魔法少女インディゴ・ブルー

斯くして、オレの魔法少女デビューは微妙な物になってしまった

おじさん達二人に、恥ずかしい恰好を見られてしまった

それに加えて、その後のニュースには何故かあの事は報道されなかった

まあ、それまでの事件も報道されては無かったのだが…


「いっけえええ」

「おお!」

「スカーレットちゃん」

「凄い!」

ゴウッ!


「ぎにゃあああ」

ボウッ!


今日も魔物を見付けて、わたしは退治していた。

今度は如何にもな、若者達が集まっている場所に現れる。

全員が変身しないのは、彼等が病気に感染していないからだろう。

しかし政府の発表では、日ごとにその数は増えている。


「ふう

 これで大丈夫」

「ありがとう」

「たけしが無事で良かった」


「みんなは感染症に気を付けてね」

「え?」

「スカーレット

 その事はまだ…」

「良いじゃないの!

 感染症に罹らなければ、魔物にならないんでしょう?」

「それは確証が…」

「え?」

「どういう事なんだい?」

「それじゃあね!」


わたしは詳しく話さず、意味深な言葉だけを残して立ち去る。

これは彼等に、感染症に注意してもらう為だ。

感染症が収まれば、それだけ魔物になるリスクも抑えられる。

政府が発表しない以上、こうして注意を呼び掛けるしか無かった。


「危険だよ!

 これじゃあスカーレットが…」

「大丈夫よ

 まさか原因がわたしだとは、考えないでしょう?

 それに政府だって、原因の究明には乗り出しているんでしょう?」

「そうなんだけど…」


政府は未だに、魔物の発表はしていない。

それは発表すれば、国民がパニックを起こすからだ。

あれからわたしは、何度かイグニールを問い詰めた。

それで分ったのは、政府も公表出来ないという事だった。


「どうして公表しないのよ!」

「出来る訳が無いだろう?

 魔女裁判でも起こす気かい?」

「魔女裁判?」


イグニールの言い分は尤もだった。

確かに、感染症に罹らなければ魔物にはならない。

感染症のウイルスが、体内に魔物の因子を作るからだ。

しかし、誰が魔物になるかは分からない。

因子を持つ者となれば、感染症の患者全てになるからだ。

現に先日も、中学生が魔物と化していた。

小さな子供は抵抗出来るらしいが、中学生ぐらいになると無理な様だった。


「あくまでも因子が、魔物の原因の一つなんだ

 それに対して、罹患した人全てを処分させる気かい?」

「しょ、処分って…」

「そうなるだろう?

 だって罹患したら、魔物化する可能性があるんだ」

「だけど…」


イグニールの言う魔女裁判とは、この事を指していた。

魔物になる可能性がある以上、全ての者が魔物になると疑われる。

そうなれば、罹患した者が全て悪いと見做される。

それに今も、患者は全国で増え続けているのだ。

そうなれば、極端な話し周りの者全てが、魔物になる可能性があるのだ。


「明日にでも、隣に居る人が魔物になる可能性がある

 そんな事が発表出来るかい?」

「それは大袈裟じゃあ…」

「あの感染症は、罹った者が全て発熱する訳じゃあ無い

 そうだろう?」

「それは発表されていたわね」

「ああ

 だから厄介なんだ

 誰が患者か分からないんだ」

「だけど対策は…」

「どうやって予防するんだい?

 マスクをしていても罹る可能性はあるんだ」


感染症の厄介なところは、マスクでも防げない事がある点だ。

しかも高熱を発するだけで、死亡率はそこまで高くない。

それで世間でも、マスクをしていない人が少なからず居た。

その事がまた、感染症を広める一助にもなっている。


「それに、感染した者がどれだけ魔物になるか分からない

 それなのに魔物になるって言うのかい?」

「それは…」

「いたずらに市民に、不安を煽る事になるよ

「だけど…」

「君は家族に、明日にでも魔物になりますって言う気かい?

 政府にしたって、そんな発表は出来ないだろう?」

「そう…よね…」


だからわたしは、さりげない注意だけをして回った。

これで被害者が、感染症に疑問を持ってくれれば良い。

マスクをして、少しでも罹らない様に注意するだろう。

そのぐらいは、彼等自身にもしてもらいたかった。

そうしなければ、わたしも魔物を退治しきれないから。


「…地区で下校中の生徒に…」

「犯人は立て籠もって、警察官数名に猟銃を…」


ニュースではここ数日、全国で起こるニュースが流れている。

世間ではこれを、不況の影響で犯罪が増えたと思っていた。

しかし実際は、この事件の何件かは魔物による事件なのだ。

正確な発表が出来ないので、こうして事件にして報道しているのだ。

マスコミこれには、進んで協力していた。


「魔物が起こしたなんて、発表出来ないよな」

「それはそうだろう?

