東部の野獣

ラマフェロナの住むラルフェモからはるか東。

 そこは惑星デルトゥスの中枢。

 帝都の名で知られる首都デルチアがあった。

 その帝都よりさらに東――。

 マバル人と呼ばれる人たちが反乱を起こした。

 センゴという町には無数の黒煙があがった。

 今の世はおかしいと思う事があまりに多い。

 それはわずか十三歳のラマフェロナの思いだったが

 時にその研ぎ澄まされた感覚が運命を言い当てる事がある。

 前兆は昨年の秋の事になるが

 オゲルパイアと恐れられる疫病が大流行した。

 日中、道を行く人々の顔は死人のように青白く

 激しいせきのせいで喉まで切れる。

 血をしたたらせる者達もいれば

 うずくまる姿もあちこちに見られた。

 衛生管理が行き届いていても空気感染は恐い。

 病院の治療が患者の増大に追いつけなくなり

 まもなく病院から患者があふれ出すほどになった。

 そして冬が来た。

 病院に入りきらない患者達が

 長い列を作るようになると

 寒風の中路上で治療を待つ者であふれかえった。

 ただでさえ衰弱した体だというのに寒さもあって

 治療を受ける前に死に絶える者が出たり

 凍傷にかかる者もいた。

 金持ちは皆、疫病を恐れて次々に街を後にした。

 店という店は閉業だ。

 にぎやかだった町並みも今ではすっかりさびれ

 ただ貧しい人々だけが取り残された。

 それなのに地方役人は何もしない。

 人々はかねてからの不満もあって濁り始めた。

 混乱に乗じて火事場泥棒が現れ

 病で帰らぬ人となった空家が襲われるようになった。

 人が死んだと聞けば飢えた狼のように

 盗賊が出て政府が財産を押さえに来る前に

 金品から電化製品、家具に至るまで根こそぎ奪った。

 そしてついに盗賊をたばねる頭領が現れる。

 賊は世の腐敗を叫んだ。

 その男、アガシ・ランデス――。

 欲望と野心の塊のようなそれであった。

 年は四十歳半ば。

 精力にあふれた頑強な肉体。

 他人を威嚇するに充分な顔つき。

 ぎょろりとした大きな目をしていた。

 男はすさまじい声で叫んだ。

 「お前ら、いつまでマケルタ人のいいなりなのだ!

 いや、マケルタ人ならまだいい。

 お前らはフレアのために一生を費やしている!」

 この男の声は野太く、そして遠くまでよく通った。

 かねてより貧しい日々を過ごすマバル人は

 いっせいに立ち上がった。

 世の中誰もが一つや二つの不満を持つものである。

 反乱を起こすともなれば並の勇気ではない。

 だが同時に誰もが思っている事がある。

 このままずっと貧しい暮らしをするのは嫌だ。

 ただ一線を超えるかどうか。

 世の中が間違っているなら変えようと思うか。

 並大抵の人にはそんな気力はない。

 だがアガシ・ランデスはそれを持っていた。

 そして人々を導く力も持っていた。

 アガシの燃えたぎる野望の熱さに共感して

 陸続と人々が集いはじめた。

 アガシ・ランデス――。

 あごに悪党そのものの虎ひげが生えている。

 憎々しく犬歯をむき出しにして彼は吼える。

 その野望もままに野獣のように。

 「思い出しても見ろ。この惑星に横たわる理想を!」

 誰か憤りにみちた若い声が尋ねた。

 「精神衛生主義国家体制の事か?」

 「そうだーっ!」

 派手な身振りもままに、全身を怒りに震わせて叫んだ。

 「そうとも!!『精神衛生主義国家体制』の事だ!

 ケチな金持ちがのさばらない為の制度のはずだ。違うか?」

 若い群集が返す。

 「おお、そうだ。そのはずだ!」

 「そう言って金持ちの金稼ぎを禁止した事はいいだろう。

 俺たちの収入は労働だけでなくなった。

 社会貢献すればカネ持ちになれるすばらしい制度だった。

 だが!!」

 アガシはぎろりと彼方に見える帝都中央監視塔をねめつけた。

 そして猛虎もたじろぐほどの咆哮を放った。

 「いいものを食えるのは心が美しいからかっ?!

