その名はスカーレット・レッド!

流しの上には、冷め切った弁当が置かれていた

色々あったせいで、すっかり昼飯を忘れていた

オレは袋から弁当を出すと、レンジに入れてタイマーをセットする

チン♪という軽快な音が、独りのキッチンに鳴り響いた


「…」


独りで椅子に座って、黙々と弁当を食べる。

考えてみれば、あんなに話すのは随分久しぶりだった。

仕事場でも、オレはどちらかと言うと無口だった。

それで信用されなくて、何度もクビになっていたのだが…。


弁当を片付けてから、改めてイグニールを手にする。

こいつがお喋りなのも、考えあっての事なのかも知れない。

だからと言って、千夏の事は許せなかったが。


「あいつの…

 代わりのつもりか?」


ふと呟いてから、オレは自分に嫌悪感を抱いた。

そんな筈は無いだろうに、こうして捻くれた感情が胸に沸く。

いつしかこうして、性格は捻じれて行った。

結果が他人を信じられなくなり、今の状況だ。

それも自分の弱さが原因なのに、いつの間にかあいつのせいにしていた。


「もう…

 止めないとな」


オレはそう呟いて、ベットに寝転んだ。

今日も仕事が無いので、このまま待機しておくしか無かった。

急にスポットで空きが空くかもしれない。

その為にも、こうして自宅で待機するしか無かった。


「おい!

 起きろ!」

「ん…」


オレはいつの間にか、ベットで眠っていた様だ。

外はすっかり暗くなり、窓の外は真っ暗だった。

しかし部屋の中は、何故だか明るかった。

その灯りの源は、枕元のイグニールだった。


「…便利だな…」

「馬鹿な事を言っているな!

 魔物だぞ!」

「何だって!」


どうやらイグニールは、魔物を感知したらしい。


「何処だ!」

「この近くだ

 急ぐぞ!」

「分かった!」


オレは急いで、イグニールを掴んで玄関に向かう。


「おい!

 何してるんだ!」

「何って、魔物の元に…」

「このまま行くのか?」

「え?」

「変身すると目立つぞ」

「…」


あれは人前でするものではない…


「どうする?

 どうすれば…」

「慌てるな、落ち着け!

 先ずはカーテンを閉めて、明かりを点けろ」

「あ、ああ…」


改めて見ると、室内はすっかり真っ暗だった。

このままでは、何かに蹴躓いてしまうだろう。

オレは電気を点けると、カーテンを閉める。


「先ずは変身しろ

 覚えているか?」

「ああ

 フォーム・アップ!」

シャラン!


光の魔法陣が出て、足元から光が沸き上がる。

さすがに照明と、カーテンがあるから大丈夫だろう。

しかしオレの身体は、再び素っ裸になって光に包まれる。

こんな姿は、誰にも見せられないだろう。


光が収まった頃には、わたしはすっかり魔法少女になっていたわ。

そのままイグニールを掴むと、ベランダに飛び出す。


「魔物は何処?」

「あっちの方角だ」

「分かったわ」


わたしはイグニールに答えると、そのまま近所の家の屋根に飛び乗る。

身体強化されているので、飛び乗っても音はしなかった。

そのまま屋根に負担を掛けない様に、素早く走り出す。

少女の小さな身体だからか、屋根も音を立てずに走れた。


「はあっ!」

「向こうだぞ

 急げ!」

「感じる!

 あれが負の魔力ね」

「ん?

 もうそこまで…」


教えられる事も無く、わたしは負の魔力を感知していた。

それはわたしが、人々の負の感情を長く受けていたからだろう。

あの粘り着く様な、異質な感覚には覚えがあった。

人々が異物を排除する為に、一人に集中して向ける感情だ。


「分かるわ!

 あれが魔物の気配ね」

「そうだが…

 どうしてなんだ?」

「さあね

 聞かないでちょうだい」


わたしは答えたく無くて、曖昧に返事をしていた。


「居た!

 見えた!」


それは駅前の、開けた場所に現れていた。

昼間に見掛けた様な、醜い小人が暴れている。

近くには数名の、学生服を着た少年が倒れていた。

数名の大人が、近くにあった物で魔物に攻撃している。

しかし魔物が振り回す爪で、それは容易く切り裂かれていた。


「どい…てええええ」

「ちょ!」

ズガン!


「うわあああ」

「な、なんだ?」

「ぎにゃああ」


わたしは空中で勢いを付けて、一気に魔物目掛けて蹴り込んだ。

魔物は何とか躱すが、地面には1ⅿ程の窪みが出来た。

そしておじさん達が、その衝撃で吹っ飛ぶ。


「危ないから離れて!」

「な、何なんだ?」

「空から…女の子?」


おじさん達は驚きながらも、わたしを庇おうと前に出ようとする。

勇敢な事だが、却って邪魔になる。


「危ないぞ!」

「これは映画の撮影じゃあ…」

「分かっているから!

