから大河原刑事も、あの警察官達をわたし達に任せたのね。

その方が怪我をしないから…。


「魔物以外にも影響するって…

 ブラウンさんは土の魔法ですよね?」

「ああ、そうだよ

 具体的には岩を飛ばしたり、岩石の拳で殴ったり…」

「うわあ…」


それは確かに、怪我をするのも納得だったわ。

さっきの拘束の魔法の様に、地面から岩の手を生やせるらしいの。

それで岩を投げたり、拳骨で殴ったりしてたそうよ。

他にもあるらしいけど、そっちは殺傷力が高いそうね。

岩のトゲトゲや、岩盤で挟んだり…。

兎に角人間に使う魔法じゃ無いって話だったわ。


「うわあ…」

「エグ…」

「ほほほ

 そうね、人間には使えないわ

 あくまでも妖怪を退治する為に作った魔法だもの」

「妖怪か…」

「どんなんですか?

 妖怪って」


インディゴは素直に、好奇心から聞いていたわ。

だけどわたしは、二人の表情が翳るのを見ていたわ。

二人は顔を見合わせてから、頷いていたわ。

わたしは嫌な予感がして、断ろうかと思ったの。

だけど先に釘を刺されたわ。


「そうね

 これからの事を考えると、見ておいた方が良いわね」

「魔物化がどれだけ恐ろしいか

 知っておいた方が良いわ」

「へ?

 魔物化は私も知っているけど…」

「こっちよ」


蓮見さんに案内されて、わたし達は隣の部屋に入ったわ。

そこは資料室になっていて、沢山の標本が並んでいたの。

そしてそこには、予想通りの物が置かれていたわ。


「ひいっ!」

「これは魔物化した者の成れの果て」

「え?

 こんな風には…」

「そう

 あなた達が救った人達は、魔石を破壊されていたから無害よ

 でもね、死んだ者は違ったの…」


それは見るも無残な、ゾンビ映画のゾンビに似た姿だった。

あちこち皮膚が腐敗して、それでもホルマリン漬けにされていた。


「最初の頃はね、魔物化した者は拳銃で殺されたわ」

「でもね、それは宿主の心肺が停止しただけだったの

 それで一旦は、人間に戻ったのだけれどね…」


魔物化した者も、低レベルの魔物なら銃でも殺せたのね。

でもそれが間違いだったの。

持ち帰った遺体は、暫く検死に回されたわ。

そこで魔石に気が付き、取り出した遺体には問題は無かったわ。

問題は検死を待っていた、魔石が残された遺体だったの。

それは再び動き出し、ゾンビとなって襲い掛かったそうよ。


「何とかしようとしてな

 燃やす事も試したの」

「ですが骨になっても動いたそうで…」


そこには骸骨の標本もあったわ。

インディゴは気分が悪くなって、視線を逸らしていたわ。

言い出した手前、彼女は逃げ出さなかったわ。

だけど本物の死体を見て、気分が悪くなったみたい。


「骨ですか…

 まるでゾンビとスケルトンですね」

「ええ

 そういう名称が付けられたわ」

「でも…

 こいつ等はもう、動きませんね」

「そうね

 警官を総動員して、警棒や拳銃で攻撃したわ

 それでも再び動き出して…」

「まさにゾンビやスケルトンですね」

「そうね

 それも魔石が原因だったわ」

「彼等は魔石を壊したの

 だけどそれが原因でね、二次被害が広がったわ」

「え?」

「砕けた魔石に触れると、体内に吸収するの

 それでその警官も魔物化して…」

「ああ…」


噛まれたりしても、魔物化する事は無かったわ。

代わりに魔石から出る負の魔力で、二次被害が出てしまったわ。


「それで私に呼び出しが掛かってね

 私も最初は驚いたわ」

「あの時は申し訳ありませんでした」


すぐに怪異と判明して、ブラウンさんに呼び出しが掛ったそうよ。

それでブラウンさんは、この場に連れて来られたみたい。

そうして何度か戦って、モコモコからアドバイスを受けたそうよ。

魔石から出る負の魔力が、魔物を生み出している元凶だってね。


「魔石を砕き、私の魔法で浄化したわ

 それで騒動は収まったの

 でも問題は…」

「ああ

 あちこちで事件が起こってましたもんね」


それから暫く、ブラウンさんは各地に赴いていたそうよ。

その時はまだ、他の魔法少女が居るとは知らなかったみたい。

それでブラウンさんが、魔物化した遺体を処理して回ったそうよ。

そうこうする間に、わたし達の動画が出回ったそうよ。


「あなた達が居て助かったわ

 私一人じゃあ、とても面倒を見切れないわ」

「え?

