初めての戦い

鏡に映ったその姿は、愛らしい十代の少女だった

イシスレッドい髪はショートカットで、男の子の様にも見える

勝気な朱い目は、切れ長だが丸みを帯びて可愛らしい

まさにスポーツ少女という感じに見えた


「な、なん…むぐむぐ」

「騒ぐなって

 いくら人気が無いって言っても、大声を出すと人が集まるぞ」


イグニールはその小さな手で、わたしの口元を押さえていた。


「だってこの格好!」

「可愛いじゃないか

 似合ってるよ」

「そうなのよね

 わたしみたいな勝気な少女には…

 じゃなくて!」


イグニールに言われて、思わず可愛いと褒められた事で良い気になる。

しかし元々のわたしは、そんな事を考える様なおじさんじゃ無いわ。

というか、いつの間にか考え方まで女の子っぽくなっている。

一体わたしって、どうなってしまったの?


「イグニール

 わたしって考え方まで…」

「ああ

 変身している間は変わっていると思う

 おっさんのままじゃマズいでしょ?」

「そりゃあそうだろうけど…

 何か変な感じよ」


わたしは困った表情で、鏡の前に立っている。

いつの間にか服も、派手な赤いドレスの様な服に変わっている。

見た目はまんま、魔法少女物の服装だった。

わたしに娘が出来たら、着せてみたいと思う様な服装。

でも実際に着るには、度胸と見た目が必要な服だった。

それをわたしは、問題無く着こなせていた。


「これは…」

「おいら達精霊の加護が宿った、普通よりも丈夫な布さ」

「へえ…」

「でも気を付けてよ

 おいら達は疑似精霊なんだ

 本物が使う様な加護じゃ無いから、気を付けないと魔物には破られるよ」

「そうなの?」

「うん

 あくまでも気持ち程度の効果だから」

「そう…」


可愛らしい服だが、防御力にはそこまで期待出来ないのね

それならば魔物に、やられない様に気を付けないと


わたしはそう考えながら、目の前の自分を見つめていた。

その服装は、子供っぽいフリルがいっぱい着いたドレスだ。

赤を基調にして、一部に黒を加える事で引き締めている。

しかしこの年齢でも、着るには勇気の要る服装だった。


そもそも、魔法少女が着る様な服は小さい子供向けだ。

現実に中学生ぐらいの少女が、こんな格好で外を歩けば目立つだろう。

しかも中二病みたいな、真っ赤なドレスにミニスカートだ。

下にはスパッツを履いているが、相当な勇気が必要だろう。


「これで…戦うの?」

「ああ

 動き易いし、魔法で補助をしてあるから」

「魔法で補助を?

 どんな効果なの?」

「具体的には、魔物の魔法を弱める効果

 それからウイルスを殺す加護も着いてるよ」

「ウイルスをね…」


それはそうだろう。

魔物になる者は、新種のウイルスに感染した者だという話だ。

肝心の魔法少女が、それに罹っては問題がある。


「後はスカーレットは、拳で戦うからね」

「拳で戦うね…

 わたしらしくて良いわ」


わたしはそう言いながら、パンパンと拳を打ち鳴らす。

言われてみれば、手袋に宝石が填め込まれている。


これを使って、魔法を放ったり殴り付けるのかしら?


そう思いながら、私は手袋を見詰めた。


「そう

 魔法の武器や杖は無い代わりに、スカーレットは体術で戦うんだよ

 だからその服には、身体強化の…」

「ちょっと待って

 さっきからスカーレットって…」

「何言っているんだい?

 君の名前だよ」

「え?」

「魔法少女スカーレット・レッド

 それが君名前さ」

「スカーレット・レッド…

 格好良い…」


本来のわたしなら、そんな名前恥ずかしくて言えなかっただろう。

しかし今のわたしは、その名前が格好良く感じていた。

これも変身した事で、意識が変わっていたのだ。

だからその時は、名前を聞いて興奮していた。


部屋の中で、軽く身体を動かしてみる。

確かに言われた様に、身体を動かすのは楽だった。

蹴りを放てばスカートが上がるが、スパッツがあるので平気だ。

そして普通なら、上段の蹴りなんて簡単には出せない。

しかし今のわたしは、風を切る蹴りを連続で放っていた。


「うふふ

 これは良いわね」

「だろう?

 女神様の完全趣味だが、理想的な魔法少女として出来上がっている筈だ」

「そうね

 この年になって、まさかこんな事が出来るなんて」


わたしは嬉しくなって、暫くスパークリングを続ける。

誰も居ないので、あくまでもシャドウ・スパークリングだ。

だけど身体は、思い通りに動かせていた。


「どうだい?

 魔物を倒せそうかい?」

「ええ

 これならゴブリンの1匹や2匹ぐらい…」

「ゴブリン?