 それよりもまた…」

「もう次の事件か…

 フォーム・アップ」


わたしは変身して、再びベランダから出る。

この頃は慣れて、周囲に人が居ないか確認する余裕も出来て来た。

魔物は大体、午後から夜に掛けて現れる。

だから一番危険なのは、昼間に変身する時だった。

昼間なら、部屋にカーテンは引かないからだ。


「行くわよ

 フライ!」


そしてもう一つは、短いながらも飛翔の魔法を覚えた。

これは短時間だが、飛翔する事の出来る魔法だ。

これでアパートから、一旦上空に飛翔出来る。

アパートの場所を、知られる訳にはいかないのだ。


「変身の姿は見せられないからね」

「え?」

「何でも無いわ」


わたしは飛翔して、すぐさま現場の公園に向かった。

この頃は魔物も、結構な頻度で現れている。

それだけ感染症に、罹患した人達が増えているのだ。

そして感染症に罹った事で、会社を休んだりクビになる人も増えたいた。

そうした負の連鎖が、魔物化する人を増やしていた。


「また公園ね」

「リストラか

 嫌な習慣だな」

「習慣にしないでよ!

 習慣にして良い物じゃあないわよ」


わたしは公園に向かって、素早く降り立った。

この頃は少しずつだが、魔物の話が広まっている。

都市伝説として、魔物と魔法少女の噂が広まり始めたのだ。

それで魔物を見ると、人々は素早く魔物から離れていた。

今日来た公園でも、主婦達は既に避難している。


「魔法少女!

 スカーレット・レッド」

「レッドちゃん」

「カワユス♪」

「はあ…」


代わりに少しずつだが、こうした追っかけみたいなのが増えている。

正直邪魔になるので、何処かに避難して欲しかった。

しかし何処からともなく聞きつけて、こうして張り込んでいるのだ。


「今日は隣町なのに、よく分かったもんだ」

「いいえ

 昨日の人達と違うわ」

「うげ

 さらに増えたのかい?」

「そうみたいね…」


彼等が集まるのは、何もわたしに感謝してでは無いのだろう。


「おお!」

「本当だ!

 スパッツが…

 たまらん」

「うげ!

 気持ち悪!」


思わず怖気が走る。

そう、彼等が集まるのは、わたしが魔法少女だからだ。

中にはわたしが戦う姿を、カメラに収めようとする者も居る。

しかしそれには、しっかりと対策が取られている。


「今日こそスカーレットたんの姿を」

「この為にニコンの一眼レフを…」

パシャパシャ!


しかしどんなに頑張っても、わたしの姿はフィルムには残らない。

わたしの周りには、キラキラと光が舞っている。

これがカメラには、光ってぼやけた塊に写る。

だからカメラ小僧達も、わたしの姿を収める事は出来なかった。


「ぎゃひゃああ」

「くっ!」

「おお!」

「小さなお胸たんが!」

「まったく

 男って…」


呆れながらも、素早く魔法を完成させる。

衣服は切られたが、纏めて3体のゴブリンを焼き尽くした。


「じゃあね!」

「あ!」

「折角の接写チャンスが!」

「ああ…

 スカーレットたん…」


残念がる男達を残して、わたしは素早く上空に逃げる。

それから手近なビルの屋上で、衣服の修復をする。


「ふう

 他には反応は無さそうね」

「そうだね

 暫くは大丈夫かな?」

「そう

 それなら…」


わたしは周囲を確認して、隣のビルに移動する。

さすがに彼等も、ここまでは追って来れ無いだろう。


「フォーム・ダウン」

シャラン!


わたしは呪文を唱えると、元の姿に戻った。

それから何食わぬ表情で、商業ビルの屋上から降りて来る。

ここまで来れば、さすがに一般人だから怪しまれない。

そのままイグニールをリュックに仕舞うと、アパートに向けて戻って行った。


時々こうして、戻っている途中にも魔物の反応がある。

彼等がどのタイミングで変身するか、それは決まっていない。

負の感情が原因なので、決まったタイミングでは無いのだ。


「っ!

 またか…」


オレは負の感情の爆発を感じて、慌ててその方向を探る。

変身していないので、正確な場所までは測れない。

しかし感覚から、おおよその方角は分かった。

そのまま周囲を見回して、人気の少ない公衆トイレに入った。


「フォーム・アップ」

シャラン!


再びわたしは、魔法少女の姿に戻った。

こんな事なら、そのまま家に向かえば良かった。

そう考えながら、わたしは男性トイレの個室から出る。


「あ!

