魔法少女というもの

初めての戦闘を終えて、わたしは自分のアパートの一室に戻っていた

そこでイグニールから、初めての戦闘の感想を聞かれていた

それですっかり、元の姿に戻る事を忘れたのは、仕方が無いだろう

そもそもイグニールは、元に戻る方法も教えてくれていなかったのだから


「それで?

 いい加減に戻らないかい?

 誰か来たらマズいだろ?」

「え?

 何がマズいの?」

「はあ…」


イグニールは溜息を吐いて、わたしの顔の前を漂う。


「ここは君の部屋だろう?」

「ええ」

「そして君以外には誰も居ない」

「そうよ

 そもそも単身用のアパートだもの」

「…あのねえ…

 そこに君みたいな若い少女が居るんだよ?」

「ん?」

「犯罪の臭いしかしないんだが?」

「へ?」

「…」


わたしとイグニールは、暫く見詰め合って硬直していた。


「ああああ…ふぐ、ぐごお」

「静かにしなよ

 それこそ誰か来てしまうだろう?」


大家さんは近くに住んでいないが、誰か帰っていたら騒ぎになるだろう。

そもそもこのアパートには、若い女性は住んでいないのだから。


「ふぐふご!」

「落ち着いたかい?

 それじゃあ大声は出さないでくれよ」

「そもそもイグニールが、わたしに戻り方を教えてくれてないじゃない!」

「え?

 そうだった?」

「そうよ!

 どうやって戻るの?」

「簡単だよ

 フォーム・ダウンって唱えれば…」

「フォーム・ダウン」

「うげえっ」


イグニールは嫌そうに、顔を背ける。

わたしの変身が解け始めて、衣服が弾けて消え始めた。

服は光の粒子になって、わたしは素っ裸になっていた。

羞恥心で、わたしの顔は真っ赤に火照っていた。

しかしそれも、長くは続かなかった。


光の粒子が足元に降り注ぎ、魔法陣を浮かび上がらせる。

それから手足が太くなり、脛毛や腕毛も生えて来た。

その姿は正直、イグニールが顔を背けるのも当然だろう。

オレは元のおっさんの姿に戻り、素っ裸の状態から衣服が再生される。

そんなおっさんの裸なんぞ、見たいという者好きは居ないだろう。


「終わったかい?」

「ああ

 そんなに不満そうにするなよ」

「いや…

 普通は見たく無いだろう?」

「言いたい事は分かるが、さっきはじろじろ見てただろう?」

「それは変身中はね

 確認事項があったからね」

「確認事項ね…」

「サイズや露出具合の調整さ

 最初にしっかりと決めとかないと」

「おい!

 露出具合ってまさか…」

「スカートの丈やニーソの長さも重要らしいんだ

 クライアントが五月蠅くてね」

「女神か…」


どうやら女神が、衣装のサイズや着こなし具合も確認している様子だった。

その為にイグニールも、しっかりと変身を確認していたのだろう。

それ以外の思惑もありそうだが、そう信じたかった。


「それで?

 あのおじさんはどうなったんだ?」

「ああ

 君の魔法を受けただろう?

 それで負の魔力は消え去った」

「元の原因は?」

「因子も一緒に消えている

 安心してくれ」

「ほっ

 良かった」

「良くは無いさ

 彼は警察に捕まったよ」

「警察に?」


そういえばさっき、パトカーのサイレンが聞こえていた。

逃げ出した主婦たちが、警察に連絡したのだろう。

幸いにも公園では、誰も被害に遭っていなかった。

考えられるのは、あのおっさんが公園で変身したのだろう。


「なあ

 もしかしてあのおっさん、公園で変身したのか?」

「そうだよ

 理由は分からないけど、直前で反応があったからね」

「なるほど…」

「君は原因が分かっているのかい?」

「ああ

 恐らくだけどな」


彼はあの公園で、昼間っから居たのだ。

そして負の感情に苛まれて、魔物と化してしまった。

考えられるのは、公園で何か負の感情に襲われる事だろう。

それも不自然に、昼間の公園に居た事もある。


「会社のリストラか、仕事が見付からないか

 そんなところだろう」

「え?

 そんな事で?」

「そんな事じゃあ無いだろう?

 あの年だし、世間体や色々思うところがあったんだろう

 それにもしかしたら、家庭も持っていたかも」

「それで負の感情が?

 人間は分からないな…」

「そうだな

 色々あるんだ」


オレはそう言いながらも、彼に同情していた。

それがリストラか職が無いのか分からない。

しかしする事が無くて、昼間から居場所が無かったのだろう。

それで公園に居て、居た堪れない気持ちになったのだろう。

彼の目の前には、親子連れも居たのだ。

家庭を持っていたら、さらに申し訳ない気持ちで苦しんでいただろう。


「仕事をしたいのに、出来る仕事が無い

 オレには気持ちが分かる…」

「朱音?」

「オレも人付き合いが苦手で、会社に長く居られなかった

 それで今も、派遣で細々と…」

「それは違うだろ?

