魔法少女、逮捕される

あれから4日が経ち、わたしは魔物と戦い続けていたわ

散発的とはいえ、確実に魔物は増えていたの

それもゴブリンやコボルトだけでなく、他の姿の魔物も見られる様になったわ

それだけ感染症が、この国でも流行っているという事だと思うわ


「スカーレット!

 左の魔物が向かって来るよ!」

「分かってる

 こんのう!」

「ぐがあああ」

ゴウッ!

バシッ!


わたしの振り回した拳が、手前のおじさんに当たったわ。

そのまま摺り抜ける様にして、わたしは向かって来た左の魔物に振り向いたの。


「がああああ」

「てやああああ」

バキッ!

ボウッ!


わたしはおじさんを蹴って、そのまま二人を一ヶ所に纏めたわ。

そして狙いを付けると、両手を合わせて魔力を練り始めたわ。


「食らえええ

 火柱フレーム・ピラー

「ぎゃああああ」

「うぎゃああ」

ゴウッ!


魔物の足元に、赤い魔法陣が輝いて浮かび上がるわ。

そしてわたしの魔力を吸って、一気に炎が噴き上がったわ。

火柱は幅3m、高さ数mの炎の柱になったわ。

火柱というだけあって、一気に魔物を焼き尽くしたわ。

そして炎の消えた後は、普通の紳士服を着た男が二人倒れていたわ。


「ふう…

 なかなかタフで強かったわ」

「動きは遅いから、遠くから攻撃した方が良かったね」

「そうね

 わたし一人で無かったらだけど…」


この魔物は、漫画に出て来るオークに似ていたわ。

顔は豚や猪では無いけど、不細工な顔をしていたわ。

そして半裸に近い筋肉質な身体で、拳を振り回して向かって来たわ。

武器を持っていない事が救いだったわ。


「魔物ってどういう基準で、見た目や能力が違うのかしら?」

「ん?」

「今回はオークだったけど、まだゴブリンやコボルトも現れるわよね?」

「どういう意味だい?」


「だから魔物の選ばれる基準よ

 どういった理由で違うの?」

「それは…

 考えてもみなかったな」


魔物が現れ始めた頃は、ゴブリンしか現れなかったわ。

ゴブリンは臆病で、弱い者に向かって行く傾向があったわね。

コボルトは素早く、集団で行動していたわ。

この2体の違いは、コボルトはある程度の人数が必要だった事ね。

しかし新たに現れ始めた、オークの傾向が分からなかったわ。


「ゴブリンは少人数の時…

 コボルトは大人数が集まって変身するわよね?」

「そうだね

 この前のは不良集団だったし、その前は半グレ?」

「そう

 ヤクザじゃ無くて、半グレだったわね」


最近ではヤクザと呼ばれる人は、なかなか見掛ける事も無いわ。

その代わりに、半グレという若者を中心にした犯罪者集団が現れていたわ。

彼等は色々な犯罪に手を染めて、秩序だった行動をしないわ。

それで警察も、なかなか彼等を逮捕出来ないでいたの。

それが魔物化して、わたしに倒されているのよね。

なかなかに皮肉の効いた事だわ。


「コボルトは集団で現れるみたいだね

 だからどっちも小心者だと思うよ」

「そうね

 集団でやるから怖くない

 そういう犯罪者心理なんでしょうね」


半グレの中には、一般人にしか見えない人も居るわ。

犯罪者に巻き込まれて、脅されて働かされているのね。

ニュースなんかでも、儲けられるバイトって話には気を付けろと言っていたわ。

知らないで応募すると、行った先で犯罪者に加わる事になるわ。


「しかし人間って厄介だね」

「え?」

「だって脅されたって言うけど、悪い仲間に簡単に入るんだろう?」

「それは…

 でも、脅されて仕方が無いんでしょう?」

「そうだろうけど、自分の意思は貫かないんだね?」

「そうかしら?」


言われてみれば、確かに簡単に犯罪者の仲間に加わっている。

しかし脅されて、それは仕方が無いんじゃないかと思う。

まあ、わたしは最初から、そんな人達には近づかないけど。

そういう意味では、彼等にも巻き込まれるだけの隙があるのよね。


「スカーレットはそうならないだろう?」

「それは…

 わたしは最初っから、そんな輩には近づかないわよ?」

「それはどうしてだい?」

「だってそういうのって、楽に大金が稼げるって…」

「ああ

 あの広告ね」


イグニールも、その犯罪の入り口になる広告は知っていたわ。

わたしも気付いて、イグニールに説明したし。


「ああいうのにほいほい着いて行くから、犯罪に巻き込まれるのよ」

「そういう意味では、そこが魔物化する者との違いだろう」

「え?」

「だって魔物化する者って、精神的に未熟で隙だらけなんだろう?」

「あ…

 そういう事ね」


イグニールが言っているのは、半グレはそれだけ精神的に弱いという事でしょう。

それだから簡単に犯罪を起こすし、魔物に変わってしまうのね。