 あいにく俺たちにはそんなものは持ち合わせていない!

 ゆえに不味い飯を食えというのか。

 社会貢献を数える審判員は汚職にまみれて不平等になった。

 いかさまもいい所だ。

 今の俺たちは食べる物にすらありつけない。

 ならやつらの嘘を暴くのが筋だ。

 高い所から見下ろす連中を責めて何が悪いっ!」

 群衆はますます怒って怒鳴った。

 「フレアとつるんで汚職の限りをつくす役人などぶっ潰せ!」

 「そうだ!」

 「エドワー政権などぶっ潰せ!」

 あちこちより怒りの声があがった。

 皆、貧しさに疲れ切っていた。

 路上の大窓に並ぶ高級品を見てため息を漏らしていた。

 アガシはこのいびつな社会にいらいらして行動を開始した。

 同じ苦しみを分かり合う人々の心をつかむには充分だった。

 こうして――。

 灰色の空の下、人間は野獣の群れとなった。

 欲望もまま、奪ったり破壊を繰り広げていった。

 警察の機能をはたす治安員は彼らを止められなかった。

 治安員の携帯するものはサーベルしかない。

 三百年前の大戦争終結の後、一切の兵器を放棄したからだ。

 ただしサールドという制度があった。

 国家認定の剣士でありサーベルを持つ者を意味する。

 アガシの怒りが群衆を駆り立てた時、サールドは対応出来なかった。

 権力者エドワーが昔かなりのサールドを殺したからである。

 暴動は激しさを増していった。

 それは弱肉強食――。

 ただ強い者だけが勝利者である。

 欲しいものは略奪によって得る。

 憎むべき者はあらん限りの怒りをもって殺した。

 アガシは叫ぶ。

 「たとえば、いいか?

 俺たちを暴力支配だという奴らがいる。

 だが考えても見ろ。

 金や権力、地位を手に入れた者はどうだ?

 ただ欲しいものを力で奪うのと何が違うのだ!?

 前者が文明的で合法的だからいいといえるのか?

 いいや、違う。それはずるい連中の言い訳だ。

 合法的に略奪が行えるようにずるをしているだけだ!

 あいつらは俺たちを人間とは思っていない。

 毎日、働きに出かける労働者を高い所から眺めて言うのだ。

 ああ、まるで働き蟻のようだ、とな。

 もうこんな複雑な世の中の仕組みなどまっぴらごめんだ!

 だから俺たちは俺たちのやりたいようにやればいい!!」

 生きとし生ける全ての力を震わせてアガシは叫ぶ。

 彼は生来の野獣だった。

 彼の行く先にはさらなる地獄絵図のみが繰り広げられた。

 真面目に働いていた者達は財産を奪われた。

 恋人は引きさかれはずかしめを受けた。

 老人達は殺された。

 子供達は奴隷のようにこき使われた。

 センゴの町から起こったアガシの反乱。

 最初は数五百人程度の盗賊集団に過ぎなかった。

 しかし濁流がかさを増すように勢力を増していった。

 多くの若い世代の怒りを吸収していき春先には

 今や数十万を超える大集団へと変わり果てていった。

 こうなると盗賊と呼ばれた男も救世主と呼ばれた。

 人間は集団ともなると激しい興奮と高揚に包まれる。

 時にその善悪も考えられなくなる。

 しかし間違いなく多くの罪なき人々がその犠牲になった。

 かつてラマフェロナは言った。

 「今の世の中はおかしいと思う」

 そのおかしな世の中を変える為に一人の男が立った。

 だがそのやり方はもっとおかしかった。

 そして今日もまた――。

 帝都の中央管制塔をあざ笑う黒煙が彼方に立ち上っていた。

 中央の役人達もそれにおびえるしかその時は出来なかった。

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