第7話-SideA 二人のお出かけ

 天体望遠鏡が欲しい。

 最近そう思うようになってきた。

 同好会で使うものは、夏輝が置いているそれで問題はない。

 ただ、明菜の家は周辺では最も高いマンションで、しかも最上階だ。

 実はルーフバルコニーがある。

 なので、そこからでもかなり星を見ることはできるので、観測には実はかなり向いている場所なのだ。


 ただ、ちょっとスマホで調べてみても、値段がそれこそ上から下まですごい差があり、どういうものがいいのか本当に分からない。


「うん、やはりここは知ってる人に教えてもらうのが一番だよね」


 と、いうわけで――。


「すぐ買うわけじゃないんだけどさ、色々教えてほしいの」


 準備室で夏輝にお願いしていた。


「家にほしいってこと?」

「うん。ただ、とりあえず私は初心者だからさ。どういうのがいいのかも含めて、ね」


 しばらく夏輝が思案顔になる。


「俺もそこまで詳しいわけじゃないけど……専門店があるから、そっち行けば色々教えてもらえると思うよ」


 そういうと、スマホで店のサイトを見せてくれた。

 電車の距離にある、結構有名なショッピングモールだ。明菜も何回か行ったことはあるが、そんな店があるとは知らなかった。


「ここの店員なら、凄く詳しいと思うから、行ってみたらどうかな」

「……夏輝君、一緒に行ってくれないの?」

「え」

「そこは案内してくれるのが当然でしょう?」


 というより案内してほしい。

 どういう店か分からないし、店員に専門的なことを言われても全く分からない可能性だってあるのだ。


「お願い、夏輝君」


 こういう時は自分の容姿を利用する。

 卑怯だという気はするが――明菜にとっては死活問題だ。


「……わ、わかったよ……」


 夏輝が諦めたように頷いた。

 ちょっと悪い気がしなくはなかったが、それでも――明菜はとても嬉しいと感じていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 そのショッピングモールは駅から直結の場所にあるので、道に迷うようなことはない。本当は駅で待ち合わせの方がよいのだが、明菜と夏輝では、それぞれその駅の逆方向から来ることになるので、合流は必然的にモールで、となった。


