公務員、魔法少女

わたしは魔法の説明は、取り敢えずイグニールに任せる事にした

イグニールというか、精霊達は結構いい加減な性格をしている

だから細かな説明を、わたし達魔法少女にもしていなかった

それで仕方なく、イグニールに説明を任せる事にしたのだ


「魔法少女とは、本来は生粋の魔法を扱える者の事だ

 それは分かるよね?」

「ああそうね

 うちの捜査資料にもそう記述されているわ」

「そして本来なら、この50年は候補が居なかった」

「え?」

「そうよ

 魔法を扱える者が居なかったの

 だから今でも、先代の魔法…

 いえ、魔女殿に非常勤の捜査員として働いてもらっているわ」


わたしはイグニールの話を聞いて、少し驚いていた。

先代の魔法少女が居るとは聞いていたが、そんなに年上とは思っていなかった。

50年という事は、それこそ60を越えていると思われる。

そんな人が、魔法少女だなんて…。


「イグニール

 まさかと思うけど、その方もこんな格好を?」

「いや、さすがに…

 しかし正体をバレない様に、若く見せてはいる筈だ」

「そうよ

 見た目は30代ぐらいにしか見えないって話だったわ

 しかしその実力は、有名らしいわよ」

「らしい?」

「うむ

 ここ最近では仕事が無くてな…」

「あ!

 それじゃあ…」

「資料は20年ぐらい前の物なのよ

 ひょっとしたら…」

「今では魔女なのね」

「ええ」


先代の魔法少女は、既に魔女と呼ばれる様な年なのだ。

だからこそわたしや、インディゴが新たに選ばれたのだろう。

そんなお年を召した方に、魔物と戦えというのは酷だろう。


「それでは異形対策課では…」

「そうね

 この事件は久々の仕事だったわ

 だから私も、張り切って捜査してたんだけど…」

「それまでの仕事は?」

「主に書類整理だわ

 ここ数年は、神隠しも異形の存在も無かったからね」

「異形の存在って、今でも居るの?」

「それは分からないわ

 実際に妖怪の様な、不気味な存在を倒した記録はあるわよ

 だけど記録だけで、その遺体等は残されていないわ」

「どうして?

 倒したんでしょう?」

「スカーレット

 君は魔物を退治しただろう?

 それなら分かるんじゃないのか?」

「あ…」


この一連の事件で、魔物は倒された後に人間に戻っていた。

妖怪も人間に戻るのなら、その確たる証拠にはならないだろう。

あくまでも公式には、犯罪者として葬るしか無いのだ。

わたしの推測に、刑事もそうだと肯定の頷きをする。


「それじゃあ妖怪ってのも…」

「恐らくそうなんだろうな

 だから今回の件でも、死んだ者は犯罪者として書類送検されている

 しかし中には、昨日まで善良な市民だった者まで含まれているんだ

 この事に関してお前達は…」

「そうね

 それは仕方が無い事だわ」

「やはり、そうなのか…」


刑事さんも、おおよその想像は付いていた様子だった。

魔物かする者は、何も犯罪者である必要は無い。

悪い負の感情に襲われ、負の魔力を抱えた者が変身する。

それはさっきまで、善良な市民だった者でも同じなのだ。

負の感情を抱えれば、魔物になってしまうから。


「負の感情とは…」

「例えば妬みとか、他者を害しようとするとか…」

「それだけじゃあ無いよ

 悪い奴に脅されて、それで変身している場合もある」

「そういえば、先日はカップルの男の方が変身してたわね

 あれも脅されて?」

「ああ

 周りに居た若者達が、二人を襲ったんだと思うんだ」

「それなら襲った方が、魔物になれば良かったのに」

「それは難しいよ

 彼等が感染していなかったから」

「そうね…」

「ちょっと待て!

 感染?」


ここで刑事さんが、わたし達の話に割って入る。


「感染って何だ?

 この現象は感染するのか?」

「そうね

 正確には違うわ」

「感染症が流行っているだろ?

 それに罹ると魔物化する因子を植え付けられるんだ」

「感染症って…

 あの世界規模に騒がれているヤツか?」

「ええ

 幸いにも、症状は軽い者が多いみたいね」

「幸いなものか!

 それで魔物かするんだろう?」

「あくまでも因子よ

 感染症に罹っていても、魔物化しない人も居るわよ」

「しかし感染した者が、魔物化するんだろう?

 そんな事が本当に起こっているのか?」

「ええ

 残念ながら」

「おいら達もそれで、女神様に頼まれたんだ

 魔物化した者を、何とか人間に戻してくれって」

「女神様…」


刑事はイグニールの言う、神という言葉に眉を顰める。


「まさか本気で、神様が居るなんて思っては…」

「居るよ

 この世界を創った創造神様だ」

「さっきも創造神って言っていたけど…」

「噓臭いけど、本当に居るわよ

 わたしも会ったから」

「神様に会ったというのか?

