第12話 初心者マーク──②
「おまえ以外の誰かで勃つと思ってんの? これが」
「んぎゃっ」
「いや声」
ぐいっと押し付けられた異物に息をのむ。
「る、るえむくん」
「なに」
「なんか、エグそうなのが……」
そう、ごりごりと当たるのだ。
布越しでもわかるほどなかなかの存在感を放つそれに腰が引けて声が震えてしまう。
パンツからはみ出ている春人のそれと比べても、明らかに太さも長さも違う肉の塊が琉笑夢のパンツの中にみちみちと収まっている。今にもはち切れそうだ。
昔はよく一緒に湯船に浸かったが、その頃の琉笑夢の分身はまだまだ可愛らしいものだった。春人だっていたって平均サイズで自慢できるような大きさでも太さでもなかったが、当然のごとく幼い琉笑夢のそれよりは大きかったはず、なのだが。
「安心しろよ春、俺身長187.3だけど」
琉笑夢の下半身を凝視したまま視線を動かせないでいる春人に、無駄のない肉体を持った美青年は、それはそれは嬉しそうな笑みを浮かべたままそれを取り出した。
「ちゃんとこっちもでけえから」
血の気が失せ、完全に思考が停止する。
「──ひ……」
口内にたまった唾液がざっと喉奥になだれ落ちてきた。
ぽろん、なんて可愛らしいものじゃない、ぼろんだ。
その出で立ちは正に凶器そのもので、この美しい小顔の男にこんなものが付随していることが信じられないし、何よりこれで新品かつ未使用であることも信じられない。本物の新品に失礼だ。
悲しいかな、春人の記憶の中にある琉笑夢のそれは何もかもが違っていた。
女の子にこんなものを突っ込んだら壊れてしまうのではないだろうか、その手の道のお姉さんも裸足で逃げ出しそうだ。
にた、と上げられた口角から、並びがよく綺麗で真っ白な歯がのぞいた。
「初心者同士、一緒に朝まで頑張ろうな、春にい」
春人の行動は素早かった。
まさに電光石火の如くベッドの上で回れ右をして転がるように逃げる。
が、琉笑夢の方が一枚も二枚も上手だった、難なく捕らえられて引き戻される。
「離せ!」
「逃げんな」
「無理!」
「じゃない!」
「ぜってー無理、裂ける! 断固として拒否! 入る気がしねえ!」
「俺スポーツ得意なの知ってんだろ!」
「これは運動じゃねえだろーが!」
いやある意味で激痩せしそうなスポーツではあるがそんなことはどうだっていい。
琉笑夢は昔から勉強もできるし絵も上手いし音楽的な才能もあるしスポーツ万能なことは春人も十二分に理解してはいるのだが、それとこれとは話が別だ。
足が速いからってそこも馬並みになってどうすんだ!
「いい歳こいた大人が駄々こねんな!」
「おまえだっていっつも駄々こねてんじゃねーかよ! 風邪薬だって苦くて飲めないお子様舌のくせに図体ばっかでかくなりやがってなんだよその凶器は、ふざけんな!」
こんなのいい歳こいた大人だって半泣きになってしまう。
当分松茸が食べられなくなりそうだ。どっちみちそんな高級品なんて買えやしないけど。
「実践練習してっから大丈夫だって。ちゃんと昇天させてやるよ」
「ほんと、それ、無理、昇天する、裂けて死ぬ、やだやだ、いやだって!」
「大人しくしろ抵抗すんな。それとも手足縛って犯されたいか」
「この時代に俺様攻めってどうなんですかね!」
難なく長い腕に囚われて、ぐいっと半分だけ脱げていたズボンをさらにずり下ろされ尻が露わになる。
「うおぉっ」
「色気ねー声出すな」
しかし春人とて27歳の成人男性だ、琉笑夢の方が春人よりも背が高いからといって黙って成すがままにされるわけにはいかない。
「やめろ離せ、明日にしようぜ、な? 明日……」
「もう明日になってんだろうが」
絡みついてこようとする体を押しのけてもだもだと格闘すれば琉笑夢の方も負けじと応戦してくる。
こうなったらもはや意地だ。シングルベッドの上で尻丸出しの大人の男二人がどったんばったんと本気の取っ組み合いをする光景は正に地獄絵図なのではないだろうか。
壁はそれなりに厚いはずだが、もしもお隣さんに聞こえていたらもうマンション内を歩けない。
迫り来る人生初の恋人となった青年から逃れるためにがむしゃらに後退するも、さすがに壁にぶつかった。
