第4話-SideA 同好会室にて

「へ? 那月さんが天文同好会に?」


 秋名のその反応は、それをまるで考えていなかった、という様子だ。

 だがこちらとしては、天体観測ができるというなら入らない理由はない。


「うん。私元々星とか好きだもん。でも天文部とか地学部とかそういうのなかったから諦めていたんだけど、同好会があるとは知らなかったよ。会員募集してなかったの?」

「やってはいたけど……その、俺が直接声かけただけだから」


 それではさすがに知りようがない。

 去年はクラスが違ったし、そうでなくても彼は女子に声をかけてない気がする。


「校内の募集掲示板は?」

「さっきも言ったけど、あれは正式な部じゃないと使えないんだ」


 そういえばそうだった。

 だが、それならもう一つ手段があった筈だ。


「学校のSNSは? あっちはそんな制限ないでしょう?」


 学校専用のクローズドSNS。

 学校関連の連絡事項などは、主にこちらで共有される。

 申請すれば親も閲覧権限を付与されるので、いちいち親にプリントを提出しなくてもよくなるという利点があり、利用している人は多い。

 その中に、部活関連の機能もあって、そちらにも募集掲示板がある。物理的な掲示板ではないため、校内にある掲示板のような使用制限はなかったはずだ。


「あんまり大々的に募集するつもりなかったし……」

「結果実質秋名君一人だけってのは本末転倒じゃない?」

「……まあ、その、別に同好会でも困ってないからさ……」

「自分専用ってこと?」


 同好会でも確かに施設利用などはできる。

 実質自分一人でやりたかったという事だろうか。

 そこまで身勝手なタイプにも見えないが。


「い、いや。そういうわけじゃないけど」

「じゃあ、私が入るのはおっけー?」

「断る理由は……ないけど。でも、那月さんが入ると……部員増えそうだなぁ。目的外のが」


 う、とちょっと口ごもる。

 自分の影響力はこの一年でよくわかっている。

 部活に入ってないが、もし入っていたら、仲良くなりたいという下心を持つ男子生徒が片手の指くらいは出てきそうだ。

 だが、そんな下心見え見えの男子は、こちらから願い下げである。

 あんなことはもうこりごりだ。


「うーん。じゃあ、こっそり入るってことでダメ?」

「こっそり?」

「うん。部活じゃないから、活動記録を報告する義務ないよね。だから、こっそり」


 正式な部であれば、先のSNS上での部員名簿の公開義務や活動記録の報告義務がある。

 だが、予算配分のない同好会であればそれはない。

 このあたりは、ダンス部に所属している香澄から『普段の事務作業がめんどい』という嘆きを聞いたので詳しい。実際とても面倒そうだとは思ったものだが、同好会ならその制約はないはずだ。

 つまり、誰が所属しているかなどは、言わない限り外からでは絶対に分からない。

 そもそも存在していることを報告する義務すらないし、実際天文同好会の存在はSNS上にも記載がない。つまり、所属する会員や教員以外には、ほぼ存在は知られていない。

 あとは地学準備室に行くときに見られるのを気を付ければ、少なくとも露見することはないだろう。


「……そんなに星が好きなの?」

「好きだよ。子供の頃、星座の物語とかすごい好きだった。天体望遠鏡とかは……欲しいけどさすがに持ってないけどね」


 寝物語に祖父が色々聞かせてくれた話は今も覚えている。

 それに星の図鑑や写真集なども多くはないが持っている。特に星の写真は大好きで、いつか自分の目でも見てみたいと思っていた。

 しかし天体望遠鏡というのはとても高いだろうし、実際に調べてみると色々ハードルが高いと思っている。

 だから、経験者がいる同好会があるなら、それに乗らない手はない。


「わかったよ。それなら一応入会届を顧問の先生に出してもらう必要はあるから、HRホームルーム終わった後に、地学準備室まで来てもらっていい?」

「うん、わかった。じゃあまたあとでね」


 なぜかとてもワクワクしている。

 早くHRホームルームが終わってほしい、と心底思っていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 教室のある第二校舎から第三校舎へ。さらに階段を上って四階へ。

 そこからさらに渡り廊下を渡ると、特別棟の一階に入る。

 特別棟は学校背面の急斜面を一部削って建造されており、他の校舎よりかなり高い位置にある。

 そのため、特別棟の屋上というのは他の校舎――最大でも四階建て――よりさらに高い。というよりは、この周辺地域では一番高い場所だ。

 天体観測をするためには確かに絶好のロケーションだろう。


 その特別棟の二階の一番奥に、目指す地学準備室がある。

 秋名は先に教室を出ていたから、もう来ているだろう、と思って扉に手をかけると、やはり鍵は開いていた。

 取っ手に手をかけて、扉をずらす。


「失礼しまーす……」

「いらっしゃい、那月さん」


 中にいたのはもちろん秋名夏輝だ。

 椅子をすすめてくれたので、とりあえず座ると、プリントをテーブルにおいてくれた。


「これが入会届」

「ありがと」


 渡された紙を見る。

 すでに団体名には『天文同好会』というのが印字されている。

 あとはクラス、名前、住所、電話番号……それに、親の同意欄。

 

「あ。同好会でも親の署名捺印いるんだ……」

「うん、そのあたりの書式は部と同じだけど……」

「私の親、海外転勤中だからいないんだよね」

「え?」


 両親ともに現在はアメリカにいる。

 さすがに同意欄にサインをもらうのは無理だ。

 けど、一人暮らしは多くないとはいえ、いないわけでもなく、その場合はどうするのだろう、と思ってしまう。

 学校の他の書類だと、必要に応じてスキャン、出力、再スキャンしたものを送ってもらってさらに出力、とかいう手間がいるものもあるが、そこまでしなければならないのだとしたら、ちょっと面倒だ。


「だから今私、一人暮らしなの。この場合どうしたらいいの?」

「その場合、親からの同意を表すメッセージの画面とかがあればいいよ」

「あ、そうなんだ。よく知ってるね」


 すぐ返事があったのに驚いた。

 こう言うケースはそうそうないだろうから、確認する、と言われるかと思ったのだが。


「ああ、うん。俺がそうだったから」

「え?」


 同じ?