 おじさん達は離れて!」

「君こそ逃げるんだ!」

「そうだぞ!

 警察が来れば…」

「良いから離れて!」


わたしの真剣な声に、一人のおじさんが気圧される。


「ぎゃひゃああ」

「危ない!」

ザシュッ!


わたしは咄嗟に、おじさんを突き飛ばしていた。

おじさんは吹っ飛んで、手近なゴミ籠に頭から突っ込んだ。

ナイス・インって言葉が脳裏によぎったわ。


「ごめんなさい

 だけどこいつは、わたしにしか倒せないから」

「だからって…」


残る一人のおじさんが、顔を隠しながらわたしの方を見る。

その顔は若干、赤くなっている気がした。


「え?」

「あ、いや!

 み、見て無いぞ」

「きゃっ!」


気が付くと、わたしの服の胸元が切り裂かれていた。

さっきおじさんを庇った時に、魔物の爪で切られたのだろう。


「イグニール!

 どうなってるの!」

「さすがに攻撃は防げても、そこまで頑丈じゃ無いんだ

 仕方が無いだろう」

「だからって!」


わたしの成長し始めの、控え目な胸が顔を出している。

わたしは顔を赤くしながら、左手で胸を隠す。

しかし魔物は、そんなわたしの姿に興奮したらしい。

奇声を上げながら、他の衣服も切り裂こうと爪を振り回した。


「ちょ!

 何考えてんのよ!

 このスケベ!」

「スカーレット

 魔法で倒すんだ」

「分かっているわよ!

 でも魔物の近くには…」


魔物の周りには、まだ倒れている少年達が居る。

そのまま動かないので、生きているかも確認出来ていない。


「大丈夫だ

 君の魔法は負の魔力にしか反応しない」

「そうだった!

 って、この格好じゃあ…」

「このままじゃあ、他の場所も切られるよ」

「だけど…

 あうう」

「ぎゃはああああ」


胸を押さえながら、魔物の攻撃を回避する。

身体強化があっても、この状態では回避が難しい。

それにあまり派手に動くと、もう片方のブラも外れそうだった。


「ええい!

 こうなったら!」

「おお!」

「ふ、ふつくしい…」

「サービス・ショットだ♪」

「ぎ、ぎひゃひゃひゃ」

火球ファイヤー・ボール!」

ゴウッ!

ボガン!


わたしの放った火球は、魔物を至近距離で炎に包んだ。


「ぎにゃあああ」

ボウッ!


魔物は悲鳴を上げながら、炎に飲み込まれる。

そして火が消えた後には、気の弱そうな少年が倒れていた。


「え?

 あれ?」

「元に戻ったぞ?」

「どういう事だ」


戸惑うわたしに向けて、おじさん達が詰め寄る。

その視線は、若干胸に集まっている気がしたのは、多分気のせいよね?


「この少年が魔物になったの?」

「ああ

 あそこに倒れた少年達が、あの子を殴っていたんだ」

「殴って…

 それでおじさん達は?

 当然止めたんでしょうね?」

「え?」

「あ…いや…」

「止めなかったの!」

「…」


おじさん達は、視線を逸らして答えなかった。

それだけで、容易に状況が推測出来た。

それで少年は、堪えられなくなって魔物になったのだ。


「それじゃあ原因は、おじさん達にもあるわね」

「え?

 何でだ?」

「この子は魔物になる…

 まあ、それは今は良いわ」

「へ?」

「魔物になるって何だ?」

「あなた達も、この子と同じ状況なのよ

 悪い感情が爆発して、魔物になる可能性がある…」

「スカーレット!

 それは…」

「黙っていて

 これは報いよ!」

「しゃ、喋った?」

「ど、どういう事なんだ?」


片方のおじさんは、喋ったイグニールに驚いていた。

しかしもう一人のおじさんは、それよりも魔物の事が気になっていた。

イグニールにも視線を向けたが、すぐにわたしに向き直った。


「お、オレ達もああなるのか?」

「そうね

 負の感情が原因らしいわよ?」

「何だって?」

「負の感情って何だ?」

「おじさん達は…

 いいえ、みんながあの子が虐められているのを、黙って見てたわよね?」

「くっ!」

「そ、そんな事は…」

「いいえ!

 確かにさっき、そう言ったわよね」


わたしの詰問に、おじさん達は俯いていた。


「だが、おれじゃあどうにも…」

「そうだよ

 向こうは中学生と言っても、5人も居たんだぞ」

「中学生が5人ね…

 その割には、わたしを助けようとしたわよね?」

「それは当然だろう!」

「可愛い女の子があんな化け物の…」

「その化け物が、虐められていた少年だった事も…

 見ていたのよね?」

「あ…」

「そりゃあ…」


「おじさん達だけが悪いとは言わないわ

 だけどね、こんな事がこの先にも起こるわよ」

「それは?」

「さっきも言っていたが…」

「わたしも詳しく知らないわ

 だけどこうして、実物は見れたわよね?」

「う…」

「だったらどうすべきか

 おじさん達も考えるべきじゃ無いかな?」

「オレ達もなると?」

「それは分からないわよ

 わたしは神様じゃあ無いんだから」

「だったら君は…」


おじさん達の視線が、わたしに再び向けられる。

そこでわたしは、ポーズを決めて名乗りを上げた。


「わたしの名は、スカーレット!

