第5話-SideA 二人の呼び方と観測計画
教卓周辺で男子がじゃんけんで争っていた。
今は
決める必要がある委員は、学級委員、美化委員、保健委員、図書委員の常駐委員に加えて、文化祭実行委員、修学旅行委員、体育祭実行委員のイベントの実行あるいは実施補佐のための委員だ。
一年の時は学校になじむためとして全員どれかの委員に属する原則があったが、二年生からはその縛りはない。基本男女一人ずつが選出される。
ちなみによくある放送委員は存在しない。
この学校は放送部があって、校内放送はすべてそちらで取り仕切っているのだ。
その最初の学級委員の決定で、三組はいきなり
男女一人ずつ選出されるのだが、その男子の希望者が見事にゼロ。
とりあえず学級委員が女子も含めて後回しにされ、ほかの委員が先に選出された。なぜかこちらはすんなり決まる。
そして全部終わったところで――担任の先生は残った男子全員じゃんけんしろ、というとんでもないことを言い出した。
学級委員といっても、実際は雑用係に近い。
授業の準備や教師や生徒会との連絡が主な役割だ。
授業の準備も基本は日替わりの日直が担当するので、そのサポートが主のため、基本連絡役と言ってもいい。
つまり特にリーダーシップを必要とするわけではなく誰でも務まるため、じゃんけんで強引に決めさせるというのは乱暴ではあるがダメとも言い切れない。
クラスの男子の数は十九人。うち、他の委員に決まった者を外した十三人がじゃんけんに挑んだのが冒頭のじゃんけんである。
三人または四人のグループでじゃんけんをさせ、負けた一人が集まってじゃんけんをして――なんと決まったのは、あの秋名夏輝だった。
本人は、ネットでよく見る顔文字よろしく、がっくりと項垂れている。
「じゃ、次は女子だが――」
「はい、私やります」
明菜は迷うことなく手を挙げた。
これにクラス全体がどよめく。隣の秋名も驚いた顔をしていた。
これには打算的な狙いがある。
秋名が学級委員なら、当然同じ学級委員になれば話す機会が増える。
何より、一緒にいてもそれほど不自然ではなくなる。
タイミングはある程度制限されるが、同好会の打ち合わせを普通にクラスでもできることになるのだ。
「他に希望はいないなー?」
「ちょ、ちょっと待った、やっぱり、俺が学級委員に立候補します」
「ずるいぞ、それなら俺が……」
男子が二人、慌てたように学級委員に名乗り出ようとする。
その目的がなんであるかなど、考えるまでもない。
予想できた動きではあるが――とりあえず今発言した男子は今後付き合うことはないな、とブラックリスト入りさせる。
あまりにも分かりやすい下心は、明菜の最も嫌悪するものの一つだ。
「そういうのはホントにやめてください。迷惑です。そういう男子とは一緒にやりたくありません」
先の発言をした者の他にも、名乗り出るか迷っていた者もいたようだが――そのあたりがまとめて、先ほどの秋名以上に落ち込んでいた。
特に、最初の二人は絶望的な顔になっていた。
知ったことか。
「じゃあ、学級委員は秋名君と那月さんで決まりという事で」
担任が空気を読んだのか、強引にしめてくれた。
とりあえず決まって安堵する。
「明菜、頑張れー。……ん?」
友達の言葉に手を振って応じて――その時にクラス全員があれ、という感じになっているのに明菜も気付いた。
その後、各委員の説明と軽い自己紹介が行われたが、その間にクラスメイトの間では別の話が色々取り沙汰され――。
そして誰かが、黒板にでかでかと文字を書いた。
「紛らわしいこの二人の呼び方をクラスで統一しよう!」
さらにその下に、『アキナ ナツキ』『ナツキ アキナ』と続く。
そして、特に司会のいない会議が始まった。
会議というより、集会に近い。
こんなことで全員残るのだから、ある意味本当にまとまりのいいクラスだな、とある種
「今更明菜を『那月さん』とか呼ぶのは違和感あるよねぇ。でも明菜って呼ぶと秋名君と区別つかないっていうかなんか違う……」
「こっちとしても今まで通り呼ぶとしたら『秋名』になるけど、別に那月さんを呼ぶつもりなくてもそうなるしな……常に君付けもなんだしなぁ」
「本人たちは希望ある?」
当事者になってる以上、さすがに任せる、といって出ていくわけにはいかず、どうなるんだろう、と見守っていた。