「俺の親も、転勤じゃないけど、ほとんど家にいないんだ。長いと半年とか」


 それは……育児放棄ネグレクトというやつではないのだろうか。

 海外や地方への転勤とかでもないのに、そういうことをする親というのは、明菜の知ってる範囲ではありえない気がする。


「……ネグレクト?」

「違う違う。俺の親、どっちも写真家なんだ。で、日本国内だったり海外を飛び回ってるんだよ。兄がいたんだけど、あっちは今は結構離れたところの大学に入って一人暮らし。だから、無駄に広い家に一人だけ」


 なるほど、と納得した。同時に大変失礼な判定をしてしまった彼の両親に、心の中で詫びる。

 確かに、転勤等ではなくても家にいられない仕事をする人は、普通にいるだろう。

 あまりあるケースではないが。


「うわ、私と一緒。私は海外転勤だけど、やっぱり無駄に家が広い」


 それにしても、まさか自分と似たような境遇の人が他にいるとは思わなかった。

 しかもそれが恩人ともいえる人だというから驚きだ。


「マンション?」

「うん」

「同じだ」


 名前が紛らわしくて、生活環境まで似ているとか、そんな偶然もあるものなんだ、と思うと笑いがこみあげてきた。

 どうやら彼も同じらしい。


「まあついでに言うと、俺は遠いけどね。那月さんは……あそこにいたってことは、学校近いの?」

「うん、歩いて……二十分かな。いつもは自転車で十分程度」

「それは羨ましい。俺は歩きと電車で合計一時間ちょっとだから」

「一時間!?」


 さすがに驚いた。

 この高校は学区のほぼ中心に近い位置にあって、最寄り駅からは歩いて五分程度。

 電車通学している生徒でも、普通に考えれば自宅から最寄り駅まで仮に三十分かかっても、一時間以上かかることはまずない。


「本音を言えば近くに安いアパートでも借りて一人暮らししたいところなんだけどね。さっきみたいな事情から、俺が家を出ると家に誰もいなくなっちゃうからさ。それで仕方なく」

「あー。なるほど。でもそれでも遠くない? というか学区外から?」

「うん。まあちょっと事情があって、学区外受験してる。まあこの学校の立地は気に入ってるから」

「立地?」

「周りに光源が少なくて、山の上。特にこの特別棟の屋上は理想的」

「ああ、なるほど……」


 特別棟に来るときも思ったが、やはり同様の見方は誰もがするようだ。

 ただ、それが理由ではないと感じた。

 そんな理由で他の学区の学校を探すなら、わざわざこの学校に来る必要はない。同じくらいのランクの他の学区の学校で、天文台が設置されているような学校だってあった筈だ。

 ただ、それに言及するのは、少なくとも現時点ではマナー違反だろう。


「話戻すけど、とりあえず両親の許可があれば問題ないから。顧問は英語の星川先生。あの人に出せば問題ないよ」

「ん。わかった。ところで普段はどういう活動してるの?」


 するととたんに、彼が困ったような顔になった。


「ごめん、ちょっと……考える。今まで一人だからそのあたり適当だったから」


 考えてみればこれまで一人で活動していたという事は、一人で好きなようにやっていた、という事だ。突然会員が増えたのだから、活動方針などを考えるのもこれからという事だろう。


「あー。そうか。そうよね。じゃあ……とりあえずメッセージアカウントだけ教えて?」

「そう、だね。わかった」


 誰もが使うメッセージアプリのアカウントさえ交換しておけば、いつでも連絡は容易にとれる。

 学校の掲示板を立ち上げてもいいが、その場合天文同好会の存在が公になるし、自分が属しているのが見えてしまうので都合が悪い。


 夏輝が提示した二次元コードを読み込んで、お互いにフレンド登録を済ませた。

 明菜のフレンドの数はかなり多い。女子ばかりではあるが。男性の登録はほとんどなく、同じ学校の男子では初めてになる。

 とりあえず、『天文同好会』というグループを作ってそこに収めた。

 実質彼専用のグループだが。


「次はいつ?」

「……考えておく。基本は観測計画立てたりとかだから……まあ、来週に」


 今日は木曜日。明日は金曜日だが入学式で在校生は休みだ。


「ん。わかった。またね、秋名君。入会届は月曜には出しておくから」

「ああ。じゃあ、さようなら」


 一応廊下に誰かいないかを見るが、当然誰もいない。

 そのまま来た道をもどって昇降口まで行く。

 来た時も思ったが、途中、人の気配が本当にない。

 特別棟はもちろん、第三校舎の三階より上も特別教室しかないので、授業で使われる場合を除いて、基本無人だ。三階にある音楽室がたまに部活で使われるくらいか。

 よほどのことがない限りは、地学準備室に行くのに気付かれることはないだろう。


「さて、次が楽しみだなーっ」


 準備室の片隅に白い円筒が見えたが、多分あれが彼の天体望遠鏡だろう。

 そのうちあれで星を見る機会もあるだろうから、楽しみだ。


 来週以降の予定を考えて、どこか浮き立つような気持ちで、明菜は家へ歩いて行った。

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