少女パロラ

「パロラーっ!」

 くるりと声のほうを振り返るひとりの少女。

 実に特徴的な容姿をしている。

 反り返ったくせ毛が、放射状に逆立っていて

 獅子王のたてがみか、はたまたひまわりか。

 褐色の大きな瞳は垂れぎみで

 何やら笑っているようにも見える。

 ただむしろそれは彼女の財産と呼べた。

 むきたての果実を思わせるみずみずしい頬。

 真っ白な歯、小さくまとまった鼻。

 彼女を形成する要素の全てが愛らしい。

 実に人なつっこい印象を与えてくれる。

 「ああ、また遅刻だね、君はっ!」

 生真面目な口調で級友をあしらったその声もいい。

 小動物の鳴き声に似て細く愛らしい。

 名を呼んだ級友リフェルも声が高い。

 「ああ、ごめん。ちょいと先生に絞られてさ。

 いつも待たせて済みやせん」

 こちらの少女は少々口が悪い。

 下町風情な口の利き方しか知らない。

 陽気だがお世辞にも風紀委員には向いていない。

 髪を無造作に後ろで結えていて

 日に焼けた肌が健康そうだ。

 パロラが人懐っこい笑みを浮かべる。

 「さて今日は――」

 そうして彼女らが向かう所はやはり菓子屋。

 早速に菓子をむさぼる。

 自然にえくぼも浮かぶ。

 「ああ、おいしい!」

 制服姿のままだけならまだしもそれのみにとどまらない。

 歩きながら指についた菓子をなめる。

 その上、ひとつ食べれば次はあれを食う。

 一体、そのように食べて胃袋も持つのだろうか。

 他人には不思議でならない。

 が当の本人達はいっこう気にしないらしい。

 とどめがすごい。

 飲料水を豪傑のようにのども鳴らして飲み干す。

 果たしてこれが今時の花も恥らう嫁入り前の乙女か。

 昔ふぜいの人なら、なげかずにはおれないだろう。

 さて血に飢えた猛獣が肉も貪るように菓子も平らげ終え

 二人は街角の小さな公園にある長椅子に腰を掛けた。

 そこからは訳の分からない事をしゃべって笑っている。

 でもそれは若い女の子の性質の一つだろう。

 ただ会話が盛り上がろうという時に気になる事があった。

 何やら遠くない場所から聞こえてくるものがある。

 時折にすごんだような声がしてくるのである。

 縄張り争いの猫ならまだうるさいだけだが人間の声だ。

 「何かしら?」

 気になって声の方を見やったが

 公園の遊具の影に邪魔され分からない。

 ふいにリフェルが声の方へ走った。

 そうかと思いきや、すぐさまに報告が入った。

 「パロラ、ケンカだよっ!!」

 すかさずパロラも声の方へ駆け出した。

 見れば――。

 公園の林の陰に二、三人の男子生徒達がいる。

 いかにも小悪党な感じがする。

 誰かを囲んでいた。

 見た事もないほどに見事な朱の髪の子だ。

 男子生徒の一人がにやっと笑って言った。

 「なあ、いい思いをさせてやるからよ」

 朱の髪の子はあまりにも可憐で美しい。

 ばかりかその衣服もふとももはあらわだ。

 パーカーからのぞく鎖骨も色めかしい。

 いかにも男子が好みそうな姿だ。

 頭にはリボンのようなものをしている。

 はちまきにも見えた。

 そんな事はどうでもいい。

 早くケンカを止めなければあの子はどうなるか。

 たちまち男子生徒たちになぶられる。

 だが次の瞬間―。

 朱の髪がざざと逆立った。

 褐色の瞳に野獣の光が宿ると子は猛獣となった。

 胸ぐらをつかんでいた生徒の顔に爪を立てた。

 肉もそげるほどに力の限り、しかも痛々しく。

 「ぎゃあっ!!」

 男子生徒は顔をおさえてひるんだ。

 パロラ達はその野蛮さにあきれた。

 たが野獣の子は手を休めない。

 体を反らしてはひるんだ生徒を蹴り放った。

 それからはもうほとんどやすむ間もなかった。

 朱の髪の子はポケットから銀貨を取り出しそれを握った。

 そして驚いている連中の顔をなぐった。

 電光石火だ。

 「ああっ!!」

 二つめの悶絶の声が響いた。

 残された生徒はもうおびえている。

 どう見ても弱そうなのは朱色の子なのだが。

 見ていたパロラ達は言葉もなかった。

 何というどう猛な生物だろうか。

 そうかと思っていると、その子がパロラのほうを見た。

 目が合ったもののパロラはあまり恐くはない。

 どう見ても可憐で可愛くて仕方がない。

 リフェルは念のため、パロラの後ろにかくれた。

 パロラはくすくすと笑った。

 「いやあ、驚いたねえ」

 朱の髪の子はぽかんとした。