ただ、もうどうでもいいや、と思っていたので話が振られるとはあまり思ってなくて、思わず二人、顔を見合わせてしまった。
「んー。私としては友達から普段『明菜』って呼ばれてるから、それが変わると違和感あるしなぁ。秋名君は?」
「希望はない。呼び方統一には賛成だけど。間違って反応したら、恥ずいから」
「そうだよねー。まあ結局、明菜がそのままがいいっていうなら、秋名君を『夏輝君』か『夏輝』って呼ぶしかないんじゃない? 明菜は男子はまあ『明菜さん』で」
まあそこが無難なところだろう。
男子全員から突然名前呼びされるのは戸惑いがないわけではないが、ちゃんと敬称を付ける方向になったのでそれほど嫌悪感はない。
何より、それなら自分も彼を『夏輝君』と呼ぶことができて、彼も名前で呼んでくれるというのは、なんとなく嬉しいと思えてしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「面白いよね、私たちの名前」
「まあ……そうそうないだろうからなぁ。苗字にも名前になる音って。しかもそれが組み合わさってるって」
地学準備室で夏輝と合流した明菜は、先の会議を思い出していた。
こんな形で名前で呼び合うようになる人は、そういない気がする。
「とりあえず……私も夏輝君、でいいのかな?」
「いいんじゃないかな。俺も……明菜さん、となるか」
「別に呼び捨てでもいいよ?」
この学校の男子で呼び捨てで自分を呼ぶ人は、当然だが一人もない。
そもそも今までは『那月さん』だけだ。
ただ、彼ならそう呼んでくれてもいい、と思える。
「いやいや、それはさすがにハードルが高い」
「高いかなぁ。名前呼びは確かに男女間だとハードル高いっていうけど、こうやって強制的に超えちゃったんだし、今更じゃない?」
「いや、なつ……明菜さん、いきなり俺を『夏輝』って呼べる?」
言われてから考える。
呼べなくもないが――どこか違和感がある。何より、自分のキャラクターにあってない気がするし、さすがに少し恥ずかしい。
「ん~。……あ、うん。確かにちょっと恥ずかしいね」
「でしょう」
夏輝が笑うのに合わせて、明菜も笑った。
やはり彼といると楽しい。
ひとしきり笑った後、とりあえず活動を、ということで少しだけ姿勢を正す。
「で、今日は何するの?」
「次の観測会の予定決めかな。な……明菜さん、家がここから近いなら、夜学校に来れる?」
「うん。自転車ですぐだし……って、夜?」
「そ。星は夜じゃないと見えないから。来週末くらいに、こと座流星群が極大化するんだ」
「流れ星が見れるの!?」
名前は聞いたことがあるが、実際に流星群を見たことはない。
そもそも流れ星だって見たことはない。
「うん。多分見れる。まあ一応、泊まり込みで申請も出してる。明菜さんが入ってくれたおかげで、それが可能になったんだ」
「そうなの?」
「会員三人以上いれば学校の泊まり込みは許可されるんだ。もちろん顧問同伴が条件だけど」
「星川先生?」
「うん。まあ星川先生はいつも宿直室で待機だけどね」
それは職務放棄といわないだろうか、と思うが問題がなければいいのだろうか。
「あと一人って佐藤君?」
「まあ名前だけだから、あいつが来ることはない……から。なので俺と二人だけってことになるけど……」
普通なら男子と二人だけで夜の学校となると、しり込みするところだろう。
ただ、どうしてか彼のことは信頼できる、と感じていた。
恩人だと思ってるからだろうか。
「いいよそれは。夏輝君のことは信用してるし」
「まあ何もしないと約束するけどさ」
「正面からちゃんとそういう人の方が、信用できるよ。取り繕わない分ね」
実際彼は、本当にまじめで、多分、というか絶対に何もしてこないだろう、という確信めいたものがある。
それに彼に下心がないのは分かっている。
この先もそうかはともかく――彼は少なくとも、『そういうこと』をする相手はきっちり選ぶ人だと思う。そして現状、自分はその対象にはなってない。
(なってたら……どうなんだろう?)
胸の奥が少しだけもやもやした。
ただ、この時はそれだけだった。
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