紅蓮の旗

アガシの乱が本格的になる早春の頃――。

 陽光は日ごとにその輝きを増していた。

 土中に眠った草木達も、新生の息吹に目覚める。

 一斉に芽を吹いては再びはじまる躍動の季節を祝福していた。

 空はどこまでも青く澄み渡っている。

 風も未だ穏かにして木々たちのざわめきもなく。

 また天高くさえずる鳥達の声も楽しげ。

 深く蛇行する渓谷では青くきらめく美しい川。

 きらきらと水面から無数の光を解き放たれなお美しい。

 光彩の美だけではない。

 心地良い川音もまた耳を洗う。

 その中をぞろぞろと行進する人間の群れがある。

 無数の旗を持ち、細長い蛇行を作りながら。

 若草を踏み分けるその男達の顔また顔。

 いずれも上気しては凛々しい。

 紅潮した頬。口にするその歌は実に力強い。

 それはかつてこの民族の誇り。

 栄光と共にあった時代を思い起こさせた。

 ラマフェロナの住むラルフェモよりはるか西――。

 メクドベルという小さな町で反乱が起きた。

 この集団は名をグーリコ党と言う。

 事の発端は二度目の西部大地震であった。

 凍てつくような真冬のさなか。

 大地は生き物の背のようにうねった。

 家々はみな壊れ、山は崩れ、道は割れた。

 死傷者数十万。倒壊した家屋は数百万にものぼる。

 大災害であった。

 白雪も窓の外ならば風情もあろう。

 だが雨風をしのげる家屋も壊れてしまった。

 寒空に放り出されたおびただしい人々。

 ただ無情に降り注ぐ雪がうらめしかった。

 地方役人をはじめ政府の高官達の対応はいい加減だった。

 何という体たらくであろうか。

 もともとは福祉社会主義の国家。

 彼らが枕を高くして眠れるのも人々のおかげ。

 加えては非常時だ。

 なのに被災者達の飢えも寒さも知ろうとしない。

 のうのうと報道機関から流れてくる情報を聞き流していた。

 他人事のように役所仕事をしていた。

 救助隊はどこも人手不足で物資はまるでない。

 これでは助かる命も助からない。

 おびただしい命が冬天の下に凍え死んでいった。

 これら度重なる役人どもの対応に人々は怒った。

 業を煮やした人々が役所に殺到した。

 そしてついにグーリコという一人の老人がやってしまった。

 手持ちのサーベルで役人を斬り捨てた。

 これがグーリコ党の起こりであった。

 彼らは解放者と呼ばれ、アガシとは全く違っていた。

 グーリコは使者を立て地方の役人を説いた。

 あくまでもその協力を得ようとつとめた。

 また一方で不正や汚職にまみれた役人を許さなかった。

 中央政府の役人だろうが、ずる賢い役人ははじき出した。

 実はグーリコ・ブリュセイルという男はただの老人ではない。

 亡きて十有年を経た今もなお民の心を掴む人がいる。

 絶世にして薄幸の美女。悲劇に散った皇后がいた。

 その名はオペ。まじめで優しく人々から憧れられていた。

 グーリコは彼女に仕えた歴戦のサールドだった。

 歳は七十過ぎ。

 高齢だが健康でまだまだ力強く心意気も高い。

 涙もろいがだまされるほど愚かではない。

 熊のような体格に深い堀の顔立ち。

 細く優しげな目をしている。

 口元の真っ白なひげのせいで、やさしげな老人にも見える。

 グーリコは行く先々に仲間を集め、檄文を配布して回った。

 「平和と平等、貧困もなく精神の美しい惑星。

 青く美しいデルトゥスを、オペ様のもとに取り戻そう」

 つたない文だったが、オペ派復権は人々の希望そのもの。

 議会を牛耳るエドワーの粛清の後はひどいありさまだった。

 彼らが中央政府にのさばってからろくな事が起こらない。

 東部の疫病。西部の大地震。貧困。数え上げればきりも無い。

 人心はすさみ、犯罪は多発していた。

 ラマフェロナの父も、よく帰って来るとこぼした。

 「嫌な世になったものだ」

 ラマフェロナには世が汚く見えた。

 ただ心はひねくれていなかった。

 ある日、ラマフェロナの家に一通の手紙が届けられた。

 小さな白い封筒に紋章が記されている。

 オペ派の象徴である白鳥の紋章だった。

 ラマフェロナの父は興奮して手紙に目を通した。

 「見ろ、グーリコ党への参加を呼びかけているぞ。

 グーリコはオペ様につかえたサールドらしい。信頼出来そうだ」

 母が不安そうに聞いた。

 「グーリコ党に参加するの?」

 「ああ、もちろんそのつもりだ」

 慌てて母が聞いた。

 「参加するって簡単に言うけど工場をやめるつもり?

 だとしたらこの公団住宅も追い出されてしまうじゃない?」

 「大丈夫だ。グーリコ党はな、切符がいいんだ。

 参加者の家も仕事も全部面倒を見てくれるんだ。

 給料だって今よりずっといいぞ」

 母は驚き半分、疑い半分という感じだ。

 「アガシとは違うの?」

 「違うとも。ほら見ろ」

 そこにはこう記してある。

 「ニューロの工場を斡旋し、新居も用意する」

 「そんな都合のいい話があるかしら」

 そうはいいながらも、母とて全く気を惹かれないわけでもない。

 出来るなら今よりも良い職場で働いて貰いたい。

 その気持ちはずっと前からあった。

 今そういった話が突然に降って沸くと信じたくはある。

 「でも、ラマフェロナは友達と別れないといけないな」

 ふと父はラマフェロナに目をやると寂しげに言った。

 「う、うん……」

 話を聞きながら――、改めてラマフェロナもそれに気づいた。

 仲良しのライツやマライアと離れ離れになるかも知れない。

 それもあるし、住み慣れたラルフェモの山々から離れるのも辛い。

 三人はすっかり黙りこくった。

 さてどうしたものかと祖母に視線を投げた。

 祖母は全くいつもと同じだった。

 目を細めては相づちも打たず、にこにこと微笑むばかりだった。

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