第5話 俺が“王子様”になったわけ(前編)

 二〇二三年三月某日──


 俺、王子星彦はおそらく人生で最悪の挫折を味わっていた。


 高 校 受 験 失 敗。


 中学三年間の成績はそれなりに良い方をキープしていた。

 部活はやっていなかったがクラス委員と図書委員を務め、教師からの評価も悪くない。

 推薦の枠は惜しくも逃してしまったが、普通に受験をすれば第一志望は確実だったはずだ。

 それなのに……落ちた。

 正確には落ちたというより受験すらできなかったわけだが……。

 原因は俺が入試の前日に時季外れのおたふく風邪にかかってしまったからだ。

 パンパンにふくらんだ顔で自室の天井を見上げながら、この世の不条理さと人生の悲哀について深く考え、泣いた。


「で、どうするんだ? 高校」


 一週間弱寝込んで、ようやく起きてメシが食えるくらいになった息子に、親父はいきなり現実を突きつけてきた。


「私立校ならまだ再募集を受け付けてるところもあるんだろう?」

「いや、でも、私立なんて金かかるし……」


 実のところ、俺も布団の中で今から行ける高校を探してみた。

 今から願書を出して間に合うところで、俺の学力にあったところというとめちゃめちゃ遠い八王子市のさらに西にある高校くらいしかなかった。

 寮は埋まっているらしいし、さすがに片道三時間かけて通う気にはなれない。

 学力を考慮しなければ、逆にやたら近い高校もあったが、こっちは地元でも有名なヤンキー校だ。

 俺なんかが入学したらパシリ人生まっしぐらに決まっている。

 あともう一つは、多数の芸能人が通っていることで有名な某高校だが、そっちはそっちで俺なんか場違い過ぎて神経が耐えられそうにない。

 様々なシミュレーションを経て俺の脳裏に浮かんだ選択肢は──“高校浪人”だった。

 そのことを親父に伝えると、


「浪人かあ……あまりおすすめはしないぞ。十五歳の一年ってのは大きいからな」

「ですよねー……」


 そんなわけで、とりあえず俺は芸能人ばかりが通う某高校に願書を提出した。

 ところが、そこで一つ問題が判明した。

 再募集の要項には受験生の『一芸』という項目があったのだ。

 この『一芸』っていうのは要するに芸能活動のことを言うらしく、そもそもこの再募集枠というのがすでに芸能活動で忙しくあまり学校に通えていない受験生のための救済のためのものだった。

 俺の内申書の成績で落とされることはほぼないだろうが、この『一芸』の部分が空欄なのはどうにも不安があった。

 すると親父からこんな提案があった。


「うちのチャンネルに出れば?」


 家電量販店『カメラのオウジ』がこの春に開設予定のNowtubeチャンネルに出ることで、一応はタレント活動をしているという体裁を保とうというわけだ。

 結局、背に腹は代えられないということで俺はチャンネルへの出演を承諾した。


 そしてこれが、すべて親父の罠だったのだ。


「なんなんだよこの衣装は!?」


 記念すべき(?)チャンネルの初収録で俺にあてがわれたのはヒラヒラのキラキラなまるで絵本の中の王子様のような衣装だった。


「『カメラの』だから《《王子様》。絶対ウケるでしょ」

「安直すぎる!」


 変に自信満々な親父に俺は思いきりツッコんだ。


「いえ、社長の考えは悪くないかと……」


 その時、ひとりの従業員が眼鏡をキラーンとさせながら口を挟む。


「今やNowtubeは玉石混淆の時代です。素人のみならず芸能人までが続々とチャンネルを解説していく中で、企業チャンネルというある意味“お堅い”存在にこそ奇抜とも言える“個性”が必要なのです」


 眼鏡の似合う彼女は『カメラのオウジ』の従業員で、このNowtubeチャンネルの担当者である和久井恵さんだった。


「いや、だからってこの衣装は……」

「大変よくお似合いですよ」


 そんな彼女の笑顔に、俺はそれ以上文句が言えなくなる。

 普段はクールな和久井さんだからこそ、ふと見せる素の顔は破壊力が段違いだった。

 若い男性従業員のほとんどが和久井さんに密かな想いを寄せているというのも、あながち噂とは言いきれない。

 だって俺自身がその一人だし。

 何より俺は眼鏡の美人に弱い。


 そんなわけで、憧れの和久井さんにまんまとのせられた俺は結局、例の衣装を着てカメラの前に立ったのだ。

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