新たな魔法少女

刑事が変身した魔物は、恐ろしい力を持っていたわ

さすがにミノタウロスの恰好をしているだけあって、力は強いのね

そしてその攻撃を、わたしは懸命に受け止めていたわ

だけどその攻撃で、わたしの衣服は破れ始めていたわ


「スカーレット!

 ああ!」

「服が…」

「あのままでは防御力も…」

「どうにかならないの?」

「くっ…」


「うがああああ」

「はあっ!」

ガシッ!


わたしは魔物の拳を受け止めて、1m近く押されてしまったわ。

魔物の力は、まるで重機か車にでも押されたみたいな力ね。

受け止めた手が痺れていないのは、衣服が代わりに衝撃を受け止めてくれているから。

だけどそれも、長くはもちそうに無いわね。


「何か無いの?

 この杖みたいな武器は?」

「それは魔力の増幅器だよ

 スカーレットは拳に付けている」

「え?

 それじゃあ増幅して…」

「ああ

 それだけあの魔物が、強い負の魔力を持っているんだ」

「少々の力では、あの魔物には効きそうに無い」


わたしの場合は、魔力を拳に集めて使うの。

だから強力な魔法は、拳に魔力を集める必要があるわ。

だけどこの魔物の前では、攻撃を防ぐのがやっとだったわ。

だから魔力を込め様にも、集中する暇も無かったの。


それに少々の魔力では、魔物の筋肉に防がれるわ。

そうなれば、折角の魔法の攻撃も意味が無いわ。

下手に使っていては、魔物に攻撃する隙を与えるだけになるわ。


「くうっ!

 やああああ」

ドガッ!

ガシッ!


わたしは何とか魔力を集中して、連続蹴りから飛び蹴りを魔物の顔に浴びせたわ。

だけどわたしの攻撃は、魔物に対しては効果が無かったわ。

逆にわたしの服が、スカートやブーツが破れてしまったわ。


「おお!」

「き、際どい!

 しかし残っている」

「しかし逆にこれは…」

「馬鹿!

 呆けて無いで離れなさい!」


わたしの衣服が破れるのを見て、数名の機動隊員が見惚れていたわ。

それで蓮見刑事さんが、叱咤して指示を出していたわ。

彼等は慌てて、倒れている警察官達を回収して行ったわ。

それでほとんどの、警察官は回収されたわ。

残る問題は、魔物化した刑事だけになったわ。


「くっ…」

「ぐがあああ」

「ああ!

 危ない」


魔物の攻撃を、時々インディゴが魔法の障壁で防いでくれる。

後はわたしが、攻撃を受けない様に回避していたの。

だけどそれだけでは、魔物の攻撃を防ぎ切れないわ。

時々攻撃が掠めて、衣服がさらに破れたわ。

だけど反撃する余裕も無く、わたしは防戦一方だったわ。


「このままでは…」

「止むを得ん

 あの方を呼んで来る」

「え?

 あの方って…」

「ブラウン様だ」

「ブラウンさんを呼んでいるの?」

「ああ

 今回の面談に関して、彼女の意見を聞こうと思ってな」

「なあ

 そのブラウンって…」


後から来た刑事の一人が、機動隊員に何か命令を始めたわ。

どうやらこの状況を、どうにか出来る者が居るらしいわ。


「先代の魔法少女…

 いえ、魔女様です」

「そんな者が居るのなら、さっさと…」

「それが…」

「ああ

 戦えるかどうか」

「え?

 大丈夫なのか?」

「そうね

 戦ってくだされば、強力な味方だわ

 だけど…」


わたしが必死で戦っている間に、機動隊員が一人の老婆を連れて来たわ。

それは高齢の女性で、機動隊員が背負って現れたわ。

彼女は機動隊員に降ろされると、周囲をキョロキョロと見回し始めたわ。


「のう…

 これはどうした事じゃ?」

「ブラウン様…

 いえ、土井さん

 実は強力な魔物が現れまして…」

「助けていただけませんか?」

「あん?

 何だって?」


老婆はコントの様に、耳に手を当てて聞こえないとジェスチャーをしたわ。


「土井さん

 魔物です」

「どうにか出来ませんか?」

「あん?

 煮物がどうしたって?」

「おい!」

「これは…」


老婆は聞こえないのか、もう一度耳に手を当てる。


「役に立たないじゃ無いか」

「そうでも無いのよ

 しっかりとしてる時は強力な魔力で…」

「そりゃあ先代は一人で、妖怪と戦っていたって話だからなあ」

「でも、これじゃあ…」


老婆は暫く、何が起こっているか解らずキョロキョロしていたわ。

だけどわたしが戦っている事に気が付いて、急に声を上げたわ。


「おい!