 元はといえば君の事を…」

「良いんだ

 その事は…」

「だけどあれは…」

「誰が信じるんだ?」


オレはそう言って、イグニールの慰めを断った。

今までもそうやって、上面だけの慰めを言う者は居た。

しかし内心では、オレがやったと思っていたんだ。

そして言葉だけで、結局誰も助けちゃくれない。

それは十分に分かっていた事なのだ。


「そもそもお前に慰められてもな…」

「そういう事を言うのかい?」

「そうだろう?

 結局は何も変わらない

 だからもう、いいんだ」

「それは…」

「良いって言ってるだろ!」

「う…」


オレは少しキレながら、イグニールの言葉を切った。

これ以上話しても、イグニールに当たるだけだった。

それよりもオレは、他に気になっている事があった。


「それよりも

 あのおっさんはどうなる?」

「どうなるって?」

「警察に捕まるんだろう?」

「そうだねえ…

 しかし内容が内容だから…」

「あ…」


白昼堂々と、いきなりおっさんが魔物になる。

そんな事を言っても、誰が信じるだろう。

警察は向かったが、おっさんが倒れているだけだ。

事情聴取はされるだろうが、逮捕のしようが無いだろう。


「それじゃあおっさんは?」

「そのまますぐに釈放だろうね

 表向きは」

「良かった…

 って表向き?」

「ああ

 そうは言っても、監視は暫く着くだろう

 おっさんには気付かれない様にね」

「それはまた魔物に変わると思われてか?」

「いや

 いまのところはそれは無いと思うよ

 だけど不審には思われるだろうね」

「ああ、なるほど…」


主婦が騒いだ事は、幻覚か白日夢扱いされるだろう。

しかし集団で騒いだので、それなりには調べられる。

ただし魔物にはもうならないから、そこまでは監視も続かないだろう。


「今回は早目に対処出来たからね

 だけどこれから、益々増えて行くよ」

「え?」

「言っただろう?

 ウイルスに罹患した者が、負の感情を爆発させれば魔物に変わる

 今回の様な事が、今後増えて来るよ」

「そうか!

 しかしどうやって防ぐんだ?」

「防ぎ様は無いよ」


イグニールはそう言って、両腕を挙げてみせる。


「誰がいつ魔物かするなんて、分かりっこ無いだろう?

 それこそ一度になるのか…

 それとも順番になるのかも…」

「そうなのか…

 それじゃあどうするんだ?」

「端から倒すしか無いね

 幸い今のところ、拳銃で対処出来るし」

「対処って!

 殺してるだけだろ」

「そうだよ

 だけど死ねばもう、襲われる事は無いでしょう?」

「それはそうだけど…」


オレはここで、さっきのイグニールの言葉を思い出す。

女神やイグニールにとっては、オレ達は蟻程度なんだ。

だから気紛れで助ける事はあっても、そこまで熱心じゃ無いのだろう。

オレは顔を顰めながら、不満を吐露していた。


「所詮は蟻んこか…」

「そう嫌そうにするなよ

 確かに表現は悪かったけど、限度って物があるんだ

 女神様だって暇じゃあ無いんだよ」

「そうだろうが…

 殺すなんて…」

「だからこその魔法さ

 まあ、最近になってここまで出来る様になったんだけど」

「え?」

「そりゃあそうさ

 女神様も言っていただろう?

 この世界には元々、魔物も魔法も無いんだ」

「そういえば…」


女神は確かに、魔法は無いと言っていた。

精霊が枯渇しているから、魔法自体が使えない。

代わりに疑似精霊のイグニールを使って、魔法が使えると。


「確かに言っていたが…

 最近になって、何で魔法が使える様になったんだ?」

「それは詳しくは…

 まあ、元々は少数の人間が使えていたと思ってくれ」

「それは魔法使いが居たという事か?」

「そうだね

 そしてこの国にも、魔法使いや魔法少女が居た…」

「魔法少女?

 漫画みたいに?」

「正確には元・魔法少女だね

 今は現役を退いて…」

「へえ…」


オレは先達が居たと聞いて、なんだか安心した。

オレ以外にも居るのなら、被害は少しでも抑えていたのだろう。

マスコミがどうこうというのは、少し気になっていたが。


「それじゃあ他にも…」

「ああ

 少数ながら活動している

 そして君の様子を見て、この辺りにも増やす予定だ」

「ん?