 なるほど、確かにピッタリの名前だ」


イグニールはゴブリンと聞いて、先ほどの魔物とピッタリだと言ってくれた。

まあ、あんな背の低くて小柄な魔物は、だいたいゴブリンと呼ばれている。

ゲームでは序盤の雑魚モンスターで、冒険に出始めの敵として扱われていた。

まさにピッタリな名前なのだろう。


「それで…

 戦えそうかい?」

「ええ

 今すぐにでもやっつけに行けるわ」

「さすがに今すぐには…

 ん!」


しかしイグニールは、何かを感じたのか動きを止める。


「魔物の反応だ!」

「え?

 こんな昼間から?」

「ああ

 どうやら時間とか関係無いみたいだな

 どうする?」

「そうねえ

 さっそく向かいましょう」

「しかしどうする?」

「え?」

「少し遠いぞ?」


イグニールに言われて、わたしは改めて気が付く。


「ねえ

 魔法少女だから…」

「箒とか無いぞ」

「え?

 それじゃあ空を飛ぶとか?」

「それは考えていなかったな…

 しかしどの道、今の君じゃあ使いこなせないだろ?」

「それはそうだけど…」


そこでわたしは、移動方法を考える。

元々わたしは、車の免許を持っていなかった。

原付の免許は持っていたけど、車の免許は取れなかったのだ。

それに原付も、高くて買う事が出来なかった。

だから移動手段は、歩いて駅に向かうしか無かった。


「電車で…

 というか、そもそもどこなの?」

「そうだな…

 ここから2㎞ほど離れた公園かな?」

「公園…

 2㎞か」


わたしは窓を開けると、イグニールが向いていた方を見る。

そこには確かに、何か気分を沈ませる存在を感じられた。


「この気持ち悪いのが…

 魔物の気配?」

「ああ

 魔物は負の感情を元にしている

 だから負の感情が集まっている場所に現れる」

「負の感情って…

 公園で何で?」

「さあ?」

「取り敢えず行ってみましょう」


わたしはベランダを飛び出すと、そのまま隣の家の屋根に向かってジャンプする。

普通なら、そんな危険な事はしないだろう。

しかし今のわたしは、魔法少女になっているのだ。

しかも私は、体術に長けたクリムゾン・レッドなのだ。

屋根に飛び移るなんて、造作も無い事だった。


屋根に飛び降りる際も、しなやかに降りて物音を立てない。

わたしの身体能力は、確かに大幅に上がっていた。

そのまま屋根を走って、次々と飛び移る。

当然その際にも、音を立てないで走っていた。


「凄いじゃないか、スカーレット」

「当然

 音を立てたら見られるからね」

「そうだな

 飛行に関しては、女神様に相談しておくよ

 今はこの魔物を…」

「そうね

 あんな被害を出せないわ」


わたしの横を、イグニールはふわふわ浮きながら着いて来る。

そんな能力があるのなら、それをわたしに使っても良いだろうに。

そう思いながらも、わたしは屋根の上を疾走する。

こんな貴重な体験は初めてだったから、わたしは興奮していた。


「きゃああああ」

「ば、化け物よ」

「助けて!」


公園に近付くと、若い女性の悲鳴が聞こえて来た。

それに混じって、赤ちゃんの泣き声が聞こえる。

よくよく考えると、この時間は公園に親子連れが集まる時間だ。

しかし魔物は、何だってそんな場所に現れたのだろう。


「イグニール!」

「ああ

 親子連れが狙われているな」

「何でなの?

 魔物って負の感情が…」

「そこまでは分からない、しかし魔物は1匹みたいだね

 デビュー戦には打って付けだ」

「そ、そうね」


わたしは返事をして、再び魔物の方に顔を向ける。

そこには親子連れを執拗に追う、魔物の姿が見えた。

それは小さな緑色をした魔物だが、親子連れには十分な脅威だった。

わたしは勢いよく跳躍すると、そいつに目掛けて飛び蹴りを放った。


「せやああああ」

「ぎゃひっ?

 ぐぎゃあああ」


魔物はわたしの蹴りを受けて、そのまま砂場まで吹っ飛んだ。

しかし砂場の砂がクッションになって、魔物はダメージを軽減していた。


「ぎゃぎゃ!」

「平和を乱す魔物め!

 この魔法少女スカーレット・レッドが、お前を退治してやるわ」

「ぎゃひい!」


魔物はわたしの口上をみて、地団駄を踏む様に砂を踏みつける。

それからわたしを睨んで、口から唾を飛ばしながらわたしに威嚇して来た。


「何よ!

 あなたが悪いんでしょ?」

「ぎゃっぎゃっ!」

「弱い者いじめをする様な奴は、わたしが懲らしめてあげる」

「ぐぎゃあああ」


魔物は爪を伸ばすと、そのままわたしに向かって突っ込んで来る。

しかしわたしは、それを素早く回避して、後頭部に蹴りをお見舞いした。

魔物はそのまま、派手に頭から吹っ飛ぶ。

しかし思ったよりも、ダメージは与えられていなかった。


「イグニール

 わたしの体術じゃあ…」

「そうだね

 鍛えないと効果無さそうだ」

「ぐぎゃあああ」

「どうするの?」

「魔法だ!