それに気を取られた瞬間ばんと腕の中に囲われて、顎を掴まれぐいっと顔を上げさせられる。
目の前にあるのは、青い瞳。
「──いい加減にしろよ、春」
突然低くなった声色に体がびくりと跳ねる。
そんな顔をするな、全国のファンが悲しむだろ、なんて軽口も叩けないほど琉笑夢は鋭い目をしていた。
「て……提案があります」
思わず敬語になってしまう。勢いに飲まれて恐る恐るうかがえば、埒が明かないと思ったのか言えと顎で促されたので恐々と発言権を行使した。
「お、オレが上ってのは……」
「は、上?」
「その……挿れる、方」
年下のお願いを聞いてやるのが年上の役目だとは思うが、琉笑夢の特大サイズのそれよりも春人のそれを使用した方が安全なはずだ。
春人のであれば琉笑夢の尻はきっと壊れないだろうが、琉笑夢のであれば春人の尻が壊れる、絶対、確実に痔になる。
ちらりと琉笑夢の視線が春人の剥き出しの下半身に向けられた。
数秒も経たぬ内に結論を出した琉笑夢に、ふんと鼻で笑われる。
「その粗品突っ込んで春がへこへこ腰振んの? 全力で笑い取りにくるじゃん」
このクソガキが、言うに事を欠いて人の大事な部分を粗品だと。
「これでも身長170あんだぞ!」
「169の間違いだろ」
秒で言い返された。なぜバレているのか、ではなくて。
「や、やかましい、四捨五入したら実質170なんだよ」
心底バカなの? という目で見下された。
高身長となった琉笑夢には20歳を過ぎても170を超えられなかった春人の苦しみなんて一生わからないに違いない。
「そんなこと言ったら俺も190になるから。はい時間切れ」
「第一なんでオレが下って決まってんだよ、ここは公平にじゃんけんだろ!」
「春が悪い、可愛いすぎるから」
ぐ、と絆されそうになって慌てて頭を振りかぶる。
「……絆されねえからな!」
「騒ぐな、近所迷惑」
「まて、いったん話し合おうぜ、まてまてっ──」
繰り返される同じような口論に焦れたのか、大きく舌打ちをした琉笑夢にぐっと腕を引き寄せられずぼっと腕の中に囲われる。
離せと声を上げようとしたが唇を啄まれて、怒声は熱い口内に吸い込まれていった。
「ん──……」
舌がなだれ込んでくる。後ろに添えられた指先にうなじを撫ぜられ、舌の裏をくすぐられれば力が抜けた。
今日は本当にキスばっかりしているな。一つ一つ呼吸を縫うように口内を蠢く舌にちょうど内頬の柔らかい部分を弄られ、舌をゆっくりと引き抜かれ、そしてまたふさがれる。
緩くまぶたをあげれば同じく目を開けている琉笑夢と目があった。自然とキスが深くなる。
糸を引いて唇が離れた頃には体から力が抜けてしまっていた。
「……別に、ほだされてほしくて言ってるわけじゃねえから。春を抱きたいだけ」
ささやかれたそれは思った以上に真摯な声色だった。
「春のこと、ずっとずっと抱きたかった。好きで好きで……好きで、監禁して閉じ込めて、裸に剥いて喘がせて、毎日犯して犯して犯しまくってぐちゃぐちゃにして俺無しじゃ生きられない体にしてやりたいって何度も思って……妄想して」
「琉笑夢……」
静かに吐露され始めたどろどろと煮詰められていた13年分の想いには、言葉以上のものが込められている気がして途中で遮ることもできなかった。
「おまえ知らねえだろ。俺が、子どもの頃おまえと同じベッドで寝てる最中しょっちゅうトイレ行って抜いてたこと」
「えっ」
それは初耳だ。
「トイレ近かったんじゃねえのか」
「……なわけあるか馬鹿」
心外だ、と琉笑夢が顔をしかめた。
そうだったのか、琉笑夢は夜のトイレが近い子なんだあと兄目線で思っていたのに。
「寝てるおまえの顔見ながらシコったこともある」
「ええ……」
「全然気付かなかっただろ、胸にぶっかけたことも」
「ぶっか……マジか」
「する時はティッシュ上に敷いてたから……引いた?」
「い、や」
「春、うそ下手すぎ」
つい本音を隠したが簡単にバレた。だが正直に頬を引き攣らせてしまったというのに琉笑夢には傷付いた様子もない。
ただ自嘲気味に目を伏せるだけだ。
「別に引いてもいいよ、こんなもんじゃねえから。全部聞いたら卒倒すんじゃねーのおまえ」
