第6話
ユメヤのいつもの小座敷に、一同が集まっていた。
窓っぺりには冬一郎、その足元に差し向かうように誠兵衛。冬一郎の横には鈴がぺたんと座っている。膳をはさんで下手の方には、セイ、以蔵、奈津が座っていた。
「結局、葵の旦那はすべてお見通しだったってことですな?」
セイが口火を切ると、誠兵衛は首をかしげて、
「そりゃあどうだろうなぁ。向こうは向こうで『幸福の実り』関係の事件を追っかけてただけってことだろう? それがたまたま、あの晩に重なっちまったって所じゃねえのか?」
「にしちゃあ、タイミングがよすぎらあ」
ぷかりとタバコを吹かして、冬一郎がアサッテの方を見ながらつぶやいた。鈴はその横顔を心配そうに見ると、黙ったまま顔を伏せる。
「奴は俺達が来るのをわかっていて、それを利用しやがったんだ」
「先生、そりゃねえですよ。俺達の計画なんて、葵の旦那が知ってるわけねえじゃねえですか」
「そうでもねえさ。裏切り者がいるんだから」
言いながら、冬一郎はじろりと鈴をにらむ。
鈴はますます肩をすくめて、小さくなっていた。
それを見て誠兵衛やセイ、以蔵がビックリしていると、奈津が小さな声をだした。
「鈴姉さんの気持ち、私よくわかります。先生、どうか姉さんを責めないであげてください。先生の身を案じてのことなんですから」
それで一同、合点がいった。
冬一郎の身を案じた鈴が、葵にすべてを打ち明けたのであろう。
鈴の様子からもそれが知れる。
「まあ、結果オーライでいいじゃないですか。さ、皆さん今日はメイッパイ飲みましょうや」
沈んだ雰囲気を和らげようと、セイが大きな声を出した。
以蔵と奈津が、みなに酒をついで回る。
「俺が、門倉のご隠居に頭下げに言った甲斐がねえじゃねえか」
ぼやきながら、しばらくは面白くなさそうにしていた冬一郎も、もとより根っからの酒好きである。盃を三つも干すころには、綺麗さっぱり機嫌をよくしてしまった。
みなが騒ぐ中、鈴と目が合った冬一郎は。
やさしい、やさしい、愛しくてたまらないと言うかのような微笑を返す。
それを受けた鈴の顔は、花が咲いたように輝きだした。
いそいそと働き始めた鈴を見て、セイが嬉しそうにはしゃぐ。
「よかった。やっと鈴姉さんが元気になった。姉さんはやっぱり笑ってなさる方がいいですな。別嬪がより引き立つ」
それを聞いた誠兵衛が、
「おやおや? なんだ? セイも鈴にホの字かい。そりゃいいや。鈴よぉ、そんな呑んだくれの甲斐性無しは見限って、この際セイに乗り換えたらどうだ? こいつも呑んだくれだが、冬一郎のヤロウよりはよく働くぜ?」
言われた鈴がやさしく目を細めると、セイは真っ赤になって手を振る。
「よしてくださいよ門倉の旦那。からかいっこナシにしましょうや」
「ははは、見ろよ。セイが照れてやがる」
すると笑っていた奈津が、ふと思い出したように、
「そういえば先生。あのバカ息子にタンカをお切りになった時、男と女なんて貝合わせや神経衰弱じゃない。いい男なら、いろんな女が惚れてあたり前っておっしゃってましたね?」
何が言いたいんだ? といった面持ちで冬一郎がうなずくと、奈津はにっこり笑って後を続けた。
「鈴姉さんがセイさんに乗り換えるなら、あちはこの際、先生に乗り換えようかしら。このひと、いつまでたってもハッキリしないから」
奈津は目を丸くしている以蔵に向かって、意地悪に笑う。
「おう! そりゃあいいや。奈津ちゃん、俺の方なら構わないぜ? いつでも貰って……イテっ! 痛えな鈴、このバカ。少しは加減しろっ!」
調子に乗ってだらしなく目じりを下げ、大声を上げて奈津に近寄りかけた冬一郎は、尻っぺたを鈴に思いっきりつねり上げられて悲鳴をあげて逃げ出した。
それに皆、大笑いしながら、次々と盃を干してゆく。
宴は、なかなか終わりそうもなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます