お巡りさん、この人です!

わたしは都内に向かって、列車に乗り込んでいた

警視庁の管轄に、異形対策課というものがあるらしい

どうやらそこが、魔法少女の窓口になっているのだ

わたしは担当者に会う為に、都内に向かっていた


「記憶が無いからって…

 しかしナイフを持っていたんだろう?」

「だけどそれは、彼等が魔物になりかけていて…」

「だったら拘束すべきだろう?

 危険なんだ!」

「だからもう、大丈夫なんだって」


何度目かの説明を、交番のお巡りさんに話す。

しかし問題は、彼等が凶器を所持していた事だ。

記憶を無くしているが、凶器はしっかりと回収されていた。

それで暴行未遂と、銃刀法違反で逮捕される事になっていた。

わたしは、さすがに可哀想になって、彼等の弁護をしていた。


「君が…

 その、魔法少女だとして

 どうやって彼等が安全だと言い切れるんだい?」

「それはわたしの魔力で、彼等の負の魔力を…」

「ああ!

 だから、それが証明出来ないんだ!

 だから今は…」


わたしの説明に、お巡りさんは納得が行かない様子だった。

それはそうだろう。

彼等は凶器を所持して、列車内で暴行を働こうとしていたのだ。

警察としては、危険人物として逮捕するべきなのだ。


「もう!」

「わからずや!」

「ぐうっ!

 しかしな…」

「失礼するよ」


そこに声が掛かって、若い女性が入って来た。

お巡りさんは、他の案件だと思って女性の方に向き直した。


「どうされました?」

「いやなに

 駅員に聞いたら、ここに居ると聞いてね」

「へ?」

「私を呼んだ奴は何処に居るの?」


女性はそう言って、わたしとお巡りさんを見た。


「まさか留置しているとか言わないわよね」

「ええっと…

 あなたは?」

「ああ

 名乗っていなかったわね

 警視庁の者よ」


女性はそう言って、懐から手帳を差し出す。

それはよくドラマで見る、警察の手帳だった。


「へ?

 はい!

 警視殿でしたか

 失礼いたしました」

「うむ」


警察官はそう言って、その女性に敬礼をする。

警視という名はあまり聞かないが、確か警察の偉い人だった気がする。

警察のドラマなんかで聞く名前だな。


「その…

 警視殿がどういったご用件で?」

「うむ

 そんなに畏まらなくても良いわよ

 どうせ閑職だし」

「へ?」

「いや

 こっちの事よ」


よく分からないが、今確かに閑職と言っていたな?

確か暇で何もしていない様な部署をそう呼ぶ筈だけど…

この人は偉い人なのに、そんな部署なのか?


わたしはそう思って、目の前の刑事を見ていた。


「それで?

 肝心の私を呼んだ者は?」

「はあ…

 恐らくこちらの少女かと…」

「え?

 この変な恰好をした子供が?」

「あははは」

「変な格好って…」


自分でもそう思うが、改めて他人に言われると不愉快だな。

わたしはそう思いながら、その刑事に事情を説明する事にした。


「わたしは魔法少女スカーレット・レッド

 魔物を倒している者です」

「魔物…だと?

 漫画の見過ぎじゃないの?」

「そう言われると思いました」


最初の言葉は、予想通りの反応だ。

わたしだって、この力を見るまでは信用出来ないでしょう。

突然こんな格好した子供に、魔物なんて言われるのだから。

しかし証明しなければいけない。


「魔法少女ね…」

「警視殿はそれでここに?」

「私の管轄は、異形対策課だからね」

「へ?

 偉業…」

「異形よ

 分り易く言えば、都市伝説や原因不明の事件の担当の事よ」

「あ…」

「だから閑職なのよ

 私も好きで在籍していないわ」

「あはは…」


警官は困った表情で、愛想笑いをしていた。

わたしは魔法少女である事を証明する為に、ある事をする事にした。


「少し良いですか?」

「何?」

「これからする事は、敵意や悪意があってする事ではありません

 わたしの言葉を証明する為なんで」

「ん?」

「この炎は…」

「な!」


わたしは魔力で、右手に炎を出してみせる。

わたしの魔力で出した炎なので、熱も燃える事も無い。

炎はわたしの手を覆う様に、真っ赤に燃え上がっていた。


「わたしの魔力で作った炎です

 魔物や悪しき心を持つ者にしか効果がありません」

「それを信じろと?」

「信じていただかないと」

「手品だという可能性もあるでしょう?」

「それなら…」


わたしは周囲を見回して、警官の淹れてくれたお茶を見る。

それは既に時間が経って、すっかり温くなっている。

それを手にして、右手の炎にかけて見せる。


「おい!

 火傷…」

「大丈夫です

 すでに温くなっていますから」

「むう…」


刑事は慌ててわたしの手を取り、そのまま炎を凝視する。

手に触れてみても、火傷も熱も感じていない。

相当面食らっている事だろう。

しかし落ち着いた様子で、そのまま炎に触れていた。


「手品にしか見えないが…」

「そうですか?