 私はそんな事は一度も無いのに…」


刑事さんはそう言いながら、その視線は険しくなっていた。


「えっと…

 刑事さんは神様に何かあるの?」

「私の家は、代々神主の家系だったの

 だけど私は警察官になりたくて、それで警察学校を出たの

 それで憧れの警察官にはなれたのだけど、無理矢理この部署に入れられて…」

「それはまた…」

 男の警察官からしたら、女の警察官は邪魔なのよ

 それで辞めさせる為に、こうした嫌がらせをするのよ」

「あ…

 よくドラマなんかで…」

「あんな生易しい物では無いわ

 本当に馬鹿にしているんだから

 それこそセクハラなんて、日常茶飯事だわ」

「それは…

 しかし異形対策課が嫌がらせって…」

「私が神主の娘だから、異形対策課に入るべきだって

 私が警察学校で、成績が良かったからなの

 それが気に入らなかったのね」

「しょうもない男達ね」

「現実の刑事って、そんなものよ」


刑事さんはそう言って、悔しそうにしていた。

警視というのなら、相当頑張って上に上がって来たのだろう。

しかし女性という事で、警察官に選ばれる事はなかった。

それだけでは無く、神主の娘という理由で異形対策課に入れられていた。

それは異形対策課が、それだけ実績の無い部署だったという事なのだろう。


「異形対策課は、さっきも言った通り閑職で何もする事が出来ないの

 何せ肝心の異形が現れなければ、ただの暇な部署だからね」

「それは…」

「同情なんかいいわ!

 私は自分の力で、刑事になろうとしていたのよ!

 それなのに…」

「それは…」

「私は神に選ばれなかったのね

 そして同僚達に妬まれ、ここで働くしか無かった

 本当に神って不公平ね…」

「そうかな?

 わたしは公平だと思うよ?」

「どこがよ!

 女ってだけで、全ての頑張りを否定されて

 何も仕事の無い部署へ飛ばされたのよ

 そして異形が現れるまで、資料整理しかする事が無かったのよ」


肝心の異形に関わる事件が無ければ、異形対策課は業務が無い。

それで他部署の、資料の整理を手伝っていたのだ。

神が本当に居るのなら、彼女としてはどうにかして欲しかったのだろう。

しかし結局は、神は彼女の前に現れなかった。

それで刑事さんは、今まで燻っていたんだろう。


「それじゃあ今回の魔物騒動は?」

「そうね

 それこそ最初は、私達異形対策課のでっち上げた嘘だと思われていたわ

 だけどこの二月ほどで、魔物の出現数が上がっているの

 それで警視庁も、本格的な捜査に乗り出したわ」

「それは良かったじゃない」

「良くは無いわ

 普通の一般人が、急に犯罪者になるのよ?」

「だけどそのお陰で、お姉さんは活躍出来る」

「そうだけど…

 出来れば違う形で活躍したかったわ」

「刑事として?」

「ええ」


しかし今聞いた話から、彼女の願いは叶わないだろう。

今捜査を出来るのも、相手が異形だからだ。

それこそ内心では、彼女が異形にやられる事も期待しているかも知れない。

そんな状況で、彼女が活躍しても余計に妬まれるだけだろう。


「お姉さんは、刑事じゃなきゃ駄目なの?」

「え?」

「このままでも、お姉さんは魔物から市民を守れるよ」

「それは…」

「それは目指していた者とは違うの?」

「っ!」


彼女も薄々感付いていたのだろう。

このまま警察官を目指しても、すでに目標が違っているのだ。

自分が理想にしていた刑事は、所詮は物語でしかない。

本当に人々の為になるのは、今はこの部署なのだ。


「しかし私は、神に嫌われている」

「そうなの?」

「そんな話は聞いた事が無いな」

「だって私は、こんな部署に居るのに、神に会った事も無いのよ?」

「いや、普通は会わないって」

「スカーレットが選ばれたのは偶々だよ

 彼女は選ばれた存在なんだ」

「わたしが?」

「ああ

 そうだよ」

「それでは私は…」

「仕方が無いよ

 こう言うのは酷だけど、君は何も特別では無い

 だけど自分で選ぶ事が出来る

 君はどうしたいの?」

「私は…」


刑事のお姉さんは迷っている。

しかしわたしは、彼女に掛けるべき言葉を持っていなかった。

彼女と比べると、わたしも大した存在では無い筈だ。

しかしイグニールや女神からすれば、わたしには何か選ばれるべき物があるのだろう。


「わたしには…

 お姉さんに言うべき言葉は無いわ

 でも、お姉さんも選ばれたんじゃ無いかな?」

「私が?」

「うん

 だってこの場に居るんだよ?」

「これが選ばれただと?