 魔法少女スカーレット・レッド!」

「すか…」

「れっど…」


しかしおじさん達の視線は、わたしの顔よりも少し下に集中していた。

その小さな、赤いスカーレットな物に集中していた。


「な!

 きゃああああ!

 信じられない!」

「あ!

 待って!」

「君!」


わたしはそのまま、胸を隠しながら駆け出した。

そして屋根に飛び乗ると、素早く駆け抜けて行った。

幸いにも、パトカーのサイレンは駅前に向かっている。

誰もわたしが、屋根を駆け抜けている事には気が付いていなかった。


「何なの!

 信じられない!」

「まあまあ」

「大体ねえ

 何でこんなに簡単に壊れるの?」

「それはね、魔物の攻撃を代わりに受けるからだよ

 だからスカーレットは、その時にダメージを受けなかっただろう?」

「…確かに」


あの攻撃は、確かにわたしごと切り裂いていた。

しかし切り裂かれたのは、わたしの衣服だけだった。


「それじゃあ…

 わたしの身代わりって事?」

「そういう事

 とはいえ限度はあるからね

 なるべくなら攻撃は受けない方が良い」

「そうよね

 その度に服が壊れたんじゃあ…」


わたしは想像して、顔を赤くしていた。


「でも、すぐには直らないの?」

「魔力を込めて、服を…そうそう」


わたしは破れた箇所を、魔力を込めながら引っ張ってみる。

魔力が流れると、そこが元通りに修復される。

しかし時間が掛かるので、戦闘中は無理そうだった。


「何とかならないの?」

「それは難しいね

 それは精霊力を通し易い様に、特殊な素材で作られている

 修復するだけでも凄い事なんだよ」

「言われてみれば…

 って言っても、破られるのは!」

「それ以上は丈夫に出来ないんだ

 あるだけマシと思って…」

「そうね…

 フォーム・ダウン」


わたしは呪文を唱えて、元の姿に戻った。

ここでオレは、根源的な事を思い出した。


「待てよ…

 そもそも、何で魔法少女なんだ?」

「え?」

「別に魔術師も居るのだから、魔術師でも良いんだろう?」

「それはバレ難い様に…」

「いや、バレ難いって事なら、それこそ戦隊物のヒーローみたいな格好でも…」

「それは目立つだろう?」

「目立つって!

 あれも十分に目立っていたが?」


オレは怒りを抑えながら、イグニールを引っ掴んでいた。


「あいだだだ!」

「何でよりにもよって、魔法少女なんだ」

「知らないよ!

 女神様に言ってよ

 おいらが選んだんじゃ無いんだよ」

「でもお前は、随分と嬉しそうだったな?」

「え?」

「衣服が開けた時に…」

「えっと…」


イグニールはいつの間にか、悲鳴を上げるのも忘れて首を向こうに向けた。


「痛く無いんだな?」

「あ!

 痛い痛い!

 精霊虐待だ!」

「何を今さら!

 言え!

 魔法少女である必要は…」

「あ!

 精霊力が切れた

 次の変身まで、おいらは話す事も出来ないよ」

「おい!

 さっきは話して…

 くそ!」


イグニールは、そのまま浮力を無くして大人しくなる。

どうやら力が切れたのは、本当らしい。

しかし力が溜まれば、またさっきみたいに話せるのだろう。

そう考えなければ、急に光って話していた事に辻褄が合わない。


「そういえば…

 さっきは魔物を発見していたな」


思い返せば、魔物が居るので起こそうとしていた。

しかしその前に、イグニールは光っていた様な気がする。

その前の会話の最後でも、光ると言っていた。

あれが魔物が現れると、光るという意味なら納得出来た。


「魔物が現れると、イグニールが光る?

 そして変身すれば、それだけで喋っていられる…」


考えられる事は、オレが変身している間は、精霊力を消費しているという事だろう。

それでイグニールも、何も無い状態よりも話し易い。

しかし無理をすれば、この状態でも話したり出来るのだろう。

だからさっきも、暫く話していた。

しかし今回は、都合が悪いのでしらっばくれるつもりなのだろう。


「女神め…

 今度会ったら…」


イグニールを責めても、恐らく埒は明かないだろう。

魔法少女と決めたのは、女神の様な気がした。

だからオレは、今度女神に会えた時に、不満をぶつける事にした。

それがどんな状況なのか、その時は想像もしていなかったからだ。

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