魔法少女は嫌だ!

竜人

何でこうなったんだ?

スーパーの駐車場に、激しい爆音が響いた

それは赤く燃え上がり、まるで何かの特撮を見ている気分になる

しかしその爆発は、わたしの目の前で起こっている

わたしはそいつに目掛けて、追加の火球を投げ付けた


「いっけえええ」

「お兄ちゃん

 頑張れ」

「負けるな」


後ろからは、仲間の少女達の応援の声が聞こえる。

そして爆発が収まると、そこには一人のおじさんが転がっていた。

わたしとさして年の変わらぬ、くたびれた感じのおじさんが。


「やったね♪」

「ああ」

「これで任務完了

 さあ、帰りましょう」

「そうだね

 騒ぎになる前に帰ろう」


こうしてわたし達は、それぞれ家に向かって帰る事にする。

今日も無事に、魔物を倒す事が出来た。

しかし日に日に、魔物は強くなっている。

この調子では、日本も安全とは言えないだろう。

わたしは陰鬱な気持ちを押さえて、家に向かって飛翔する。


「イグニール

 魔物が強くなっていない?」

「そりゃそうさ

 君達が強くなれる様に、向こうも変異種で抵抗している」

「変異種か…

 本当にウィルスなんだね…」


わたしは脇に飛んでいる、マスコットのイグニールに話し掛けていた。


「どうにか根絶出来ないの?」

「難しいね

 そもそもこのウィルス…

 君達人間が作ったからね」

「そう…だね」


「そろそろ家に着くよ

 フォーム・アップを解いて」

「うん

 分かった」


わたしは頷くと、そのまま手近な家の路地裏に隠れる。

そして周囲に人が居ない事を確認する。


「フォーム・ダウン」

シャラン!


光が地面に落ちて行き、足元の魔法陣に吸い込まれる。

そしてオレの着ていた服が消えて、代わりに元着ていた服に変わる。

そしてオレは、年相応のおっさんの姿に戻った。


「なあ

 毎回この格好になる時に、裸になる必要があるのか?」

「仕方が無いよ

 この世界には、精霊の加護が籠った布なんて無いからね」

「だからって…」

「しっ

 誰かにぬいぐるみと話してたなんて、見られたく無いだろう?」

「ぐっ…」


オレは仕方なく、イグニールを隠しながらアパートに向かう。

そこは如何にもな格安アパートで、近所でも出ると言われている曰く付きだ。

しかし現実には、魔物はその他の場所に現れている。

人があまり寄り付かない、しかし少数の者が集まる特殊な場所に。


「何でこうなったんだ…」


オレは溜息を吐きながら、アパートも階段を上がった。


事の始まりは、今から半年ほど前に遡る

そうそう、オレの名前は朱音っていうんだ

名前が女っぽいとよく言われるが、その事は言わないで欲しい


「…政府は特殊な感染症として、人が集まる事を禁止する…」

「厚生労働省は、この度の事態を重く見て、日雇いの派遣の中止を…」

「くそっ!

 ただでさえ働き口が無いのに」


何処からともなく、今日のニュースが流れて来る。

オレは聞こえて来るニュースに、若干の苛立ちを感じていた。

スマホを出してみても、どこも派遣のサイトは休みばかりだ。

この調子では、貯金を切り崩すしか無かった。


「新作のプレイスポットを買うんじゃ無かった…」


新しく出た、最新鋭のゲーム機器プレイスポットV

オレは即座に注文して、こいつを買う事が出来た

前作のプレイスポットフォーのゲームも遊べるので、オレはさっそく楽しんでいた


しかし先日から、急に仕事が無くなり始めていた。

長く雇ってくれていた、派遣の仕事も無くなってしまった。

それでオレは、コンビニ弁当を買って帰宅していた。

帰った先に、あんな事が待ち受けようとは知らずに。


オレが帰宅すると、そこは真っ暗な空間になっていた。


うわっ!

何じゃこりゃ?


そこはオレの住む、八畳二間の安アパートの筈だ。

玄関には下駄箱があり、すぐ左手にはキッチンの流しがある。

しかし今は、そこは真っ暗な何も無い空間になっている。

いつもの様に弁当を置こうにも、そこには何も無かった。


ここ…

オレの部屋だよな?


オレが疑問に思っていると、応える様に女の子の声がした。


「ふふ

 大丈夫よ」

「へあ?」

「うふふふ

 ここはあなたの部屋の入り口

 でも今は、別の世界と繋がっているわ」

「はあ?」


オレは間の抜けた声を出して、周囲を見回す。

よく見ると、いつの間にかオレの部屋の居間が見える。

しかし片付けた筈の、炬燵が真ん中に置いてあった。


「え?

 炬燵?」

「炬燵って便利よね?