 こんな手品もあるんですね」

「いや…」

「熱く無いんですか?」

「そうね

 触れても何も感じない」


警察官も驚き、まじまじと炎を凝視する。

そして試しに、炎に手を触れさせる。

しかし悪意も無いので、当然何も感じなかった。


「本当だ

 何も感じない…」

「逆に効果があると困るんですけど

 魔物化する可能性があるって事ですから」

「え!」

「ふむ

 悪意があれば魔物になるのか?」

「条件がありますけど…

 悪意もその一つと考えてください」

「ふむ」


刑事は納得したのか、しげしげと炎を調べる。

わたしの魔力を具現化したもので、燃える事は無かった。

しかし魔力を込め続ける限り、それは燃え続ける。


「私が触れても平気なのか…」

「あなたには悪意がありませんから」

「そんな筈は無いわ

 私だって悪意の一つや二つ…」

「それは悪意とは言えない程度なんでしょう?

 人を殺したいとか、害したいとか…」

「それはさすがに…」

「…」


警察官の方は、慌てて炎から手を引っ込める。

それで刑事から、鋭い視線を投げ掛けられる。

しかし炎で燃えないあたり、大した悪意では無いのだ。

本人が自覚して抑えている当たり、まだマシだと思う。


「それで…

 お嬢ちゃんが魔法少女?

 それは分かったんだけど…」

「実は逮捕者が出ていまして…」

「あの人達はもう、わたしの魔力で悪しき心は消えているわ

 だけど列車内では…」

「何があったのかしら?」

「ええっと

 列車内の乗客が、魔物化仕掛けていたわ

 それで燃やしたから、今は意識を失っているの」

「それで連絡してきたのか?」

「それもあるけど、今日の面会の予定が…」

「ああ

 そういえばそうだったわね」


わたしが連絡したのは、面会に間に合いそうに無かったからだ。

それでこうして、事情を説明したのだ。


「それで…

 聞き込みは終わったの?」

「後はこの子の身元の確認なのですが…」

「それは無理よ

 わたしは魔法少女だもの

 公式な記録には残されていないわ」

「そうだな

 魔法少女は住民票も無い筈だからな…」

「え?

 そうなんですか?」


警官は知らなかったが、魔法少女は正体を明かせない。

だから先代の魔法少女も、住民票は明かしていなかった。

それで身分証も無い訳だが、刑事の方はそれを承知している様子だった。


「そうか…

 普段はそのまま立ち去っているみたいだからね」

「ええ

 今回は列車の中だったから」

「何で列車なんかに…」

「それは距離があるからよ

 それに魔法で飛行したら…色々問題がありそうだし」

「それは止めてくれ

 私でも処理仕切れないわよ」


わたしの飛行の話を聞いて、刑事は頭を抱えていた。

わたしも事情が分かるので、長時間の飛行魔法は使用しなかった。


「それならこれで…」

「待ってください

 逮捕した者はどうすれば…」

「記録だけ取って釈放してやりなさい

 どうせもう、何も犯罪は出来ない筈だから」

「そうなんですか?」

「ええ

 強い悪意は消し去ったから、犯罪はしないわ」

「本当なんですか?」

「ああ

 今までも全国で、何組か確認されている

 生きて魔物から戻った者は、どれもその間の記憶は失っているわ

 どの道確認しようにも、現行の法律では処罰出来ないし」


魔物化が解けた者は、その間の記憶を失っている。

それに魔物になっていたなど、目撃者がいても立証出来ないだろう。

そう考えれば、釈放するしか無いのだ。

それに警察でも、記録は取ってある。

要経過観察すべき人物として、記録は残されている。

これ以上の拘束は、本人達の為にも無理な事なのだ。


「それでは彼等を釈放しても?」

「ああ

 状況を説明して、注意だけにしておきなさい

 それ以上は、警察への悪感情の原因に成り兼ねないわ」

「分かりました」


警官は記録を取って、そのまま釈放する事にする。

その間にわたしは、ここから離れる必要があった。

顔を合わせれば、またトラブルに成り兼ねない。


「わたしはもう行って良いわよね?」

「え、ええ…」

「それで?

 面会は警視庁に戻ってから…」

「そこらの喫茶店でも良いかしら?」

「それは構わんが…

 目立つぞ?」

「良いわよ

 今さらよ」


私は刑事と、駅前の喫茶店に向かう事にした。

警視庁に向かうのも面倒臭いし、じろじろ見られるのも嫌だった。

それなら喫茶店で、店員に物珍しそうに見られる方がマシだった。


カランカラン!