「琉笑、夢」
「酷いよな、人の性癖歪めやがって」
「いやそこはオレのせいじゃねえだろ」
なんでも春人のせいにするところは相変わらずだ。
「それなのに、おまえは俺が抱き着いても普通に抱きしめ返してくるし、照れもしねえし腹出して寝こけるし俺のこと昔みたいに可愛がってくるしいつまで経っても子ども扱いだし、ずっと同じ態度のままで」
「その、それは悪かったよ」
「ほんとに悪かったって思ってんの? 散々お預けくらってた俺の気持ちわかる?」
「わかる……ごめんって」
「──じゃあ抱かせろ」
ぽすんと、肩に琉笑夢の頭がのしかかってくる。
「わかんだろ、もう限界なんだよ……狂いそう。春がほしくてほしくて」
今の琉笑夢の言葉に、嘘や偽りはないのだろう。
「同情でもいいから……抱かせてよ」
体は大きいはずの琉笑夢が、迷子の小さな子どものように見えた。
そっと広い肩に手を添えて考える。どうして今になって、琉笑夢は今まで隠していたであろう苦い事実を春人に吐露してきたのか。
あえて試しているのだろうか、春人が琉笑夢を受け入れるかどうかを。そして安心したいのか。
今の春人が相手ならばもう傷付くことはないと、信じているのだろうか。
「同情とか……何言ってんだよ、琉笑夢」
未知の世界に飛び込むことに恐怖がないと言えば嘘になる。
始める前から自分の尻が心配だし、痔になったらどうしよう、近くに通院できる病院あったっけなんて思い始めてしまっている始末だ。
けれどもそんな不安も、こんな風に大きな体で縋るように抱きしめてくる琉笑夢を前にすると吹き飛んでしまう。慣れ親しんだ匂いや圧し掛かってくる重さに安心感すら覚える。
嫉妬のあまり人の物を壊したり、殺すなんて物騒なことを言って来たり、首を絞めてくるような相手にそんなことを思ってしまう自分はおかしいのだろうか。おかしいんだろうな。
けれどもこれが惚れた弱みというやつならば、仕方がない。
「同情で野郎に抱かれたいなんて思うほど、オレはお人よしじゃねえっつーの……」
自分から琉笑夢の肩に腕を回し、引き寄せる。
「……春にい?」
だからどうしてこんな時ばかり昔の呼び方で呼んでくるかな。
そんな心細そうに名前を呼ばれたらもう逃げることも隠れることもできなくなるではないか。
実は確信犯なのかも。
それでも。例えわざとであったとしても、別にいい。琉笑夢なら。
「あーもう、わかった。わかったって……覚悟、決めた。よっし」
どこもかしこも、それこそ爪の先まで宝石でできているみたいにキラキラしている琉笑夢。
春人はこの顔と声に弱いのだ。結婚してと泣かれた最後の日だってしっかり頷いて約束してしまったわけだし。
この国で同性同士の結婚が難しい今、琉笑夢とできることはこうして体を重ねることなのだろう。
自分よりも体格がいい男に圧し掛かられることは、正直怖い。けれどもその相手が琉笑夢であれば話は別だ。
引き締まりごつごつとした背をゆったりと撫でてやりながら、そっと片手で頬を包み込んで鼻の頭にキスをする。
ぱちりと瞬いた琉笑夢と目が合った。
抱いていいと許可を与えることは簡単だ。けれども今、春人がすべきことはそれではない。
許可をすることでも、脅されたので受け入れることでも、流されることでもない。
自らの意思で、ちゃんと琉笑夢を求めるべきなのだ。好きだという気持ちは、本当なのだから。
「しよー、ぜ」
「……いいの?」
「漢に二言はねえよ」
へっぴり腰だったことを棚に上げて、はっきりと想いを伝える。
「抱いてくれよ、琉笑夢──好きだよ」
言うや否や、逞しい腕に頭を抱え込まれ、もつれるようにベッドに引き倒された。
二人分の重みでベッドがギシリと軋み、沈む。
切羽詰まった手つきで服を暴かれていく。
こんなにも激しい熱を体の奥で燻ぶらせ続け、監禁したいと願うほどに春人に恋い焦がれていたくせに。
実際には手を出さず何年も耐えてくれていた琉笑夢のためならば、多少の痛みは我慢できるはずだ。
春人は今度こそ逆らうことなく、琉笑夢に身を任せた。
のだが。
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