 魔法を使うんだ!」

「魔法って…」


わたしは分からなくて、思わず声を大きくする。


「火球何てどうだい?

 よく漫画やゲームであるだろう?」

「どうやってやるの?」

「ぎゃひゃあああ」

「名前を叫びながら意識を集中して!」

「意識を…

 火球ファイヤー・ボール

ゴウッ!


わたしが声を上げると、何かが掌に集まり始める。

そしてバスケットボールより大きな火の玉が、左手の前に現れた。


「行っけー!」

ボッ!

ドカン!


大きな火の玉は、そのまま不気味な緑色の魔物に命中する。

そして爆音を上げて、魔物は激しく燃え上がった。

親子連れは逃げ出し、周囲に人が居ないのが幸いした。

誰か近くに居たら、一緒に巻き込んでいただろう。


「今さらだけど…

 これって大丈夫なの?」

「ん?」

「他の人に当たったら…」

「ああ

 それは大丈夫さ

 基本的には君達の魔法攻撃は、負の魔力にしか反応しない」

「それじゃあ…」


炎が消えると、そこにはスーツを着たおじさんが倒れていた。

地面には焦げた痕も無く、確かに無害そうだった。


「おじさん…

 ごめんなさい」

「ん?」

「親子連れを守るには仕方が無かったの」

「何を言っているんだい?」

「だっておじさんが…」

「言っただろう?

 魔法攻撃は負の魔力にしか影響がない」

「それじゃあ!」

「起きてややこしくなる前に立ち去ろう」

「う、うん」


わたしは跳躍すると、手近な屋根に飛び乗った。

そのまま屋根の上を走り、手早く家の近くまで移動した。

そうして周囲を見回して、アパートの中に入った。

外では今さらながら、パトカーのサイレンが鳴り響いていた。


「初めてにしては上出来だよ」

「そ、そう?」


わたしはイグニールに褒められて、思わず相好を崩す。

考えてみれば、この時は完全に女の子になり切っていた。

変身した事で、30代のおっさんが女の子になり切る。

今考えれば恐ろしい事だ。


「それで?

 初めて戦った感想は?」

「あれが魔物なの?」

「ああ

 恐らく負の感情に負けて、魔物化したんだろう」

「それは何故?」

「さすがに原因までは分からないが、ウイルスに罹った者は因子が着くんだ

 それが負の感情に反応して、魔物化してしまう」

「それじゃあわたしも?」

「君は大丈夫さ

 魔法少女になった者は、その魔力で因子を消し去れる」

「それじゃあ子供達はどうなの?

 さっきの親子連れは?」

「ううん…」


イグニールは暫し考えて、言葉を選びながら発言した。


「子供の場合は、因子に抵抗があるみたい

 だけど母親の方は…」

「魔物化する可能性があるの?」

「そうだね

 罹患して発症すれば、因子が体内に発生する可能性はある

 あくまで全員ではないみたいだけど…」

「そう

 危険性はあるのね」

「うん」

「許せない!」


わたしは何故か、そのウイルスをバラ撒いた者達に怒りを感じていた。

わたし自身は、色々あって社会に絶望していた。

恐らく人間不信になっていたんだろうと思う。

しかしあんな事をする奴等に、不思議と怒りを感じていた。

そんな正義感みたいなものは、疾うに捨てたと思っていたのに。


「そうだね

 君ならそう言うと思っていた」

「でも、魔物を倒すだけで良いの?」

「そうだね

 元を絶ちたいところだけど…

 女神様も見付けていないんだ」

「女神様が?

 でも女神様なんでしょう?

 なんで…」

「君は夏休みの観察で、蟻の生態を観察した事はあるかい?」

「いいえ」

「蟻の観察をすれば分かるけど、全ては把握し切れないんだ」

「わたし達はその蟻だと?」

「そういう事じゃあ無いんだけど…

 人口を考えてみなよ」

「なるほど…」


その喩えは分かり易かった。

数十億と住む人間を、一々全て見張れないという事だろう。


「え?

 それじゃあわたしや兄さんの事は?」

「それは君の兄さんが…

 あ、いや

 これ以上は教えられない」

「え?

 どういう…」

「女神様がその内、教えてくれると思うよ

 それまではおいらの口からは…」

「教えてくれないの?」


わたしは上目遣いに、浮いているイグニールにお願いする。

しかしイグニールは、首を振って拒否した。


「君の中身を知っているからね

 それは効かないよ」

「ちぇっ」


わたしはそう言いながら、イグニールを見て頬を膨らませていた。

今考えると、それは随分となり切っていた証拠なのだろう。

だからわたしは、イグニールに言われるまで元に戻るのを忘れていた。

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