 こちらに敵意がないのが分かったらしい。

 笑われているのが不思議そうだった。

 「しかしこんな乱暴なやり口は初めてねえ」

 パロラはただ人なつっこく白い歯を見せる。

 「見慣れない子ね。ニューロの子じゃないね。

 あのさ、一応聞くけど君って女の子?」

 朱の髪の子が言い放った。

 「僕は男の子です」

 パロラは驚いた。どう見ても可憐な女の子に見える。

 「あっ、ああ。ごめんごめん」

 パロラは謝りながらも苦笑を浮かべた。

 「うちの生徒じゃないね?」

 「うちの生徒?」

 もう朱の髪の少年はまるで大人しい。

 見れば見るほどに中性的で官能的だった。

 パロラはとても不思議な気持ちだった。

 新生物を発見したかのような気持ちだろう。

 ただ可愛いので愛情は与えたくなった。

 「三人相手にケンカなんかしちゃダメよ」

 しばし無言となり、ただ視線での交差が続いた。

 やがて落ち着いてきたのか、朱の髪の少年は背を向けた。

 そして逃げるように走り去ってしまった。

 パロラは苦笑した。

 「悪い事言っちゃったかな」

 そしてとりわけ短い制服のすそを指先で払った。

 さすがはパロラ。

 リフェルは彼女の腕を握ってひたすら感心している。

 リフェルがこのひまわり娘に隠れたのは理由がある。

 さっきの子でもこのパロラには絶対に勝てない。

 それが分かっているからだ。

 このパロラ、見た目はきゃしゃだが負けた事がない。

 街一番の悪童を三度撃退している。

 八人の悪童に囲まれても傷一つ負わなかったという

 並ならぬ武勇伝も持っている。

 彼女の余裕はこの武勇から来ているのだ。

 パロラはうずくまる悪童達に声をかけてやった。

 「大丈夫?」

 情けない事に悪童達は泣いていた。

 「ほらほら、もう泣かない!」

 悪童達は泣きやんだが、視線を合わせない。

 パロラはきっと少年達をねめつけた。

 そしてしなやかな腰に手を当てた。

 「最近、この辺でよからぬ事が起きてるそうじゃない。

 まさかあんたらじゃないでしょうね?」

 悪童達は違うともそうとも言わない。

 どう見ても否定出来ない有り様だ。

 それでパロラもわかった。

 「やれやれ。『窮鼠、猫を噛む』と言うでしょう。

 これにこりたら二度とこんな悪さをしない事ね」

 少年の一人が困りきった表情で助けを求めた。

 「でもサーターさんに上納金を納めないと」

 サーターと聞いてパロラは大いに笑った。

 「あははは、あんな奴を怯えてるの?

 もしかしてあんた等、あいつの手下だね。

 よしな、よしな。普通の子に戻ったほうがいいよ」

 悪童達はひどくおびえている。

 「で、でも」

 「いい?これまであいつは三回も私に挑んだわ。

 でも全部返り討ちよ。

 どうしても抜け出すのが恐いなら私に言いなよ。

 それよりもあの子、きっと引っ越してきた口だよ。

 たぶんグーリコ党の手引きで来た口ね。

 頭に白鳥の印が入ったはちまちをしてたわ。

 グーリコ党の子供とはあたしもまだやってない。

 都会っ子なんかじゃ太刀打ち出来ないかも知れない。

 親がサールドだったとかいう子は本当に恐いしね。

 サーターも威張ってなんかいられるもんか。

 ううん、一番恐いのはアガシの連中。

 あいつらが来たらこの街もぐちゃぐちゃになるわ。

 そんなやわじゃあ、生きていけないよ」

 言いながらもパロラはふと思った。

 それはまさに自分にも当てはまる。

 義賊グーリコは貧しい者の味方だ。

 腐った役人どもを責め立ててくれる連中だ。

 出来るなら自分も参加したいとすら思う。

 かわってアガシを思うとぞっとする。

 アガシの反乱はまだまだ遠くの話だ。

 が進撃してきたら戦い切れる自信はない。

 間違いなく虫けらのように殺される。

 最もその前にニューロから逃げるのみだ。

 このように世が乱れると確かにやわではだめだ。

 たとえ自分が女の子だろうと。

 泣いてばかりいちゃいいようにされる。

 身も心も野獣の下僕に成り下がる。

 ふいにぎゅっと級友がパロラの腕を強く握った。

 リフェルはまだ怯えていた。

 「そうとも。女だってやわじゃ生きていけないよ?」

 パロラはそっとリフェルの手を握り返した。

 そして気丈な笑みを浮かべてはきらと瞳も輝かせた。

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