同じ悪い人なら、ヤクザさんの方が成り易いと思うもの。


「確かにそうよね

 ただ悪い人って事なら、もっと魔物化しても良さそうよね」

「ああ

 魔物化するには、負の感情に負けて暴走する必要がある

 ただ悪感情を持つだけでは、魔物化しないんだよ」

「そうなのね

 それじゃあこのおじさん達は?」


倒れている男達は、どう見ても普通のおじさん達だったわ。

違う点は、背広を着て身形はしっかりとしている点でしょう。

逆にこんな格好をする人が、どうして魔物になったのだろう?

その辺が疑問になるわ。


「こいつ等…

 どうしてこうなったんだ?」

「目撃者が居ないのが残念だわ」


魔物が現れて時、襲われていた若いカップルが居たわ。

リア充に対して言いたい事もあったけど、わたしは彼等を逃がしたの。

だから彼等が、どうして魔物に狙われたのかは分からないわ。

だけどこんな魔物になった者に、共通の傾向があるのかしら?


「オークはまだ、数件しか目撃されていないわ

 もう少し目撃証言が必要ね」

「そうだね

 魔物化の傾向自体がまだ謎だからね」


わたしは他に魔物が居ないのを確認して、家に帰る事にしたわ。

ここは県境で、人気の少ない山道だったわ。

おじさん達も、恐らくあそこの車で来たのでしょうね。

だけどこんな山道に、何しに来たんだろう?

この時のわたしは、心まで魔法少女になっていたのね。


「さあ

 インディゴと合流する為に列車に乗らないと」

「時間はまだ余裕があるよ?」

「早目に行動しないと

 何があるか分からないからね」

「そう?」

「例えば魔物に遭遇するとか」

「あ…

 それはあり得るか」


魔物と戦っていれば、インディゴも気が付くでしょう。

しかしその為には、列車の近くに居る必要があるわ。

まあ、魔物は人気が少ない場所に現れるみたいだけど。


わたし達は快速に乗って、都内に向けて移動を開始したわ。

この時は、魔物が現れない事に安堵していたわ。

だけどこうしてみると、これってフラグというヤツよね。

わたしはインディゴと、列車の中で合流したわ。


「インディゴ」

「スカーレット

 無事に乗れたのね」

「ええ

 途中で魔物を倒して来たけど、間に合ったわよ」

「え?

 途中って…」

「県境の道路でね

 オークを見つけたわ」


わたしはさっき、倒した魔物の事を説明した。

おじさん達は放置したけど、カップルが連絡をしていたわ。

パトカーのサイレンも聞こえたので、わたしは安心して離れたわ。


「あれ?

 それじゃああれは…」

「え?」

「いえ

 私の勘違いだと思うわ

 あははは…」


インディゴはそう言いながら、引き攣った笑いをしていたわ。


「何があったの?」

「ええっと…

 人がいっぱい集まっていたの

 それと恐らく、魔物の反応も…」

「え?

 それを放置したの?」

「放置じゃ無いわよ

 反応は減っていたから、あなたか警察の対応中かなと…」

「ちょっと!

 警察だったら…」

「そうね

 私の判断ミスかもしれないわ

 だけど銃声は聞こえなかったの

 だからてっきり…」

「わたしだと思ったの?

 それなら合流すれば…」

「だってまだ時間が早かったのよ」


インディゴはそう言いながら、時計の針を指差したわ。

言われてみれば、確かにまだ時間は早いのよね。

偶々わたしが歩いている時に、列車に向かうインディゴを見つけたの。

だから合流する予定だった列車は、もう一本後の列車なの。


「スカーレットじゃ無いとすれば…

 ねえ

 私達の他に魔法少女は…」

「それは分からないわ」

「おいらも知らないよ

 知っているなら、そもそも話しているよ」

「それもそうよね…」


わたし達は列車が来るまで、その場で話しながら待っていたわ。

快速の切符なので、その列車でしか席に座れないからね。

自販機でジュースを買いながら、二人で話し込んでいたわ。

わたしは普段と違って、紅茶のペットボトルを買ったわ。


「へえ…

 そんな人気が無い場所にねえ」

「でしょう?

 だからどうして魔物化したのか分からないの」

「ねえ

 そのカップルって、車で来てたの?」

「そうよ

 県境の山だから、車で来ないと…」

「近くには民家は?」

「え?

 そういえば無かったわね」

「で、おじさん達も車だった」

「そういえばそうよね」


インディゴ真剣な表情で、声を潜めて話し始めたわ。


「ねえ

 そのカップルって服は?」

「へ?」

「ちゃんと服は着てたの?」

「そりゃあ当然…

 あれ?」


思い返してみると、女性は少し服が開けていた様な…。


「やっぱりそうね」

「え?

