第5話 馬車

4230年4月2日


昨日の夕食は多かったし美味しかったな〜。

しかし、今日からだいぶ節制しないといけないんじゃないか?


それと、昨日の気味の悪さとアンナの涙にひっかかる。



そんな事気にしてたら仕事にならないか……。



俺とルネは、農作業の手伝いをしていた。


農薬が高価なため、人力で害虫駆除をしなければならない。

他にも、雑草除去や成長を促すための間引きなど、様々な仕事がある。


初めて農作業を行ったが、大変すぎる。

転生してから初めて、生産者の苦労を知った。


食べ物の有難みを認識した。

この経験は財産だ。絶対に忘れないでおこう。




――昼が過ぎ、作業も大半が終わった。


途中で気づいたが、昨日に続きジョンとアンナの様子がおかしい。

あまり俺と目を合わせないし話さない。


気味が悪すぎる。何かあるとしか思えない。


良い事か、悪いことか……。

杞憂で済めばいいんだが。



そこに村の中心の方から荷馬車が来た。

なんの馬車だろうか。

行商人か?


そう思っていると、馬車にジョンが近づいていった。

何か話しているようだ。


話し終えると2人でこちらに向かってきた。


知らずのうちにアンナが、俺のすぐ傍までやってきた。


「レン……ほんとにごめんね……」


意味が分からなかった。


「レン、お前は今からこの馬車に乗るんだ。」

ジョンがまっすぐにこっちを見ながら、申し訳無さそうな顔で言った。


「……なんで?」


「……」


ジョンは無言だった。

何分経っただろうか、実際はそんなに経っていないんだろうが、それほどまでに長く感じた。


空気を読んで黙って見ていた御者が、沈黙を破る。


「レン君、乗ろうか」



俺は一切の抵抗をせず、ジョン、アンナ、ルネの方へ振り向くこと無く馬車の荷車へ乗った。

小さい金属が袋の中で擦れ合う音が聞こえた。


荷車には、4人の同年代の子供が乗っていた。


馬車が走り出した頃、住んでいた家の方を見た。

アンナが肩を揺らしながら、ジョンの胸に埋まっている。

ルネはその傍で何が起こったかわからないという顔をして、こちらを見ている。

俺はルネに向かって笑顔で軽く手を振った。


すると、ルネも笑顔で振り返してくれた。

3人の足元に、饅頭ほどに膨らんだ袋が落ちていた。





「ふーっ」


だから変だったのか。


おそらく俺は奴隷商に売られた。

長男は残しておきたかったのだろう。


別に恨んだりはしない。

ジョンとアンナの反応を見るに、これしか選択肢がなかったのだろう。

知らないうちにそこまで追い込まれていたのか。

これで、ちゃんと食いつなぐ事ができればいいのだが……。



さて、これからどうしようか。


「おい、お前。名前は?」


この中で一番年長そうな男の子が話しかけてきた。


「レンです。」


「いくつだ?」


「6歳です。」


「そうか…。俺はアイザック。10歳だ。」


アイザックに他の子達も紹介してもらった。

メモしておこう。


"アイザック 男 10歳"

"ダミアン 男 9歳"

"レオナ 女 6歳"

"エレン 女 10歳"


皆顔が暗い。

何が起こるか、どこに連れて行かれるか大体察しがついているのだろう。


「お前は、今から俺たちがどうなるか分かっているか?」

ダミアンが聞いてきた。


「まぁ、なんとなく……」


「そうか……。冷静なんだな……。」

感心したように言う。


「俺には、お前と同じ歳の妹がいてな…。最初はそいつが連れて行かれそうになったんだ。俺は、すぐになんの馬車か分かったしこの後何が起こるかも想像がついた。何もわからない幼い妹が、連れて行かれるのが可哀想で仕方なくてな…。俺が代わりにこの馬車に乗った。俺はこの馬車から逃げようと思ってる。他の皆も協力して家族のもとに帰らないか?」


アイザックが御者に聞こえないよう皆に提案した。


「何か策はあるのか?」

もう一人の男の子のダミアンが小声で尋ねる。


「多分、目的地までまだ距離はあると思うし、他の村や町に寄ってまた子供を乗せるかもしれない。だから、どこかで野営すると思うんだ。御者が寝てる間に最後に寄った街か村に向かって逃げようと考えてる。」