 あのお姉ちゃん、男の人のトイレから…」

「しっ

 見ちゃいけません」

「…」


この格好で、男性トイレから出るのはマズいかしら

だからと言って、女性のトイレも問題よね

犯罪者になってしまうわ


わたしはそう思いながら、飛翔するのだった。


飛翔フライ!」

「あ!

 飛んだ!」

「見ちゃ駄目って…

 ええ!」


親子連れを放って置いて、わたしは魔物の気配を探る。

ここから数㎞離れているので、急いで上空を移動する。


「スカーレット

 魔法が切れるよ」

「もう!

 飛翔フライ!」


もう一度魔法を掛け直して、魔物の反応を追う。

この呪文は便利だが、時間が短いのが欠点だ。

しかも魔物は、誰かを追って移動していた。


「見えた!」

「あれがそうね」


「がるるるる」

「きゃあああ」

「うわああ」


追われているのは、20代ぐらいの若いカップルだった。

追っている魔物は、5体と数が多い。

しかも今までのゴブリンと違って、そいつは毛むくじゃらな姿だ。


「狼男?」

「違うね

 あれは犬みたいだよ?」


言われてみれば、その内の1体はチワワみたいに目が大きかった。

他にも、パグかブルドッグの様なブサ可愛な顔をしている。

それがカップルを追って、息を切らせて走っている。

見た目だけだと、何ともシュールな姿だった。


「やああああ!」

「ぎゃいん」

ドカッ!


1体を蹴り飛ばして、わたしはその場に着地する。


「魔法少女スカーレット・レッド、参上!」

「な、何だ?」

「何かの撮影なの?」

「早く逃げて!

 こいつ等はわたしが何とかするわ」

「あ、ああ!」

「待って!

 私を置いてかないで」


女性の方は、一瞬だが心配そうにわたしを見ていた。

しかし男の方は、そのまま女性を置いて逃げ出した。


「情けないわね…」

「そう言うなよ

 普通は逃げ出すよ」

「そうは言っても、彼女を置いて行くのはねえ…」

「君からすれば、許せないかい?」

「ええ

 わたしは諦めなかったから…」


わたしはそう言いながら、拳を握って魔物を睨む。


「さあ!

 観念しなさい!」

「がるるるる」

「がふっがふっ」

「くうん」

「ちょ!

 気が抜けるわね…」


3匹の方は、普通の飼い犬の様な顔をしている。

犬種はよく分からないけど、よく見かける飼い犬の様な顔だ。

しかしチワワの様な魔物は、情けない声を出している。

そしてブルドッグの方は、鼻をフゴフゴ鳴らしていた。


「油断しないで

 見た目はあれだけど…」

「分かっているわ!」

「がるるるる」

「うがう」


魔物は唸り声を上げて、わたしに向かって来る。

牙を剥き出して噛み付いて来たり、腕の爪を振り翳す。

その姿が犬なだけあって、動きもゴブリンより素早かった。

しかし向かって来ると分っていれば、それほど難しい攻撃では無い。

わたしはその攻撃を躱して、1匹の犬を蹴飛ばした。


「きゃいん」

「がるるる」

「くっ!」

「スカーレット

 早く魔法を…」

「無理よ!

 相手が素早い!」


ゴブリンに比べると、この魔物は素早かった。

だからゴブリン相手の様に、無理して魔法を放つのは危険だった。

例え被弾しながら放っても、躱されては意味が無いのだ。


「このまま魔法を使っても、躱されてしまうわ」

「だったらどうするんだい?」


わたしはどうするか迷って、魔物の接近を許してしまった。


「がう!」

「くっ!」


攻撃を躱している間に、さっき蹴飛ばした魔物も起き上がった。


「まいったわ

 コボルドは手強いわね」

「コボルド?

 この魔物はコボルドって言うのかい?」

「そうね

 犬の顔をした魔物だからね」

「名前が決まったのは良いけど…」

「どうやって魔法を当てるかね

 纏まった方が良いでしょう?」

「一匹でも倒した方が良くない?」

「それでわたしの魔力がもつかしら?」


倒す事は出来そうだが、幾つ魔法が撃てるか分からない。

出来ればある程度、纏めて魔物を倒したかった。

しかし素早く動くので、なかなか狙いを付けられなかった。


「こうなったら、イグニールを囮にしようかしら?」

「止めて!

 おいらは戦えないよ」

「大丈夫よ

 囮になるだけだから」

「だから無理だって」


わたしはイグニールを掴んで、魔物に投げ付けようとした。

そこに何処からか、魔法が飛んで来て魔物に命中する。


バシッ!

「きゃいん」

「な、何?」

「おいら達以外に魔法?」


そして上空に、謎の人物の影が見える。


「ほほほほほほ

 私の名は、魔法少女インディゴ・ブルー!」


そう高らかと、少女の声が響き渡った。

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