 何?

 インディゴは分かったの?」

「そうね

 これはあなたに話して良いのか…」

「良いんじゃ無いか?」

「良いのね?」

「ああ」


イグニールが、インディゴの問いに答えたわ。


「それじゃあ…

 二人は人気のない場所に居たのよ」

「そうよね

 他にはおじさん達が…」

「その二人は、カップルに気付かれない様に着けて来たと思うわ」

「着けてって…」

「そう

 カップルがイチャ付いて、事を起こすのを待っていたのか…

 あるいは襲おうとしていたか」

「え?

 ちょっと待って」

「スカーレット

 言いたい事はよく分かるわ」

「だって人気が無いって言っても道路脇の駐車場で…」

「でしょうね

 その方が興奮するし」

「興奮って!

 インディゴ!」

「スカーレットはまだ経験が無いのね

 男はその方が興奮するの

 そして女の方は、その男の様子に興奮するのよね」

「ええっと…」


インディゴの言いたい事が分かり、わたしは答えに困ったわ。

確かにそう考えれば、二人があそこに居た事に納得出来るわ。

そういえば女性も、衣服が開けていたもの。

だからっておじさん達はそれを…。

そこでわたしは、ゲームの中のオークの特徴を思い出したわ。


「興奮して襲おうとした?」

「その可能性はあるわね」

「だからオークに変身した」

「え?」

「オークって、女性を襲って子供を身籠らせる魔物なの」

「あ…

 それでオークに?」

「ええ

 その可能性があるわ」

「そうなって来ると、オークは性犯罪者の可能性があるわ」

「あ!

 さっきのおじさん達」

「まあ、彼等は常習か分からないからね

 だけど警戒すべきね」

「そうね

 女性の敵だわ」


プルプルプルプル!


アナウンスが鳴って、快速の到着が案内されたわ。

わたし達は列車に乗り、都内に向けて移動を開始したわ。

そのまま何事も無く、快速は予定通りに到着したわ。

そしてわたしたちは、警視庁に向かう為に乗り換えたわ。

列車を降りて、改札から出ると刑事さんが待っていたわ。


「来たわね」

「刑事さん」

「私の事は蓮見と呼んで

 それで…」

「はい

 私はインディゴと申します

 スカーレットの同僚って事になります」

「そう

 あなたがもう一人の…」


蓮見さんはそう言って、インディゴと握手を交わしたわ。

しかしその直後に、キョロキョロと周囲を見回したの。


「どうしました?」

「いや

 二人だけなんだな?」

「ええ」

「私達だけですわ」

「そう…か」


蓮見刑事さんは、納得行かないのか少し考え込んでいたわ。

それでも気を取り直した様に、わたし達二人を案内してくれたの。


「警視庁に入るとなると、二人共緊張する事になると思う」

「それはそうでしょうね」

「こんな所に来る機会は無いわよ」

「でしょうね

 だから正面では無く、裏の関係者用のゲートから入るわよ」


蓮見さんはわたし達に気を利かせて、裏口を案内してくれたわ。

しかしそこに、予期せぬ来訪者が待っていたわ。


「ふふふふ

 こそこそとやっている様だな」

「安生刑事!

 何でここに」


その刑事は、ニヤニヤと笑ってわたし達を見ていたわ。


「その小娘達が、例の犯罪集団か」

「違うわよ!

 そもそもその犯罪者集団って…」

「貴様は黙ってろ!

 テロリストの仲間が!」


刑事が合図を送ると、バラバラと武装した警官が20名ほど現れたわ。

どうやら彼等は、わたし達を待ち構えていたみたいね。


「ごめん、インディゴ

 こんな事になっているなんて…」

「大丈夫よ

 こういう事は想定していたわ」


武装した警察官を見ても、インディゴは焦っていなかったわ。

考えてみれば、彼女はこうなる事を警戒していたわね。

わたしは蓮見刑事さんを信用して、すっかり油断をしていたわ。

だからこんな待ち伏せなんて、想定していなかったわ。


「さあって…

 あなた達は私達、魔法少女をテロリストと呼ぶ訳ね?」

「そうだ

 何が魔法少女だ

 罪の無い市民を襲って…」

「罪の無いね…

 あなた達も魔物の事は知っているのよね?」

「何が魔物だ!

 くだらん妄想で市民を殺して…」

「あら?

 私達は殺していないわよ?

 無力化しただけよ」

「無駄よ!

 あいつ等警察が殺した事件を、あなた達の仕業にするつもりだわ」

「なりほどね…」

「そんな…」


わたし達が戦った以外の、魔物の無力化は難しかったの。

だから警察では、結局発砲して射殺していたわ。

それをわたし達の仕業にするって事ね。

わたし達は警察に囲まれ、逮捕される事になったわ。

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