宇宙史
「さて昔が考えた『宇宙人』。
何本もの触手を持っている。
そんなまがまがしい怪物なんかを想像したりした。
他にも星を行き来出来る知能を持っている。
だから頭が異様に大きなものに違いないと思った。
ともかく身勝手な想像をしていたのだな」
教室にどっと笑いが起こった。
「いや、皆、笑うかも知れん。
がまだそれらに遭遇した事のない文明では仕方が無い。
実に変なものを想像してしまう。
まずはその姿についての想像。
どうしても恐怖観念にとらわれている。
生物学の未発達な文明では仕方がない。
異星人というのは凶悪な性質だろうと恐がっていた。
無条件に侵略してきたりしないだろうかと。
人をさらって実験したりしないだろうかと考えられてきた。
加えて彼らの想像の世界の話になる。
『宇宙人』の持つ文明や兵器はすごい。
ものすごく進歩していると考えがちになる。
巨大な銀色の円盤型の船団が宇宙大戦争をしたりする。
攻め滅ぼされる星々やら文明は後を絶たずと考える」
ここでまた教室内に爆笑の渦が起こった。
「そんな訳ねえだろうよ」
ラマフェロナの後ろの席に座る少年が笑った。
ライツという名だった。
黒地にどくろの絵の描かれたシャツを着ている。
悪童ふうな少年に見える。
ラマフェロナもくすりと鼻で笑った。
「夢があっていいんじゃない?」
「まあ、生物学的に少し考えれば気がつくものだがね。
なぜ我々哺乳類が自然淘汰で生き残れたのか。
とりわけ人類が打ち克てたのか。
ラマフェロナ君、分かるかね?」
「効率の良さだと思います」
「ほう、説明できるかね?」
「ええ」
立とうとしたラマフェロナを教師が止めた。
「いや、立たなくていいよ。
そのまま、座ったままでいい」
「はい」
ぎしりと椅子の足を鳴らしてラマフェロナは座った。
「魚の中には数億の卵を産むものがいます。
でもそのほとんどは食べられてしまいます。
大人になれるのもほんのわずか。
爬虫類とか鳥の仲間も多産です。
これも大人になるまで大変です。
哺乳類は違います。
大人になるまでしっかり親が面倒を見ます。
産む数は少なくても育てるという事を発明しました。
特に人類は団結して文明を創って助け合います。
それで他の生物に比べても死亡率をぐんと下げています」
「その通り。よく知ってるね」
「番組でやってましたから」
「ラマフェロナは自然番組とか好きだよな。
まあ、怖い映画ほどじゃないけどな?」
ライツがちゃかした。
隣の女の子が聞いた。
「どうして怖い映画がすきなの?私なんか見るのも嫌よ」
ラマフェロナはくすくす笑った。
「だって怖い映画ってほとんど鬼ごっこじゃない。
誰がつかまるのか。誰が殺されるのか。
たとえば後ろから恐ろしい怪物が迫ってくるとする。
映画の登場人物は気がつかない。見てる方は気が気でない。
思わず画面に声をかけたくなる。
後ろをみろ!そっちに行ったら殺されるーっ!
そういう見方をすれば楽しいんだよ。
どうせ作り話なんだし」
ああ、なるほど。
うなずく者やら笑い転げる者。
教室内に三度の笑いが起きた。
教師は一通り笑いが収まるのを待って講義を再開した。
「さて話を戻すが――。
哺乳動物はどれも可愛い容姿をしているものが多い。
考えてもごらんなさいな。
見た目が悪いと他の生物はおろか同族にすら嫌われる。
少なくとも可愛い姿をしているほうが得だ。
同族ならば愛情を注ぐだろう。
他人の子であろうとあやす親動物だっている。
哺乳類は共食いをタブーとしている傾向が強い。
危機においては助け合い、団結して困難を克服する。
ゆえに彼らは守りあい、それゆえに繁栄を極める事が出来たのだ。
友情や親子の愛情といったもの。
そして教育。
それが種族を繁栄に導くための発明だったのだよ。
でも昔は――。
そうフレアの人達がこの星に来るまで。
宇宙人と聞くとやはりまがまがしい生物だ、と思われていた。
人をさらったり――。
宇宙を征服しようとしたりするものだとね」
皆うなずいた。
なるほどその通りだ。
生徒の一人が言った。
「でも昔は宇宙人が攻めて来て英雄がやっつける。
そんな物語がよく放映されましたよね。
そのおもちゃはよく買いましたよ」
受けては教授が講義を続けた。
「まあ、異星人達との交流が日常となった今ではね。
そんな事は生物学的に無理がある事ぐらいは当たり前だ。
自然の掟にのっとらない事などみんな知っておる。
ゆえにこのような空想劇は君らを爆笑させている。
学校で『生物学』と『宇宙史』を習えばすぐ分かる。
実際に惑星フレアの人々。
七十二を越える宇宙文明と交易や互助を行っていると分かる。
ここで一番肝心な事を忘れてはならん。
君達は母乳だけで育ったのではない。
哺乳類は外胚葉である肌のふれ合いで子を育てる。
脳もまた外胚葉から進化したといわれる。
ゆえに暴力や戦争の原因はこう考えられる。
母親や身近な人達の愛情の不足。
そして間違った教育から来るのだ。
愛情に飢えている人間。
人間を信用出来ない人間は孤立する。
さみしいので自分を誇示したいと思うようになる。
そしていらぬちょっかいをかける。これが暴力や戦争だ」
なるほどとばかり生徒達はうなずいた。
授業は盛り上がっていたが終業の鐘がなった。
教師は教科書と出席簿をまとめた。
「では続きはまた今度ということで」
そうして一礼すると教室を出て行った。
ライツはけらけらと笑っていた。
「文明のない星なら俺達を見て驚くぜ。
何せ全く同じ人間の姿をしてるんだしな」
「だね。どこの星でも人間が生まれる可能性はあるし」
「フレア連合に加盟してる星だけで七十二を越えるからな。
ただフレアのやり口は汚えよ。
平和の押し売りをやって金を巻き上げてやがる」
「ああ。でもそういう事してる惑星って長くは続かないと思うよ」
「いつかは報いを受けるってやつか。
まあ、デルトゥスじゃ勝てねえ相手だしな」
ライツは虚しそうに窓の外を見やった。
ラマフェロナも虚空に視線を向けた。
晩春の空は青く澄んでいる。
「帰るか?」
ライツが鞄を肩にかけながら言った。
「うん」
ラマフェロナも鞄を掛けると二人して教室を出た。
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