 魔物じゃねえか!」

「そうなんです

 どうにかなりませんか?」

「あんなひよっこが…

 なってないねえ…」


老婆はわたしの戦いを見て、溜息を漏らしていたわ。


変身マジカル・フォームアップ


老婆がそう叫ぶと、ピンクの光が足元から舞い上がったわ。

それを見て、刑事は慌てて視線を逸らしたわ。

ピンクの光は足元の魔法陣から沸き上がり、桜の花びらの様な光が舞っていたわ。

そして老婆は、素っ裸になりながら変身を始めたわ。


「うげえ!」

「こ、これは…」

「見ないであげて

 本人はもう、気にしていないみたいだけど…」


老婆の身体は若返って、10代後半の少女の姿に変わったわ。

そうしてその身体に、茶色を基調にした服が巻き付いて行ったわ。

そうして変身が終わると、彼女は一人の魔法少女に変わっていたわ。


「魔物が現れているなんて

 どうしてすぐに呼ばなかったの?」

「いえ、土井さんが来た時にはまだ…」

「ブ・ラ・ウ・ン

 この格好の時にはそう呼びなさい」

「は、はい」

「ブラウン様

 早くスカーレットさんを…」

「そうね

 まだまだ未熟な魔法少女なのね

 魔力の練り方が甘いわ」


ブラウンはそう言って、肩を竦めていたわ。

そうして杖を取り出すと、それをクルクルと回し始めたわ。


「行っくよー!

 土の拘束マッド・グラップ


ブラウンが杖を翳すと、魔物の足元から魔法陣が現れたわ。

そして地面から、土が盛り上がって魔物を包んだわ。

魔物が土に包まれ、身体を拘束されたわ。

それで魔物は、攻撃をする事も出来なくなったわ。

ここでわたしは、魔法少女が増えている事に気が付いたわ。


「え?

 何?」

「ほれ

 何をしておる」

「へ?」

「早く魔物を始末するんじゃ」

「え?

 はい」


わたしはその魔法少女に驚いていたけど、彼女はわたしに魔物を倒す様に命じて来たわ。

わたしは改めて、魔力を拳に集め始めたわ。

だけどそれを見て、魔法少女は再び口を開いたの。


「ああ、駄目駄目

 それじゃあ魔力が足りないわよ」

「え?」


魔法少女はわたしに近付き、いきなりお腹を押したわ。


「う!」

「そのまま…

 力を込めながら魔力を練りなさい」

「え…

 このまま…」

「出産する要領で、下腹部に力を…

 意識を集中する癖を付けなさい」

「出産って…」

「おや?

 まだなのかい?」

「え?

 まあ…」


わたしは実は、男なのよ。

まだじゃ無くて、出産なんてする事は無いでしょう。

だけどややこしくなるから、わたしは黙っていたわ。


「くっ…

 こう?」

「そうそう

 そうやって深く息をする様に、魔力を集中しなさい」


わたしが魔力を集中し始めると、下腹部に何かが集まる感じがしたわ。

後にこれが、魔力を練るって事だと分るんだけど…。

この時にはまだ、それを知らなかったわ。


「普段からこうやって、魔力を練る習慣を付けなさい

 そうすれば、変身していなくても魔力を練る事が出来るわ」

「そうなの?」

「いや、それは難しいかと…」

「彼女達はあなたと違って、天然の魔法少女じゃ無いんだ」

「それは関係無いでしょう?

 魔法少女になれるって事は、魔力を持っている筈だわ」


わたしは謎の魔法少女に指導されて、魔力を練って高め始めていたわ。

魔力は今までに無い、大きなうねりになっていたわ。

そうして両腕に、その魔力が集まって行ったわ。


「さあ!

 その高まった魔力を解き放ちなさい」

「え?

 でもこれじゃあ…」

「大丈夫だよ、スカーレット

 魔力は魔物にしか効果が無いから」

「え?

 そうなの?」

「ああ

 そこは天然の魔法少女とは違うんだよ」

「へえ…

 便利ね」


土の魔法は、地面を動かしているわ。

それだけでも、彼女の魔法は魔物以外にも影響があるわね。


「くうっ…

 燃え上がれ!

 灼熱の火柱ピラー・オブ・インフェルノ


わたしは魔物の足元に向けて、魔力を解放したわ。

魔物の足元に、紅い魔法陣が現れたわ。

そうして次の瞬間には、激しい火柱が燃え上がったわ。

火柱は魔物を包み、その身体を燃やし始めたわ。


「ぐがああああ」

「はあ、はあ…

 き、効いている?」

「ええ

 これだけ魔力を込めればね

 だけど、最初の方は酷いもんだったわよ」

「ははは…」

「まあ、碌に訓練も受けていないんだろうね」

「ええ

 ぶっつけ本番なんで…」

「だろうね

 魔力は高いのに、碌に練れていないからね

 だから魔力の高い魔物に負けるのさ」


その魔法少女は、話しながらわたしの衣服を修復してくれたわ。

わたしは胸元から、脚もほとんど見えている状態だったわ。

スパッツも破れて、下着が見えていたみたい。

男の刑事や機動隊員達は、チラチラとわたしの方を見ていたわ。


「こら!

