初めての変身
オレの目の前で、女神は申し訳無さそうに俯いている
その姿を見ると、どうしてもあの子の姿を思い浮かべる
あの時失われた、オレの好きだった女の子
その姿が似ているだけに、オレは胸に棘が刺さっている様な気がしていた
「それで?
そのウイルスが何だってんだ?」
「そう!
それが…
でも、申し訳ないわ」
「ん?」
女神は先程に比べると、明らかにトーンダウンしている。
オレが過去の苦しみで、発作を起こしたのを気にしているのだろう。
オレは気にしない様に、彼女に話を進めさせる事にした。
いい加減に話が進まないと、昼めしが食えないからだ。
「気にするな
オレが苦しくなったのは、あんたとは関係が無いだろ?」
「それがそうも…」
「ん?」
「いえ、何でも無いわ」
女神はそう言って、慌てて首を振っていた。
その様子に違和感を感じたが、その時のオレは気にしていなかった。
腹が減っていたので、いい加減に弁当が食いたかったのだ。
「それで?
マスコミがどうのこうのって…
まさか何か隠してるって事か?」
「そうよ
あいつ等は病気の、一部だけ公開しているわ
まあ、詳細が分かっていないから仕方が無いのだけれどね」
「詳細って…
風邪の一種じゃ無いのか?」
「そう言われているわ
高熱が暫く出るだけだから」
「それじゃあ何で?」
「問題はそのウイルスに罹ると、魔物になるの」
「さっきも言っていたな
その魔物が問題なのか?」
「ええ
そういう事よ」
女神はそう言うと、目の前にパネルを出した。
それはまるで漫画の様に、宙に半透明なパネルが浮かんでいる。
「おお!
まるで魔法だな」
「そうね
しかしこの世界には、残念ながら魔法は無いわ」
「無いのか…」
「ええ」
女神がパネルを叩くと、そこに映像が映し出される。
それは中年のおっさんが数人、怪しげな店で飲んでる光景だった。
そしてお約束というか、怖そうなお兄さん達が現れる。
彼等は奥に連れてかれて、金を支払う様に影響された。
そこで軽く、怖そうなお兄さんがおっさんを殴り付けた。
「おいおい
まさかこれが魔物って…」
「黙って見てて」
「あ、ああ…」
倒れたおっさんが、蹲って苦しそうにする。
心配した他のおっさん達も、彼の周りに集まる。
恐そうなお兄さん達は、彼等を囲んで指を鳴らしていた。
しかしそこで、一人のおっさんが苦しみ始める。
そしておっさには、一回り縮んだ緑の醜悪な姿に変わった。
「はあ?」
「驚いた?」
「いや、そりゃ驚くって」
お兄さん達が驚いていると、他のおっさん達も苦しみ出す。
そしておっさん達は、醜い魔物の姿に変わった。
それはゲーム等によく出て来る、ゴブリンと呼ばれる者によく似ていた。
「これが魔物よ」
「な…」
魔物はお兄さん達に襲い掛かり、次々と噛み付き爪で切り裂く。
そしてお兄さん達は、魔物にあっさりと殺される。
見た目は黒い服を着て、それなりに強そうだった。
だからおっさん達も、お兄さん達を怖がっていた。
しかし魔物になると、形勢は逆転していた。
それはそうだろう。
映画か漫画の様に、突然おっさん達が魔物に変わるのだ。
しかも思ったよりも、その魔物は強かった。
鋭い爪は容易く皮膚を切り裂き、牙は肉を食いちぎっていた。
あんな化け物に襲われれば、警察だって危ないだろう。
「何だってこんな…
あ!」
魔物はそのまま、お兄さん達の死体に食い付く。
そして貪る様に、その死肉を食い漁り始めた。
「う…」
「これで警察が動いて、魔物は取り敢えずは倒されたわ」
映像はその後、駆け付けた警官たちの発砲シーンに変わる。
さしもの魔物も、拳銃の威力には敵わない。
そのまま数発打ち込まれて、死体は回収されていった。
「こんな事件が?」
「ええ
ここ数日起こっているわ
今はまだ、そこまで騒ぎになって無いけどね」
そう言われてみると、先日暴力団の襲撃事件が報道されていた。
犯人は捜査中と、ニュースでは報道されていた。
しかしこの国では、襲撃現場等は映像では流れない。
だからこの事件も、そんなに関心が持たれていなかった。
「まさか…
こんな事件が起こっているなんて」
「そう
そしてこの事件の背後が、今回の問題なの」
「さっきのウイルスがどうとかって話か?
しかしそれなら…」
「そうなのよ
魔物になる理由がはっきりしていないから、こうして隠されているわ」
それはそうだろう。
こんな事を報道しても、誰も信じない。
むしろ嘘を吐いて、報道規制していると思われるだけだ。
それこそあの事件の様に…。
「それで?