なるほど…。


「皆俺と協力して逃げるか、夜までに考えておいてくれ。」


そこから誰も話すことはなかった。


馬車に初めて乗ったが、聞いていた通り糞ほど乗り心地が悪い。

地面が整備されていないからだろう。




――馬車が止まっている。


揺れは激しいが心地いいリズムだったからか眠っていたようだ。


御者と男性の声が聞こえる。


「……ありがとうございます…。」


あまり聞こえなかったが、男性が御者に感謝している部分だけが聞こえた。


少しして女の子の泣き声が聞こえてきた。

馬車に乗るのを抵抗しているようだ。


「お父さん!なんで!?お母さんも止めてよ!!やめて!さわらないで!!!」


「ミリア…大人しく乗るんだ…お願いだ……」


父親であろう人が申し訳無そうに言う。


「なんで!?この馬車はどこに行くの?お父さんとお母さんは?ねぇ!?」


「強引でもいいなら、私が大人しくさせますが?」

と御者が言う。


「……お願いします…。」

少し悩んでたいたが渋々承諾する。


するとすぐに女の子の泣きわめく声が消えた。


荷車の扉が開き、女の子を抱きかかえた御者が、荷車にその子を降ろした。

また、御者と男性の声が聞こえ、金属が袋の中で擦れる音が聞こえた。


すぐに馬車が動き出した。

気がつけばもう太陽は山に隠れ始めていた。




――再び馬車が止まった。


森の少し開けた場所で御者がこちらに近づいてきた。


「おいお前ら、暗くなってきて馬も走れないから今日はここで野営するぞ。俺はテントを張るが、お前らは荷車で寝ろ。分かったらパンをやるからこっちに来い。」


御者がパンを1つずつ子どもたちに渡していくと、すぐさま荷車から離れていった。

2〜3m離れたところにテントを張りはじめた。


アイザックがパンを頬張りながら小声で話し出す。

「昼間の話の続きをしよう。ミリアでいいか?何歳だ?」


「うん……7歳…。」

ミリアは疲れた様子で答える。

一応メモしておくか。


"ミリア 女 7歳"


「俺はこの馬車から逃げる。最後に寄った村……ミリアの村に向かって逃げようと思っている。皆どうだ?協力して逃げないか?」


「逃げる!」


ミリアが食い気味で即答した。

アイザックが優しく頷く。


「他にはいないか?」


さてどうするか……。

もし、逃げられたとして、この暗闇で無事にミリアの村に向かうことが出来るのだろうか。

最悪、その村じゃなくてもここから逃げ出すことさえ出来ればいいとは思うが……。

夜の森に何が潜んでいるかもわからない。

悩んでいるとダミアンが話しだした。


「夜の森は危ない。俺はパス。」


「私は行くわ!」


続いてエレンが言う。


「レンとレオナはどうする?無理に付いてくる必要はない。」


レオナは少し悩んだ後に首を振った。



俺は……



「付いていくよ。」




――夜も更けてきた頃。



「そろそろか……エレン、ミリア、レン準備しろ。ダミアン、レオナ、俺たちはもう行くぞ。」


「夜の森は危ない。気をつけろよ。」


ダミアンの言葉を最後に4人は荷車の外に出る。


野営地では焚き火は付いたままだがテント中の灯りは消えており、人が起きている気配もない。


「よし、今のうちにここから離れるぞ」


アイザックが小声で囁き、他3人が頷く。

夜も更けているのに明るい。

幸い今日は満月に近い月であった。


4人は慎重に森を、ミリアの村の方へと歩いていく。

ミリアの村を出たのが夕方だったのを考えると村からあまり離れていないと考えられる。



何分ほど歩いただろうか?

暗いためか、皆の不安が伝わってくるからだろうか、時間の進みが全くわからない。


「しっ!」

アイザックが急に動きを止め、皆に静止を促す。


「オオカミ型の魔獣だ……。足音を鳴らさないようにゆっくり後ろに下がるぞ。」


3人は頷き、ゆっくり動き出す。



パキッ


ミリアが木の枝を踏み折ってしまった。

その瞬間、草むらの隙間からキラリと光る何かが見えた気がした。

ミリアが明らかに狼狽えている。


「お、落ち着け。大丈夫だ。ゆっくり…ゆっくり……」


アイザックがミリア落ちかせようとしたときだった。



何かがこちらにありえない速さで向かってくる。


「逃げろっ!!」


アイザックのその言葉と同時に、4人共脇目も振らず走り出す。

だが、ミリアが少し動き出しが遅れたためか少し後ろにいる。


「キャーッ!!」


後ろを見ると、オオカミのようだが異形の魔獣がミリアのすぐ後ろに近づいていた。

それにアイザックがUターンし立ち向かっていく。


ボコッ!


アイザックの蹴りが魔獣の脇腹に命中し、勢いもあったため魔獣が後ろに吹き飛ぶ。


「今だ!」


アイザックがそう言い走り出すが、魔獣は何事も無かったかのようにアイザックに向かって飛びかかる。


ドンッ!


アイザックが捕まり、倒れた音が聞こえた。


ザクッ!バキッ!バキッ!



……


体感したことのない恐怖に襲われる。

ミリアは走りながら泣き叫んでいた。



ザッバタンッ!


誰かが躓き、コケる音が聞こえた。


「キャーーッ!」



振り返ることもできず走っていると、前に焚き火の光が見えた。

馬車も見えた。

あそこまで走れば……!


悲鳴が聞こえたのか、御者がテントを出てこちらに向かってきていた。


「おい!何をしている!!早く馬車に乗れ!」


無我夢中で走り、馬車に乗り込んだ。

少しすると嗚咽を漏らしながらミリアが乗り込んできた。


「ファイアーボール!」


外でそんな声が聞こえた気がする。


ボッ!


バーンッ!!


ものすごい爆発音に驚き、不意に涙が溢れた。


「おい!何人死んだ!?」


「ふ……2人……。」


「くそっ!2人も死んだのか!?赤字じゃねぇか!」



――俺の記憶はそこで途絶えていた。

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