 単に厄介払いされた…」

「ううん

 そうじゃ無いよ

 魔物から救われた人を助けれるじゃない」

「私が…

 助ける?」

「そう

 魔物から戻った人達を、もう安全だって証明してあげて」


わたしの言葉に、お姉さんは暫く考える。


「しかし証明するには…」

「政府に発表してよ

 魔物化する原因を」

「しかしそれを証明するには…」

「イグニール

 何か方法は無い?」

「そうだね

 感染症に罹った患者を調べてみれば?

 そうすれば何か分かるかも」

「魔物化する因子の事?」

「そう

 それを調べてみて」

「分かった…」


お姉さんはそう言って、手帳に色々と記入して行く。

それは今話した事と、これまでの事件の経緯だった。

何者かがウイルスを操作して、危険な物に変えてしまっている。

それが証明出来れば、政府も何か手を打つ必要が出るだろう。


「それとわたしの活動に関してなんだけど…」

「え?」

「そうだ!

 それの相談だった」


「今のわたしは、魔物と戦うには生活を制限しなければならないわ

 いつ魔物があらわれるかわからないもの」

「それは…

 学校に行けないって事?」

「ううん

 仕事が出来ないの」

「仕事が…

 え?

 あなた社会人なの?」

「えへへ…

 まあね」

「そうね

 それは困ったわね」


刑事のお姉さんは、その事もメモに書き加える。


「すぐにどうこう出来るとは思えないけど…

 異形対策課の活動資金を回すわ」

「え?」

「あなたは魔法少女で、魔物化した人達を戻しているわ」

「それはそうだけど…」

「それだけでも、協力金を渡す必要があるの」


お姉さんはそう言って、封筒を差し出した。


「これを当座の資金に使って」

「こんなに…

 良いの?」

「ええ

 それはあなたへの正当な給金よ」


封筒の中には、帯封をした札束が入っていた。

節約すれば、当面の生活費には困らない。


「それから相談して、活動資金も出すわ」

「良いんですか?」

「当然よ

 あなたは魔物化した人達を、救ってくれるんですから」


お姉さんはそう約束してくれて、わたしはインディゴの事も話した。


「今日は来ていないけど、実はもう一人魔法少女が居るの」

「分かったわ

 二名居ると報告しておくわね」

「はい」

「それとこれが…

 私の連絡先」

「でも、携帯からは…」

「そうね…

 それもその内用意するわ

 先ずは1週間後に、もう一度警視庁に来てちょうだい」

「はい

 分りました」

「それともう一人の子も、出来れば来て欲しいわ」

「そうですね

 声を掛けておきます」


1週間後に再び会う約束をして、わたし達は席を立つ事にする。


「ここは私が出すわ」

「え?

 でも…」

「このぐらいは経費で出るから」

「経費…

 そういえばこれって、税金は…」

「あ!

 そうよねえ…」

「わたしの場合はどうすれば…」

「でも、あなたって労災とか出ないわよね?」

「労災?」


考えてみれば、魔法少女という職業は無い。


「それに魔法少女をしている以上、年金の積み立てや税金も…

 だって魔法少女には、日本国民の住民票は無いんでしょう?」

「あ…」

「それなら税金も、国が求める事は出来ないわ」

「良いのかな…」

「良いんじゃない?

 それだけの仕事をしてるんだから」


刑事さんに言われて、わたしはそれで納得する事にする。

下手に細かく話して、正体がバレるのも困る。

それに言われてみれば、魔法少女が健康保険証を持って病院に行けるのか?

それを試そうとは思えなかった。


「他には問題は無い?」

「特には…」

「仕事に困ったら、警視庁に訪ねて来て

 魔法少女以外にも、異形対策課の仕事はあるから」

「例の非常勤ってやつですか?」

「そう

 滅多に無いけど、行方不明とかの捜索もあるから」

「分かりました

 この騒動が終わったら、お世話になります」

「その時は同僚ね」

「ふふっ

 そうですね」


わたしはそうして、刑事さんと喫茶店を出た。

まだ時刻は、夕方には早かった。

そのままわたしは、再び列車に乗って帰宅する事にした。

この辺のトイレで、変身は解けない。

下手に変身を解いていたら、色々と問題がありそうだからだ。


家に着くまでは、魔法少女のままで居る事にした。

そうして吊革に掴まりながら、わたしは刑事さんの事を思い出していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る