第7話 俺が“王子様”になったわけ(後編)

 都内、某所──


 そこは、都心のとは思えないくらいの綠に囲まれた場所だった。

 春先の心地よい気温もあいまって、まるで散歩かハイキングでもしているような気分になる。


「ていうか、ぜんぜん人がいないな……」


 正門から校舎の方へと続く長い道には生徒の姿がほんと見られなかった。

 この時間なら部活の朝練で校庭が賑わっていてもおかしくないと思うんだが……。


「そこのおまえ──」


 ふいに、男の声が聞こえたような気がした。

 見渡す限り周囲には誰もいない。

 気のせいかと思った矢先にまた同じ男の声がした。


「おまえだよおまえ。そこでキョロキョロしてるお・ま・え」


 声のした方に顔を向けると、木にしがみつく男がいた。


「おまえ、こんなところで何してんだ?」


 いや、何してんだはこっちのセリフだ。


「……とりあえず通報しとくか」

「待て待て待て! わかってる! 俺が怪しいのはよーくわかってるから! とりあえず説明をさせてくれ!」


 どうしようか。

 なんか必死だし聞くだけ聞いてみるか。


「じゃあ、聞こうか」

「うん。まあ簡潔に言うとだな……登ったはいいが降りられなくなったんだ」


 猫か。

 そうか。バカなんだなコイツ。


「登って気づいたが、オレは高いところが苦手だった」


 バカはさらにバカな発言を重ねた。


「ちなみにオレの家はタワマンの最上階なんだが、正直怖くて窓際には近づけないくらいには高所恐怖症だ」

「そうか。だいぶ生きづらそうだけど適当にがんばってくれ。それじゃ」

「待って待ってお願いします助けてください!」


 最初から素直にそう言えばいいのに。


 泣きわめく男を放置するのも寝覚めが悪そうだったので、助けてやることにした。

 そのへんから脚立を見つけてきて、怖くて震える男を介護するように木から下ろしてやった。

 猫でも助けてる気分だった。


「あー、怖かった。マジでありがとう友よ」


 助けてやったらいきなり友達認定されていた。

 お互い名前すら知らないのに。


「オレは暮戸くらしどリョウスケ。見ての通りのイケメンだ」

「俺は王子星彦。最初の自己紹介で自分のことイケメンとか言うヤツ初めて見たよ」

「だろ? 第一印象は大事だからな」


 大事ならもうちょっと考えろ。


「それで、なんで木になんて登ってたんだ?」

 

 理由を聞かない方がいいような気もしたが、他に話題もなかったので聞いてみた。

 願わくば俺にも理解できる話であってほしいもんだ。


「それはもちろんオレがイケメンだからさ」

「そうか。よくわからんけどどうでもいいわ。じゃあな」

「待って待って! もうちょっとだけ一緒にいて!」


 木の次は俺にしがみついてくる自称イケメン。

 この時すでに早い段階で見捨てなかったことをだいぶ後悔しはじめていた。


「一応付き合ってることになってる子が束縛が激しいっていうか、若干ストーカー気味なもんで逃げてたんだ」


 やっと俺にも理解できる話になってきた。


「要するに、その子から必死に隠れるために木に登ったはいいが、今度は降りられなくなったってわけか」

「うんうん!」


 やはりバカなのだろう。悪いヤツじゃなさそうだけど。


「しかし、なんでそんな子と付き合ったんだよ」

「“交際株”買い占められちゃったから仕方なく……」

「なんだそのコウサイカブって?」


 なんだか耳慣れない言葉が聞こえた。


「“交際株”は“交際株”だよ。……あれ? そういやおまえなんでこんなとこにいんの? 今の時間なら大抵の男子は大講堂に行ってるはず……」


 自称イケメンこと暮戸はそう言って首をかしげる。


「俺は今日が初日なんだ。ちょっと事情があって入学が遅れたんだよ」

「なーんだ。そういうことか。なら大講堂に行こうぜ。見た方が手っ取り早い」

「いや、でも先に職員室に行った方が……」

「いいからいいから。どーせ、先生たちだってこの時間は職員室になんかいないって」


 相変わらずよくわからんことだらけだが、学校に慣れたヤツの言うことだし、今は従っといた方がいいかもしれない。

 そう思って、俺は素直についていくことにした。


 *  *  *


「な、なんだこれ……!?」


 大講堂に一歩足を踏み入れた途端、むせかえるような熱気が襲ってきた。


 飛び交う怒声、奇怪な指のサインを駆使してのやりとり。

 そして誰もが巨大なモニターに映し出される数字を一心不乱に見つめていた。

 その数字は目まぐるしくうつりかわり、その度に悲鳴や歓声が上がる。


「みんな何やってるんだ……?」

「“株”の取り引きだよ」


 呆然と呟く俺に暮戸が答える。


「カブ? カブって、あの企業とかが発行するやつか?」

「そうだよ。ここじゃ“交際株”って言って、要するにまあその相手との交際する権利? みたいな?」

「なんだそりゃ。意味がわからん。ていうか、誰かと交際する権利を売り買いしてるのか」

「ここはそういう学校だからなー」

「そういう学校って……」


 そんなのですまされていいのか?


「付き合うってもっとお互いの意思が尊重されるべきじゃないのか」

「まあ、交際株はお金じゃ買えないからな。それに誰とも付き合う気がなけりゃ株を非公開にすればいいだけだし」

「金で買えない? じゃあどうやって取り引きするんだ」

「そりゃもちろん自分の交際株と交換するんだよ」


 暮戸が言うには、こうだ。

 この学校に入学すると自動的に自身の交際株が発行される。

 交際相手がほしいヤツはそれを学校が運営するネット上の取引所に公開することで学校内で広く募集をかけるのだそうだ。

 そして、交際を申し込んできた相手とお互いの株を交換することで晴れて交際関係が成立するというわけだ。


「まるでマッチングアプリだな」

「そうとも言う」

「でも、それだったらこんな風に大がかりな取り引きは起きないんじゃないのか?」

「まあ、大抵のやつは同時に複数の相手と“お付き合い”するからな。そういう時は株を分割して増やす。そうやって出回る株が増えれば取り引きなんかも生まれるってわけだ」

「なるほどな……。だけどどうしてそこまでして学校が交際を推奨するんだ?」

「だからそういう学校なんだって。みんなそれが目的で入学してくるし。だから“婚活学園”とか呼ばれてるんだろ」

「婚活学園……? いや、初耳なんだが」

「は? んじゃおまえどうしてここに──」


 その時、暮戸の言葉を遮るように歓声とどよめきが起こった。


「“姫”だ!」


 誰かが声をあげた。

 姫? 姫ってなんだろうと、大講堂に集まった連中の視線を追う。

 オペラ座の貴賓席のような高い場所に、が姿を見せたところだった。


「あそこにいるのは?」

「うちの学園の“姫”たちだよ」

「姫?」

「この学園に通ってるのは資産家や大企業の経営者、有名人の子供とかそんなやつばかりだ。その中でも別格な七人の女子がいて、その子たちは通称“姫”って呼ばれてるんだよ」


 要するに、あそこにいる女子はとんでもない金持ちってわけか。

 確かになんかオーラからして違う気がする。

 なにせこの時代の日本で“縦巻きロール”なんてしてるくらいだ。

 俺とは住む世界が違う。


「え……」


 その時、件の縦巻きロールと目があった気がした。

 いや、気のせいじゃない。

 俺を見て笑った。

 そしてこう言ったのだ。


「ようやく会えたわね王子星彦。わたくしの“王子様”──」

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