これがオレに何の関係が?
まさかオレも…」
「それは無いわ
あなたは今のところ、ウイルスに感染していない」
「そうか…」
オレはそれを聞いて、内心ホッとしていた。
あんな醜悪な姿になって、人々に襲い掛かる。
そうして最期は、化け物として警察に殺されるだろう。
そんな最期は嫌だった。
「それじゃあ何で?」
「実はあなたには…
変身して戦って欲しいの」
「変身?」
「ええ
まさかこのままでは、魔物と戦えないでしょう?」
「それはそうだろうが…」
この年になって、色々と衰えを感じている。
そんなオレが、魔物なんかと戦える筈も無い。
「変身って…
ヒーローにでもなれってか?」
「そうね
でも出来れば、人知れず戦って去って行く
そんなヒーローが最適ね」
「何でまた?」
「そう…
そういう者だから?」
「ん?」
オレは違和感を感じたが、ここは素直に頷いていた。
正義のヒーローなんて、やっぱり男なら憧れる。
ましては魔物と戦って、人知れず平和の為に尽くすなんて、格好良いだろう。
オレは内心ドキドキしながら、女神の話に食い付いた。
「それで?
どうやって変身するんだ?」
「そうね
先ずはこの子を紹介するわ」
女神はそう言うと、宙に魔法陣を描き出す。
魔法は無いと言っていたのに、それは魔法だった。
「え?
おい!
魔法は無いって…」
「これは魔法では無いの
魔法だけど魔法じゃないの」
「へ?」
「この世界には、精霊は枯渇しているの」
「精霊?」
精霊と聞いて、思い浮かべるのはファンタジーな物語だ。
ゲームによっては、召喚魔法で呼び出せる。
しかし女神の話では、その精霊が枯渇していると言うのだ。
「精霊が居ないと駄目なのか?」
「ええ
あなた達が言う魔法は、精霊に力を借りて起こす現象なの」
「へえ…」
この時にオレは、もっと真剣になって聞けば良かった。
いや、あるいはそれまでに、違和感に突っ込めば良かったのだ。
しかしオレは、面倒臭がってそれを確認しなかった。
それが大きな失敗になるとは、その時は思っていなかった。
「それじゃあ今のは?」
「疑似精霊を作り出して、魔法に似た状況を作り出してるの
使用されるエネルギーを大気から集めて、熱エネルギー変換するの
それを魔法陣と現象に振り分けて…」
「ああ!
よく分からんが、疑似精霊って何だ?」
「それを呼んだの
あなたに付ける為にね」
「オレに?」
女神の手元を見ると、そこにはぬいぐるみが現れていた。
それは怪獣映画の主人公を、そのまま子供向けのぬいぐるみにした様な物だった。
しかし色は、可愛らしいピンク色をしている。
「ぬいぐるみ?」
「ええ
さすがに精霊を、そこらに連れて行けないでしょう?」
「いや…
30過ぎたおっさんがぬいぐるみを持ち歩くのも…」
「大丈夫よ
そこも考えてあるから」
「う~ん…」
オレは女神から、その可愛らしいぬいぐるみを受け取る。
「先ずは契約をしないとね」
「契約か…
ぬいぐるみと…」
「そう言わないの
名前を付けてあげて」
「名前を?」
「そう
それが契約の証よ」
「名前ねえ…」
オレはぬいぐるみを見て、暫く考える。
赤い怪獣?
それとも恐竜か?
「可愛い名前にしてね」
「考えを読まないでくれ」
「ふふふ」
ピンク…
「あ!
本当は赤くしたかったんだけど…」
「そうか
ぬいぐるみだからこんな色なんだな?」
「ええ」
「それならイグニールってどうだ?」
「イグニール?」
オレはゲームで使っていた、紅い竜の名前を思い出した。
それでぬいぐるみの名前は、イグニールにする事にした。
「それで良いのね?」
「ああ」
「それじゃあ
額に当てて名前を呼んであげて」
「こうか?」
オレはぬいぐるみを額に当てて、名前を呼んであげた。
30過ぎたおっさんが、こんな可愛らしいぬいぐるみに名前を付けて呼ぶ。
なかなかに恥ずかしい光景だが、ここが部屋の中で良かった。
いや、正確にはオレの部屋でもないんだが。
兎も角名前を呼んでみる。
「イグニール」
「おう!
今日からおいらはイグニールだ
よろしくな」
「喋った!」
「ふふふ
そりゃあ精霊だからね」
女神は嬉しそうに微笑むと、真剣な表情に戻った。
「魔物はあなたが思っているより強力よ」
「強いって…事か?」
「ええ」
「殺しても良いのか?