 探すまでもなく、すぐに夏輝は見つかった。

 黒っぽいカジュアルシャツに、ジーンズ。

 彼の私服は初めて見るが、年齢が分かりにくいスタイルだ。

 若いような、それでいて落ち着いた雰囲気もある。

 髪は特にセットしていないが、それをやってあと一ひねりしたら、普通に女の子に声をかけられそうな気がした。

 特に容姿が際立っているわけではないが、雰囲気美男、という感じだ。


「お待たせ、夏輝君」


 今日の服はペールグリーンのフリルブラウスに、オフホワイトのギャザースカート、それにレースカーディガンを羽織っている。それなりにお気に入りの格好だ。

 男性と出かけるのは一年振りくらいなので、久しぶりに服選びに悩んだが、その成果は――彼の顔を見ればわかった。

 ちょっとだけ嬉しい。


「どうしたの?」

「あ、うん。その、私服初めて見たから……似合ってるな、と」

「ありがと、夏輝君もかっこいいと思うよ」


 夏輝が照れたのか、顔をそらした。

 そういうところが可愛いと思えてしまう。


「じゃ、行こか」


 本当は手を取って歩きたいが――さすがにそれはまだ気恥ずかしい。

 明菜が歩き出すと、夏輝は慌てて追いついて、店こっちだよ、と案内してくれる。


 ほどなくついた専門店は、少し奥まったところにあった。

 これは確かに、ちょっと気付かない。

 店のディスプレイには所狭しと色々な天体望遠鏡が並んでいて、値札も上から下まで様々だ。


「ここ。まあ今日買うわけじゃなくても、話は色々してくれるよ。俺もそうだった」


 買わないのにいいのかは、と思うが、彼もそうだったらしい。

 やはり来てもらって正解だった。

 明菜一人では、結局店の前で見て終わりだっただろう。


 店に入ると、三十前後か、と思われる柔和そうな男性が現れた。


「いらっしゃい。何かお探しかな?」

「お久しぶりです、渡来わたぎさん」

「ああ、秋名さん。ようこそ。今日はどんな御用で?」


 どうやら店員と知り合いらしい。

 思わぬ交友関係に驚く。


「友達が新しく買うことも考えてるのですが、初心者なので今日は色々話を聞かせてもらいたくて」

「わかった、お安い御用だ。っと、僕は渡来。一応ここの店長だ。よろしく」

「あ、はい。よろしくお願いします。その、本当に初心者ですので……」


 渡来と名乗ったその人は、それから本当に丁寧に色々説明してくれた。

 一時間あまり色々聞いてから、店を出る。

 どうやら夏輝は手入れ道具を少し買い足したようだったが。


 時間は十一時半。

 ちょうどいいので二人でフードコートに行くと、まだ席はかなり空いていた。

 とりあえずお互い食事を買ってきて食べ始めた。


「あんなに種類あるんだね……びっくりした」


 レンズの種類、形、大きさ。それに付属装置。

 全部最高品質を求められればいいのだろうが、それだとお金がいくらあっても足りない。それに、手入れも大変そうでできるとは思えない。

 自分にあったものを、となると本当に難しい。


「まあ、価格はホントに上から下まであるけどね。高いのだと、店の奥にあったの、見た?」

「うん。ちょっと値段の桁確認しちゃった」


 最後に色々見せてもらった中で、店の一番奥にあった大型反射望遠鏡。

 値札に七桁、しかも一番最初の数字が一ではなかった。

 自動車とかと同じレベルの値段というのは驚愕するしかない。


「まあ、あそこまで行くと付属している装置の性能もすごい……みたい。俺も知らないけどね」

「夏輝君が持ってるのはどのくらい?」


 学校にあるやつでもかなりいいやつな気はする。


「学校においてあるやつは五万円くらい。自宅にあるのはもうちょっといいやつで、親が買ってくれたやつだけど、たしか十万円ちょっと」

「うわ、どっちもかなりいいやつだね」

「それは否定しない」


 普通男子学生が遊びに使ったりするお金を、そっちに使ってるのだろう。

 ある意味とても有意義な使い方をしてるな、と思ってしまう。


「まあ、無理に買わなくてもいいとは思うよ。同好会で使うのは俺のやつあればいいし。まあ……いつか部に昇格して予算もらえたら、本気で考えていいと思うけど……遠そうだしねぇ」

「五人だっけ、確か」

「そうだけど、五人だけの部でもらえる予算って考えるとさ」

「確かにね……」


 活動内容によって予算配分は決まるが、当然そこに人数も加味される。

 部活動の予算は当然上限があり、その枠内で各部活が予算の奪い合いをするわけだから、人数が少ない発足したばかりの部活では、そんなに予算を期待できるはずもない。


「でも今日はいろいろ勉強になったよ。ありがと。この後はどうする?」

「どうすると言われても……予定は特にないっていうか、そもそも……明菜さんは彼氏がいるって聞いたことあるけど……」


 一瞬驚く。基本的に誰にも言ってないはずだったから、なぜ彼が知ってるのか、と考えて――思い出した。

 そういえば、この学校に入ってすぐの頃、何人も告白され続けたので、『彼氏がいるから』と言って断ったのだ。なので、誰かは不明だが彼氏がいるという情報だけなら、広まっていたはずだ。だから以後告白までしてくる男子はいなくなったのだ。

 多分夏輝もそのことを聞いたことがあるのだろう。


 だが、もうその話は思い出したくもない話だ。

 三月のあのこともあり、もう顔を思い出すだけでも気持ちが沈む。

 なんであんなのと付き合ったのだ、と過去の自分を怒鳴りつけたくなる。


「……あー。うん、今はいないの。だからフリーよ。まあさすがにそうじゃないと、他の男の子と出かけたりしないし。私そこまで節操なしじゃないよ?」

「あ、ごめん……」


 多分自分がひどい顔をしていたんだ、という事は分かった。

 夏輝の顔が、本当に申し訳なさそうな表情になっていたからだ。

 彼は何も悪くない。悪いのは自分で、彼はむしろ気遣ってくれただけなのに。


「気にしないで。ちゃんと私も説明してなかったんだし。そういう夏輝君こそ……まあ、いたら私と出かけたりしないか」

「うん、まあ当然だけどそういう付き合いの人はいないよ。いたこともないし」

「少し意外。夏輝君、結構かっこいいと思うけど」


 際立って整っているとは言わないが、清潔感はあるし所作もきれいだ。服装も野暮ったいという感じではなく、かといって軽薄さも感じない。

 凄く魅力的とは言わなくても、見た目で付き合うことを拒否されるようなことはないだろう。


「君に言われると嬉しいような恐れ多いような、だなぁ」

「なにそれ」


 何かおかしくて笑う。

 それだけで、気持ちが少しだけ晴れた。

 ただ、ふと夏輝を見ると、途中からなぜか複雑そうな表情になっているのに気が付いた。


「夏輝君?」

「何でもない」


 なんでもなくはない、というのはすぐわかった。

 多分彼も、何か抱えているものがあるのだろう。

 ただ、それを聞き出すほどにお互い親しいとは言えないから、今は触れるべきではないだろう。


「この後に関しては特に予定ないんだけど……」

「じゃあ、私に付き合ってもらっていい?」

「それはいいけど……何に?」

「一度やってみたかったの。ボウリングって」

「ボウリング?」


 今後クラスの女子でボウリングに行くことになっている。

 ただ、明菜は一度もやったことがない。運動には自信があるが、あまりにかっこ悪いところは見せたくないので、せめて事前に一回はやっておきたいのだ。

 夏輝になら別にそういうところを見せてもいいと思えてるのはなぜか不思議だが。


「やったことがないんだけど、今度女子で行くことになって、その前に練習したいと思っていたんだけど、一人でやるのは勇気がいるし、コツわかんないし」

「ああ……なるほど。一応経験はあるけど、俺もそんなに上手くはないよ?」

「いいの。こういうのは経験が大事っていうし」

「わかった。まあそのくらいなら」


 夏輝が快諾してくれた。


 その後、一ゲーム目は勝手がわからず五十点という体たらくだったが、夏輝が色々コツを教えてくれて、二ゲーム目は何回かスペアも取れての百点超だった。

 自分ではすごいと思っていたが――夏輝の点は一回目が百四十五、二回目が百六十。

 この人、ちょっとすごすぎないか、と思う。

 褒めまくっていたらなんか恥ずかしそうにしていて、やはり可愛いと思ってしまった。


 ちなみに。

 後日実施された女子同士のボウリングで、夏輝のフォームを思い返しながらやった結果、百三十点と女子の中では二番目の高得点をたたき出し、明菜はボウリングが上手い、という事になってしまった。

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