 チラ見しない!」

「い、いや

 怪我していないか心配で…」

「その割には、目付きがいやらしいんだけど?」

「とんでもない!」

「か、勘違いですよ

 はははは…」

「どうだか?」


蓮見さんは、呆れた眼で刑事達を見ていたわ。

新たな魔法少女は、数分でわたしの服を直してくれたわ。

それでわたしは、恥ずかしい恰好から戻る事が出来たわ。


「それで?

 この人は…」

「馬鹿者!

 この方は貴様等の上官に当たる方だぞ」

「ちょっと!

 知らないんだから仕方が無いでしょう?」

「む…

 それはそうなんだが…」

「そうね

 先ずは自己紹介からかしらね」


魔法少女は、改めてわたしの方に向き直ったわ。


「私の名はカーキー・ブラウン

 先代の魔法少女よ」

「先代…

 それではあなたが、これまで日本を守って来たって話の?」

「そうね

 私が妖怪や、神隠しの担当だったわ」

「それなら千夏は?

 一郎兄貴の事は?」

「千夏?

 一郎?」

「スカーレット

 いきなり質問しても分からないだろう?

 それにその話は…」

「あ…

 そうか…」

「何か訳ありみたいね」

「ええ

 しかし今は…」

「そうね

 先ずは話し合いをする為にも、移動しましょう」


蓮見さんの提案で、わたし達は庁舎の中に入ったわ。

この場で話すには、内容が問題があったからね。


「大河原刑事

 警察官達はどういたしましょう?」

「うむ

 全員魔物化は解けているんだな?」

「え?

 そうね…」


蓮見さんは、わたし達に説明を求めたわ。


「わたし達の魔法で、負の魔力は消え去っています

 それで魔物化はもう起こらないでしょう」

「そうか

 それは助かる」

「だけどその前の行動は…」

「ああ

 彼等の行動は把握していた

 それで君達に任せる事にしたんだ」

「え?」

「やっぱり

 おかしいと思ったのよ

 ブラウン様も呼んでいたし」

「むう…

 それはすまなかったが、仕方が無かったんだ

 魔物化の証拠と、対処が的確か確認する必要があったんだ」

「それで彼等を放置して、わたし達に対処させたと?

 もしわたし達が殺されていたらどうするつもりだったの?」

「それは無い!

 機動隊は既に配備されていて、いつでも突入出来る様にしてあった」

「その割には、あのミノタウロスの対処は出来なかったわよね」

「うぬう…」


刑事達は、わたし達を試そうとしていたみたいね。

だけど考えが甘いのよね。

ブラウンさんが居なければ、わたし達も危なかったわ。

だけど彼等も、魔物については詳しく分かっていないのよね。


「ミノタウロス?

 なるほどねえ

 神話の魔物かい?」

「ええ

 牛の頭をしてましたから」

「私なら、牛頭って付けるわね」

「牛頭?」

「日本の物語に出て来る魔物さ

 牛頭と馬頭って、牛と馬の頭をした魔物さ

 鬼の一種だね」

「へえ…」

「今時の魔法少女らしいネーミングセンスだな」

「あら?

 大河原さんは牛頭なの?」

「いや、私は魔物は専門外だからな」

「そうね

 あなたは公安だものね」


蓮見さんの嫌味に、刑事は顔を顰めていたわ。


「公安って…

 ドラマに出て来る警察を取り締まる…」

「ええ

 彼等は元々、素行に問題があった刑事達なの

 だから目を付けていたのね」

「そんなのを放置してたんです?」

「仕方が無いのよ

 証拠か現行犯じゃ無いと、なかなか捕まえられないのよ」

「ドラマでは内偵とか…」

「あら?

 詳しいのね」

「まあ、暇な時に観てましたから…」


わたしの知識は、あくまでも流行りの刑事ドラマからよ。

だから現実の警察では、どうやっているのかは知らないわ。

実際には、蓮見さんの言う通りに難しいのかも知れないわね。

今回の事も、彼等の逮捕に必要だったのかも知れないわね。


「だからって、あんな問題のある刑事が居るなんて…」

「そうは言ってもね

 あそこまで酷くは無かったわよ」

「そうなんだよな

 ここ数日で、急に態度が悪くなってな」

「負の魔力の影響で、負の感情に支配されたのかしら」

「それは…

 本当にそういう事があるのか?」

「全員が全員じゃ無いわよ

 でも、そういう人は居るみたい

 急に悪くなって、そのまま魔物化するって…」

「ううむ…

 その辺の対策も必要か」


悪い事をするのも、負の魔力の影響の可能性もあるわ。

まあ、あの刑事さんに関しては、元から碌な大人じゃ無い気もするけど…

兎も角、その辺の対策も考えて欲しいわね。


「亀戸刑事は謹慎処分で

 他の扇動された警察官達も、詳しく取り調べてくれ」

「はい」

「意識を回復次第、取り調べを行う様に伝えます」

「うむ

 頼んだぞ」


大河原刑事に指示をされて、機動隊員達が小走りに走り去ったわ。

そしてわたし達は、庁舎の中の一室に案内されたわ。

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