母、香水、私。

立談百景

私になりたい、私になりたい。

母さんの香水がまた変わってる。わかるよ、あなたが好きではないから。


この頭痛、あなたのせいだと思ってる。ロキソニンならさっき飲んだし。


安い店、安い時間に詳しくて。千円札が手料理の母。


あなたとの別れは惜しくないけれど、副流煙は肺腑に残るわ。




洗濯機を回してから眠りたい。柔軟剤の詰め替えが敵。


布団のシミの位置を憶えて来週に洗う言い訳を残す。


満員の座席で肩を貸している。必ず返せよ、私の尊厳。


健康と引き換えにして得た時給。カートンで買う野菜生活。




次に会う夜はまだ決まってないけれど冬の服を買って帰るよ。


消臭剤を切らしたトイレで左手の薬指をうすく見つめる。


同じ月を見てるわけじゃないんだよ。空気の塵さえ 憎い距離感。


愛に生きると決めてみたこともある。動けなかった。もってないから。




切れたくちびる、血の味がして、コーヒーを飲んで自分の怠惰をごまかす。


インソールの劣化を勲章にして開く転職サイトに目が滑る夜。


キャンメイク、年に合わないコスメなの? 私の代わりの企業の努力。


白線をはみ出さないで歩いても、誰かが引っ張る、無邪気に笑って。




歌謡曲の信用のない「大丈夫」さえも涙腺を撫でていく。


自らの所業であなたの遺伝子を感じてしまい、足を取られる。


いつまでも家族に引きずられて生きる。私になりたい、私になりたい。


離れても、においとともに思い出す。母が香水瓶を投げた日。

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母、香水、私。 立談百景 @Tachibanashi_100

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