 どうしてこの辺りだ?」

「それはこの地域が、比較的負の感情が多いみたいだからね」

「あ…」


それは何となくだが、分かるような気がする。

感染症対策で、外出が制限され始めていた。

それでこの県の工場も、あちこち閉鎖されていた。

それで職を失った人が、増え始めているのだろう。

さっきのおっさんも、そうした被害者なのかも知れない。


「仕事が無いから…」

「そうだね

 負の感情が増え始めている」

「それなら感染症をどうにかすれば…」

「それは出来ないよ

 あくまで人間がやらないと」

「どうしてだ?

 女神は何もしない気なのか?」


「そうだねえ…

 何もしないんじゃ無くて、何もしてあげられ無いんだ」

「だけどオレには…」

「あくまでもきっかけだよ?

 君が嫌なら、おいらを拒絶すれば良い

 その程度の事しか出来ないんだ」

「何でだ!

 何で出来ないんだ!」

「そういう決まりなんだ」

「神々の契約とか…

 そんなところか?」

「ああ

 漫画みたいなハッキリとした契約じゃあ無いんだけど

 女神は世界に過干渉出来ない様になっている

 今回の事も、おいらを使っているからここまで出来たんだ」

「つまりは直接の干渉が出来ないとか?」

「そういう事!」


イグニールの言葉で、オレなりに推察してみる。

女神は元々、この世界には干渉出来ない事になっている。

しかし異常な事態に、何とかしようと考えた。

その結果が、今回の魔法で対処するという事なのだろう。

しかしそれなら、元々居た魔法使いはどうなのだろう?


「なあ」

「うん?」

「魔法使いだけじゃあ駄目なのか?

 映画とか魔法省や魔法学校があるよな?」

「あれは映画や漫画だけだよ

 実際にはそこまで人数は居ないよ」

「そうなのか?」

「ああ

 それに天然の魔法使いでは、魔物を殺してしまうよ」

「え?」

「君は疑似精霊のおいらを使っている

 だから魔法の効果に、特別に負の魔力への抵抗を付与出来る

 そうじゃ無ければ、君も発症するしね」

「元は感染症対策なのか?」

「ああ

 だから元に戻るかは、実験的だったんだ」

「それじゃあさっきのおっさんも…」

「可能性はあったけど、確証は無かった

 だから黙っていたんだ」

「そこまで織り込み済みなのか…」


オレは再び、この精霊への疑念を感じていた。

しかし協力してもらわなければ、被害は増える一方だろう。

それに放って置けば、彼等は殺されてしまう。

それを知っている以上、助けないと気分が悪くなる。

結局オレも、自分が可愛いから助けようと思っているのだ。

後で救えなかったと、後悔するのはもう嫌だった。


「それじゃあ今居るのは、殺す事しか出来ない魔術師なのか?」

「そうだねえ…

 光の属性の魔法を使える者は、魔物化を打ち消していた

 だから女神様も、こうして対策を考えたんだ」

「なるほど

 光の魔法使いなら、魔物を元に戻せるんだな?」

「そうなんだけど…

 少ないんだよ」

「そういう事か」


どうやら魔法少女という事で、オレを変身させる事にも理由がある様だ。

魔法使いが足りていない事もあるが、光の力も必要なのだろう。

それが無ければ、魔物化が解けないのだ。


「あれ?

 でもオレの魔法って…」

「炎だけど光の魔力も加わっている

 そこが魔法少女の特典さ!」

「いや、そんな通販みたいに特典と言われても…」


しかしそこが特徴なのだろう。

だからこそ女神は、これをオレに試したんだと思う。

よりによってと思うが、それが彼女なりの罪滅ぼしのつもりなのだろう。


「千夏…」

「それには答えられない

 女神も苦しんでいるんだ」

「そうか…」


オレは少し考えてから、改めて頷く。


「分かった

 オレで出来る範囲になるけど…」

「それで構わないよ

 どの道暫くは、この周辺でしか活動出来ないし」

「そう言えば飛翔がどうとか…」

「あれは待ってくれ

 そもそも君には、そこまでの魔力が無いんだ」

「ん?

 魔法は…」

「そこの説明は難しいな

 おいおい話して行くよ」

「そうか?

 何なら今からでも…」

「ごめん

 おいらの精霊力が…少な…」

「どうした?

 イグニール!」

「変身…まで…

 ごめ…」

「おい!」

「光る…」


そう言い残して、イグニールはそのまま落ちてしまった。

ぬいぐるみは弾んで、そのまま動かなくなる。

どうやらイグニールは、力を使い切った様子だった。

そういえばここに戻ってからも、長く話し込んでいた。

それで活動限界みたいなものが来たのだろう。


オレは肩を竦めると、イグニールを拾った。

しかし何処に置こうか悩んでしまう。

そうそう他人は尋ねて来ないが、見られたら相当恥ずかしい。

取り敢えずは玄関から見えない、ベットの枕元に置く事にする。


「これから頼むぜ

 相棒」


オレは枕元に置かれた、イグニールの頭を小突いた。

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