 日本人が生み出した便利な発明だわ」

「…」


よく見ると、そこには炬燵で寛ぐ少女が居た。

彼女は日本人形みたいに、黒い長い髪をしている。

炬燵に座ってミカンを剥きながら、のんびりと寛いでいる。

しかしオレには、この様な少女に知り合いは居ない。


オレは独身の32歳で、娘なんて居ない筈だった。

悲しいかな昨年も、やっと付き合い始めた女性にフラれた。

だから子供どころか、女性がここに居る事すら不思議なのだ。


「だ、誰だ?」

「誰って…

 私は女神よ」

「女神?」


こいつ…大丈夫か?


「あら!

 失礼ね」

「っ!」

「考えている事は分かるわよ?

 私は女神だから」


驚くオレに、その少女は説明を始める。

最初は半信半疑だったが、それは信じるしか無かった。

何故なら彼女は、どうしてオレがこの境遇に立たされているか知っていた。

それに彼女は、決め手になる証拠も持っていた。


「どうして…

 どうしてそれを知っている!」

「あら?

 言ったでしょう?

 私は女神だって」

「嘘だ!

 誰から聞いた!」

「う~ん

 普通なら付き合った彼氏が、下手だったなんて言えないわよ?

 それも向こうから…」

「うわあ!

 止めろ!」


そう、オレがフラれた理由すら知っていた。

それに彼女は、行方不明になった兄貴を知っていた。

近所に住んでいた、従兄の事は当時ニュースにもなっていた。

しかし彼女は、親族しか知らない事まで知っていた。

興味本位で調べたなどというレベルでは無かったのだ。


「信じてくれるかしら?」

「あ、ああ…」


オレは一先ずは、この少女の言葉を信じる事にした。

それがどんな結末を迎えるか、この時は知らなかったのだ。


「それで?

 女神様云々は兎も角、君は何しに来たんだ?」

「そこは重要よ?

 私に力がある事は、この場所を見れば判るでしょう?」

「そりゃあ…」


何しろオレの部屋を、異空間?と繋げたと言うのだ。

それを信じろと言われても、難しいだろう。

そもそも異空間なんて、漫画や小説のネタでしか無い。

異世界や転移なんて事も、現実で起こり得るとは思っていなかった。

しかしこのままオレが消えれば、まさに異世界転移の証拠なのだろう。

ここはオレの部屋から、異世界に繋がっているのだから。


「力がある事は…

 分かったが

 君は何者なんだ?」

「私?

 そうね、まだ名を名乗っていなかったわね」


少女はいつの間にか、大理石の広間に立っていた。

そこは見回すと、大きな建物の中だと分る。

まるで漫画に出て来る様な、神殿といった感じだろうか?

オレはそれに驚いて、周囲を見回した。


「驚いた?

 ここは私の神殿」

「オレの部屋…」

「驚くのはそこかい!」


オレの呟きに、女神は思わず突っ込みを入れる。

そういえば女神という割には、この少女は色々と今どきの女の子な感じがする。


「あのねえ…

 私もあなた達の影響を受けるのよ?

 例えばラノベとか…」

「あ…

 それでこの神殿?」

「いや、さすがにそこは違うけど?

 これは元からこんな感じだし…

 ってそこはもういいから!」


女神は腰に手をやり、憤慨した様子を見せる。

その感じは、確かにあの子によく似ていた。


「話を戻すわよ」

「ああ」

「ここは私の…

 女神ガイアの神殿よ」

「ガイア?

 確か神話とかに出て来る、大地の神様?」

「そうよ

 正確には違うけど、概ねその様に認識されているわ」

「へえ…」


オレは周囲を見回し、その神殿の様子を見てみる。

確かに言われれば、教科書や漫画に出て来た神殿に似ている。

そして漫画では、確かガイアは醜悪な姿の女神だった。

しかし目の前の少女は、普通の…いや美しい女の子に見えた。


「失礼ね

 あれはあなた達が、神話で私の事を捻じ曲げただけでしょ」

「違うのか?」

「ええ

 私は確かに、この世界の礎を作ったわ

 だけど後の事は、子供達に任せて手を出して無いわよ」

「子供達?」

「ええ

 あなた達を含めて、現在神と呼ばれている存在も、私が作った子供達なのよ

 だから私からすれば、みんな私の子供達」

「へえ…」


女神の言葉に、オレは驚いていた。

彼女の言葉を借りるなら、この世界は彼女が作った事になる。

そして全ての生き物が、彼女にとって子供なのだろう。


「だから私は、始まりの神にして創造神

 大地の女神ガイアって呼ばれていたわ」

「なるほど…」


ガイアが物語で、悪役になったのには理由があるのだろう。

そういえば昔に、そんな話を聞いた覚えがあった。

しかし誰から聞いたのか、その時は思い出せなかった。


「それで…

 そんな女神様が、こんなおっさんに何の用なんだ?」

「そうね

 先ずはお詫びを言いたかったの

 あなたはあれで、色々と辛い…」

「止めてくれ!

 その姿で言うな!」

「っ!」

「あいつがそんな事!

