電人
ある日の放課後。
「ねえ、ねえ、お婆ちゃんのために電人を買ったんだ」
ラマフェロナに話し掛けたのは、マライアという幼ななじみ。
まだ十二、三才の少女に過ぎぬ彼女。
その顔立ちはずいぶん大人びて見える。
短い黒髪がどこかの女優を思わせるように整えられている。
深い彫りと高く彫刻のような白い鼻。
灰色の瞳は美しい切れ長で、まるで澄んだ宝石。
恐らくこの学校でもうわさが絶えないほどの美少女に違いない。
ラマフェロナと彼女はいたずらが好きな大親友だった。
いつもくだらないだじゃれを言い合ったりした。
らくがきを見せ合ったりもした。
公園で虫に爆竹をくわえさせて悲鳴をあげた。
どちらも可憐で美しかったので、うらやましがられていた。
「電人を?」
ラマフェロナは褐色の瞳を大きく見開いた。
知らない訳でもない。
機械じかけの人形。
世間では主に「電人」と呼ばれている。
労働や戦争の道具である。
惑星フレアや進んだ文明の星では労働に用いられている。
ただフレアは武器として電人を輸出して利益を得ていた。
人に代わって進軍し、都市を制圧する特殊な兵器でもあった。
「電人って言っても、介護用のやつだよ。
兵器なんか買ったら法律で罰せられるじゃない」
「ああ、つまり介護用電人の事だね」
「兵器の電人は四本腕だけど、介護用のは二本しかないの。
でも二本もあれば十分よ」
「介護ならね」
「それでも手が二本足りないだけで、本体は全く同じらしいの」
「へえ、じゃあ軍用とほとんど変わらないんだ」
「うん」
ふいにぽんとラマフェロナの肩をたたいた。
悪童ライツだった。
「マライア、電人買ったんだって?」
「ええ、そうよ」
「そいつはフレアの兵器だろ。それを改良したもんなんだろ?」
「ええ、だから力持ちで丈夫で長持ちなんだよ。
一回の充電でおばあちゃんをおんぶして隣の街まで歩いていけるの」
「そいつはすごいな……」
ふいにラマフェロナがつぶやいた。
「でももとが電人だろ。軍事兵器ならどれくらい強いんだろう」
「ああ、どんな事が出来るか見てみたいな」
マライアもおてんばだった。
「だったらちょっと試してみようか?」
いたずらっぽい笑みを浮かべては彼らに聞いた。
もうこうなってしまうと収まりがつかない。
ただ三人はにやにやと薄ら笑みを浮かべた。
早くも電人の性能とやらをとことん確かめようと考え始めていた。
「それじゃあ、家で待ってるね」
「ああ!」
「うんっ!」
三人は早速、カバンに教科書を詰め込んだ。
それからあわただしく教室を飛び出していった。
* * *
日暮れ前には、まだあとふた時ほどある。
息も切らしてマライアの家の前。
疾風のように駆けて来るのは、朱の髪も美しいラマフェロナ。
興奮気味に瞳を大きく見開いた。
マライアの玄関前にデクのようにつっ立った電人を見る。
しげしげとながめてはにやりと笑みがもれる。
向こうからぱたぱたと乾いた足音を立ててライツもやってきた。
着くなり――。
「わあ、これか!」と電人を見ては、感嘆を漏らした。
「電人」という名の通り、重厚な装甲もいかめしい。
実にたくましい手足を持ち、冷たげかつ頑強に見える。
しかし介護用だけに、全身は白い。
真っ白な介護服を着せられている。
「さて!」
マライアはにやりと微笑むと電人に命令した。
「ラマフェロナを持ち上げて!」
「えっ!?」
ラマフェロナは子猫のように奥襟をひょんとつままれた。
ラマフェロナの身体が軽々と持ち上げられた。
「あはは、こらやめろ!」
「ははは、これはすごい!」
たまらず三人は笑い転げた。
ほどもなくラマフェロナはゆっくりと降ろされた。
もちろんこの程度で満足する三人ではない。
「バメル山のふもとの切り株を引っこ抜けるかな?」
言い出したのはライツである。
面白そうとばかりにうなずく三人。
早速、そこからさほど遠くもない山間の中腹に向かった。
巨大な切り株。
それの直径は子供達の身長ほどもある。
このラルフェモ山地の主峰でもあるバメル山。
そこに登る人々の最良の腰掛けである。
登山客らがしばしそれをテーブルにして昼食を摂る。
電人とはいえ、人と同じくらいの大きさしかない。
引っこ抜けるのだろうか。
「さあ、がんばれよ!」
「がんばって!」
声援を受けて、電人はがっしりと切り株に抱きついた。
二本の腕をきしませながら懸命にそれを引き抜こうとした。
はじめはびくともしない切り株であった。
が、切り株の根元の土も、徐々に盛り上がって来た。
子供達はすっかり興奮してはっぱをかけた。
「がんばれ!」
「持ち上げろ!!」
めりめりと巨大な音が立った。
そして大蛇の群れのような木の根が大地から姿を見せ始めた。
「わあああ!」
「持ち上げたぞ!」
「すごい!!」
誰も皆、すっかり興奮しては、やんやの声援を送った。
子供達はますますに電人にほれこんで、次々に難題を繰り出した。
険しい滝を登らせてみたり。
身の丈ほどもある大岩を叩き割らせたり。
いいようにこき使ったが、いっこうに壊れない。
ラマフェロナはすっかり驚いて言った。
「これが電人なんだね。
こんなのが攻めて来たら、どんな軍隊も勝てそうにないね」
ライツも驚いて言った。
「ああ、こいつは人間じゃかなわねえや。
介護用でさえ、こんなにすごい力を持ってるんだしな」
皆、すっかり感嘆していたところでマライアが言った。
「そう言えば、この電人の名前をまだ決めていなかったね」
ライツが笑いながら言った。
「電人に名前を?ペットみたいだな」
「いいじゃない。もうふた時ほども一緒にいるとね。
さすがに情も移って来るでしょ?」
「そうだな。泥まみれになって。こいつはもう俺達の仲間だ」
「ならパロラはどうだ?」
ライツはさりげに愛らしい名を選んでは聞いた。
パロラ、ひまわりの事である――。
太陽に向かいまっすぐに伸びる最強にして最大の花。
一度に沢山の種を大量に持つ。
それで豊饒の神と呼ばれている。
あるいは女性をよく守護するものとの意味まであった。
「へえ、パロラか……。可愛いね」
マライアは満面の笑みを浮かべる。
「パロラ!」
電人がていねいにおじぎをした。
夕焼けが子供達の頬を染め、いよいよ日が傾きはじめた。
子供達はパロラについた泥などを落としてやった。
それからみんなはありったけのあいさつを交わして――。
家路についた。
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