 でもブラウンさんは、先代の魔法少女なんですよね?」

「それはそうだけど、寄る年には勝てないわ」

「へ?」

「ああ、スカーレット

 ブラウンさんは高齢なんだよ」

「ええ?」

「ふふふ」


ブラウンさんは、そこで変身を解除したわ。


解除マジカル・フォームダウン

「え?

 はあ?」

「あー…

 これは確かに驚くわね

 私も吃驚したわよ」


その変貌ぶりに、わたしは暫く呆然としたわ。

だって10代後半の少女が、いきなりおばあさんになるんだもの。

それにどうも、少し?

いや、かなり耳が遠いみたいだし。

それに少し、惚けている様な感じも…。


「はれ?

 ここはどこだい?」

「もう、ブラウン様…」

「あんたはツカサちゃんだったかいのう?」

「違います

 しっかりしてください」


それから蓮見さんは、ブラウンさんを隣の部屋に案内して来たわ。

その後はわたし達に、妖怪の現存する見本を見せてくれたわ。

でもわたしは、その時には完全に失念していたの。

思えばあの時に、千夏の事を聞けば良かったのよね。

なのにブラウンさんは、お年寄りに戻って話が出来る状態では無かったわ。


わたしは代わりに、蓮見さんに聞いてみる事にしたわ。

ちょうど目の前には、神隠しの元凶と言われた天狗の遺体があったわ。

わたしはそれを指差しながら、蓮見さんに聞いてみたの。


「蓮見さん

 この天狗って…」

「ああ、それね

 そいつは昔の物だけど、少し前にも別の個体が居たみたいね」

「別の…

 そいつも神隠しを?」

「そうね

 行方不明者が何人か居たわ」

「その中には千夏は…

 鈴木千夏は居ませんでしたか?」

「えっと…

 行方不明者の事は、私達も把握し切れていないんだけど…

 その千夏さんって人も行方不明なの?」

「え?

 はい…」

「スカーレット

 それは難しいんじゃ無いか?

 その子がこの行方不明の被害者とは限らないだろう?」

「だけど!

 少しでも知りたいの!」

「そうね…

 何か事情がありそうね」


蓮見さんはわたしの剣幕に驚きつつ、事情を聞いてくれたわ。

それは彼女が、異形対策課の刑事であるからなんでしょうね。

彼女は慣れた感じで、わたしの話を聞いてくれたわ。

あの時の警察や先生達と違って、決めつけたりしなかったわ。

そうして最後まで、わたしの話を聞いてくれたの。


だけどそれも、無駄だったのね。

結果としては、この事件には千夏は関係していなかったわ。

確実では無いけど、関係するには無理があったの。

なんせこの怪異は、わたし達の居る県から遠く離れた場所で起こっていたから。

だからこの怪異は、千夏には関係無さそうだったわ。


「その千夏さんって子の事、こっちでも調べておくわ」

「お願いします」

「でも意外ね…

 あなたはその子が居なくなった時、魔法少女では無かったの?」

「ええ

 わたしが魔法少女になったのは、本当に最近なんです」

「そう

 それじゃあ、その千夏さんって子は…」

「12年も前の事なんです

 ある夏の日に…」

「え?

 それじゃあ、あなたって?」

「ええ

 見た目通りの年齢じゃありません」

「そうなんだ

 まあ、私もそうなんだけどね」

「そう…

 ブラウン様が居るから、驚く事じゃあ無いんでしょうけど…

 驚いたわ」


蓮見さんはそう言って、まじまじとわたしを見ていたわ。

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