元は普通の人間なんだろ?」
「それは大丈夫
あなたの魔法は人間を殺さないわ」
「人間を殺さない?
それは便利だが…」
「だけど気を付けてね
中には危険な存在も居るわ」
「危険な存在もって…」
「後はイグニールから聞いて
これ以上は干渉出来ないから」
「はあ?」
女神の言葉に、オレは驚いて反論しようとする。
「干渉って…」
「本来ならこれでも、過干渉になるの
それでも正常な状態に戻す為に、何とかギリギリまで妥協しているのよ」
「それじゃあ兄貴や…」
「あれはまた別なの
私だけでは無いのよ」
「それはどういう…」
「それじゃあね」
「あ!
おい!
待てって!」
しかし気が付くと、オレは玄関で立ち尽くしていた。
そのままドアを開けた状態で、オレはぬいぐるみを抱えていた。
「ちっ!
逃げられたか」
オレは一先ず、外から見えない様にドアを閉める。
それから流しの上に、買って来た弁当を置いた。
時刻は既に、正午を回ってしまっている。
あのままオレは、玄関の所に立っていたという事か?
誰にも見られていなかっただろうな?
玄関に立って、ブツブツ言っている姿を想像するとやべえと思った。
しかしあの時は、何も見えない様な暗闇の向こうに居た筈だ。
その辺はあの女神が、何かしている筈だろう。
そうでなければ、部屋に細工をする意味が無い。
「それで?」
改めてオレは、弁当を食ってからぬいぐるみを手にする。
時刻は三時に針が指そうとしていた。
イグニールは手に持たれると、身動ぎをした。
「話しても大丈夫なのか?」
「部屋の中だから大丈夫だろ?」
「それはそうだが…
必要な時は黙ってぬいぐるみのフリをする様に言われているからな」
「そうなのか?」
「ああ
だってこの姿で喋ったり動いたら…」
「なるほど
それは騒ぎになるな」
「分かってもらえて良かった」
イグニールがこうして注意するのは、彼も精霊とバレたく無いのだろう。
なんせ女神の話では、この世界の精霊は枯渇しているらしい。
バレたら捕まって、研究施設送りになるだろう。
精霊だとバレる訳にはいかないのだ。
「それで?
どうやって変身するんだ?」
「ああ
おいらを抱き上げた状態で、フォーム・アップって言うんだ」
「フォーム・アップ?
それはどういう…」
「物は試しだ
ここで試してみるか?」
「でも、今は魔物は居ないんだろう
その時で良いんじゃないか?」
オレの言葉に、イグニールは短い手を口元に当てる。
「ううん
しかし試しておいた方が良いぞ?
幸いこのアパートには、今は誰も居ないみたいだし」
「そうか?
それじゃあ…」
オレはイグニールを抱き上げると、正面に持ち上げる。
そして教えられた通りに、変身の言葉を唱えた。
「フォーム・アップ」
シャラン!
足元に魔法陣が広がり、ピンクの光がオレを包んだ。
「っ!
これは!」
「安心しろ
変身の魔法だ」
「変身?
しかしこれでは…」
オレの衣服が崩れながら消えて、手足が短くなって行く。
そして脛や腕に生えていた毛が、それに合わせて消えて行く。
子供になるのか?
しかしそれでは…変死する意味が無いのでは
その時脳裏に、女神の言葉が思い浮かんだ。
人知れず戦って去って行く、そんなヒーローと言っていた。
その為にこうして、見た目も変わるって事なのだろうか?
何となく女神の意図を感じて、オレはピンクの光の中に立っていた。
その光は、オレの下着をも消し去っていた。
その時には、魔法の光に驚いて見惚れていた。
まさかあんな事になろうとは、オレは思ってもいなかった。
だからオレは、変身が終わるまでそのまま立ち尽くしていた。
「終わったぞ」
「え、ええ」
わたしは返事をしてから、違和感を感じてイグニールを見詰めていた。
「どうした?」
「いえ
わたしのの喋り方が…」
「ああ
その姿に合わせて、声や口調も変わっているぞ」
「え?」
改めてわたしは、自分の足元を見てみた。
そこには何故か、可愛らしいフリルの付いたスカートが見える。
その先には、これまた細い足にニーソと、可愛らしい赤いサンダルが見えた。
それはどこからどう見ても、女の子の服装に見えた…。
え?
スカート?
それにニーソ?
わたしは驚いて、ユニットバスのある風呂場に向かう。
そこになら、大きい鏡があるので見れる筈だ。
しかしその鏡を見て、わたしは驚きを隠せなかった。
そこには可愛らしい、真っ赤な服を着た魔法少女が立っていた。
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