「いらっ…しゃいませ?」

「…」


わたしは刑事と、店の奥の席に向かった。

刑事は私服のスーツなので、見た目には警察には見えない。

問題はわたしが、この様な恰好をしている事だ。


「やはり目立つな…」

「仕方が無いわ

 この格好なんだもの」

「そうだな…

 私でも、それは5歳で着なくなったぞ」

「…」


それを言うなよと、思わず突っ込みそうになる。

わたしは我慢して、そのまま席に腰を下ろす。

それから店員に、紅茶を頼む事にする。

本当はコーヒーを飲みたいが、この見た目では合わないだろう。


「紅茶で良いのか?

 ケーキもあるぞ?」

「見た目通りの年齢では無いと、知っているのよね?」

「あ、ああ…

 そうだったな」


先代の事もあって、警察にも魔法少女は見た目を変えれると伝わっている。

異形対策課というだけあって、その辺は慣れている様子だった。


「わたしが倒した魔物だった人は、既に釈放されているの?」

「そうだな

 罪の意識も無く、記憶も失っている

 おまけに犯罪に対して、彼等は一定の嫌悪感まで持っている

 それなのに何であんな事を…」

「それは仕方が無いのよ

 そうなる様に仕組まれているみたいだし」

「仕組まれ?

 それではまるで、誰かに操られていたみたいに…」

「そうね

 ある意味操られていたのよ

 魔物になって暴れる様に」

「それは!」

「慌てないで

 目立つわよ」

「あ、ああ…」


刑事はわたしの言葉に、一瞬立ち上がってしまう。

魔物になる事が、何者かに仕組まれた事だというのだ。

それは驚いても仕方が無いだろう。


「その事に関しては、おいらが説明するよ」

「っ!」

ガタン!


刑事は今度は、イグニールが喋った事に驚く。

異形対策課と言っても、喋るぬいぐるみは初めてなのだろうか?

彼女は驚いて、椅子の上でひっくり返りそうになる。


「くすくす

 喋るぬいぐるみは初めて?」

「あ、ああ…」

「酷いなあ

 おいらはぬいぐるみじゃ無くて、精霊だって」

「精霊?

 あの物語に出て来る、小さな羽の生えた…」

「それは人間が抱いた、勝手なイメージだ

 そういうのも居るけど、全員がそうじゃないんだよ」

「そうなのか?」

「ああ

 おまけに悪戯をするとか、風評被害まで…

 困ったもんだ」

「するのか?」

「しないよ!

 そう言っているだろ」


イグニールはそう言いながら、テーブルの上でぴょんぴょんと跳ねる。

その姿を見て、刑事は一瞬だが手が出そうになる。


「か、かわ…」

「え?」

「ん?」

「い、いや

 ごほん

 何でも無い」


刑事はわざとらしく、咳払いをして誤魔化す。

しかしわたしは、刑事がイグニールに魅せられているのを見逃さなかった。


「先ずは魔物に関して話す前に、おいらがどうしてここに居るかだな」

「それは…重要なのか?」

「ああ

 そもそも精霊は、こんな風に人前に姿を現さない」

「え?

 姿を見せるって本に…」

「だから風評被害なんだよ

 そんな事はしない

 人間に悪影響を与えるからって、姿を見せない約束になっているんだ」

「約束って…」


「おいら達精霊は、昔は人と共に暮らしていた

 しかし人間に悪影響を与えると、神様に苦情を言われたんだ」

「神様?」

「ああ

 君達が神様と呼んでいる、ああいうスピリチュアルな存在じゃ無い

 現実に存在して、人間や動物を生み出した存在だ」

「創造主か…」

「え?

 あの女神って、創造神なのか?」

「あのねえ…

 君は彼女を何だと…」

「いや

 そもそも何も知らないんだけど?」

「え?」

「だってイグニールが、何も説明していないでしょ?」

「イグニール?

 そういう名前なのか…」


刑事は何故か、わたし達の話よりもイグニールの名前に食い付いていた。


「おいら達は女神に頼まれて、魔法少女の魔力の為に一緒に居る」

「魔力?」

「ああ

 魔法少女って、本来は希少な存在なんだ」

「そうよね

 わたしも元々、魔力なんて持っていないのだから」

「それは認識が…

 スカーレットには、いや人間には魔力があるんだ

 それを使えるかどうかはあるけど」

「え?

 そうなの?」

「おい!」


わたしの反応に、刑事は思わず突っ込みを入れる。


「所謂天然の魔法少女は、精霊力に干渉して、魔法を発現出来る者の事さ

 スカーレットは魔力自体はあるけど、精霊力に干渉出来ないんだよ」

「精霊力に干渉?

 それがこの現象?」

「ああ」

「知らなかったのか?」

「詳しく説明してくれないのよ

 それでいつも困っているわ」

「はあ…

 なるほど」


刑事は溜息を吐いて、イグニールを見ていた。

何となく事情を察して、わたしに同情的な視線も向けていた。


「大変そうだな」

「そうなのよね」

「そうなのかい?」

「そうなの!」


わたしも思わず、溜息を吐いてイグニールを見ていた。

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