 言う筈無いんだ!」

「ごめんなさい」

「だから謝るなよ!」


オレは苛立って、彼女に思わずキツい言い方をしてしまう。

しかし彼女の姿を見ると、どうしても苦い思い出が甦る。


「そんな事を言いに来たのなら」

「ごめんなさい

 私のせいであの子だけで無く、あなたにも…」

「良いんだ!

 もう終わった事だし

 千夏は帰って来ない」

「そう…なんだけど」

「それを言いに来たのなら、帰ってくれ」

「違うわ

 それもあるけど…」

「それも?

 他に何があるんだ」

「それは…」


女神は暫く迷ってから、真剣な表情でオレを見る。

その姿を見ると、あの子の事が思い返される。

女神の姿が似ている事が、オレに苛立ちを感じさせる。

彼女に罪は無いが、もう思い出したく無かったのだ。


「ねえ…朱音

 あなたはここ数日のニュースを見てるわよね?」

「ああ

 ってもどのニュースか…」

「伝染病の事」

「ああ

 謎の病気が蔓延してるって…」

「そう、それ!」


女神は頷くと、伝染病の話を始める。


「日本の…

 いえ、海外の政府でも、まだ原因の特定すら出来ていないわ」

「そうなのか?

 だけど海外の研究施設が原因だって…」

「最初の感染源はね!

 だけどその後は違うわよ」

「え?」


「そもそもね、そこまで広がる筈がないでしょ?

 よほど計画して散布しないと」

「散布って…」

「そう

 これは人為的にね、各地で撒かれているの」

「撒くって、それじゃあテロ…」

「そうよ

 これはテロなの」

「はあ?」


オレはその言葉に驚いていた。

確かに最初の国では、軍事目的で作られたのではと言われていた。

しかしその国が、テロでばら撒く意味が分からない。

そんな事をすれば、世界規模の戦争に発展するだろう。


「どうして?

 まさか戦争を起こす気か?」

「それは無いわ

 目的はこの病気を…

 いえ、ウイルスをバラ撒く事だから」

「ウイルスをバラ撒くって…

 それじゃあ戦争が…」

「言ったでしょう?

 最初にバラ撒かれたのは、あの国だって」

「え?」

「次からは違う国でバラ撒かれているわ」

「ん?」


オレは理解が追い着かずに、首を捻って考える。

最初のバラ撒きは、政治的に良くない国が研究施設から漏らしていた。

それはあくまでも、研究施設の失敗であった。

しかしそれを、女神は人為的にバラ撒いたと言っている。

だったらそれは、あの国が他国に影響を与える為に行った事になる。

しかし現実は、あの国が一番打撃を受けていた。


バラ撒かれたウイルスは、老人を中心に広まっていた。

若者には影響が少なく、無理をしなければ死ぬ事は無かった。

しかし高熱が数日続くので、経済や生産業に打撃を与えていた。

それで最初に被害にあった国では、多くの生産業がストップしていた。


「どういう事だ?

 意味が分からない」

「だ・か・ら!

 他の者が意図的にバラ撒いたの!

 研究施設にあったウイルスを、媒介元にしてね」

「え?

 それじゃあやっぱり、施設がバラ撒いたって事に…」

「そうなるわね

 でも目的は別にあるの」

「目的?」

「ええ

 何せあのウイルスには、魔物化する性質が含まれているわ」

「魔物って…

 あの魔物?」

「そう

 あなたが考えている様な、物語やゲームで出て来る様な魔物よ」

「…」


ニュースを聞いていたが、その様な話は出ていなかった。


「そんな話は聞いて無いぞ?」

「それはそうよね

 政府も発表出来ないわ」

「政府もって…

 マスコミは…」

「マスコミねえ

 あなたも薄々勘付いているんでしょう?

 あの時と一緒よ」

「う…」


女神の言葉に、オレは胸を押さえた。

あの時の事が、頭の中で思い出される。


「ちょ!

 ごめん、不用意だったわね

 この者を癒してヒーリング

「はあ、はあ…」


オレは胸を押さえて、荒くなった呼吸を押さえようとする。

目の前が真っ暗になり、心臓の音が早鐘の様になる。

そこへ女神の手が当てられて、すっと背中が楽になった。

あの子の事を思い出し、それからあの話をされた。

その事で、オレは嫌な事を思い出して苦しんでいた。

忘れようと思っても、そうそう忘れられないものなのだ。


「ごめんなさい

 あなたにはトラウマだった様ね」

「はあ、はあ…

 何でも知っているんじゃ無かったのか?」

「そうね

 でもここまでとは…」

「奴等から受けた傷は深いんだ

 思い出させないでくれ」

「ごめんなさい」


素直に謝る女神を見て、再びオレの胸が痛くなる。

それは嫌な記憶を思い出すからでは無く、あの子の姿を重ねていたからだ。


どうやら…

忘れられないのは思い出だけじゃ無いんだな


「ごめんなさい」

「良いんだ

 オレの未練だから」


オレはそう言って、首を無意識に振っていた。

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