王城での一幕②
――王城の来客用大浴場にて。
無表情メイド――ケムはニアを浴場に連れて行き、アレスの客人ということもありニアの入浴介助をする。
当然ニアは手伝いなんていらない、とケムには言ったものの王城に仕えるメイドたる者、途中で職務を放棄するなんて事をするはずがなく。
ケムはそのままニアの服を脱がせ、そそくさと介助作業を開始した。
まずは汚れを落とさねば、と頭からお湯をかけるが、皮脂油がこべり付いた髪はそんなお湯ごときに屈することは無く見事なまでにそのお湯を弾く。素晴らしい人間由来の撥水加工だ。これが、無表情メイドにとっての第一の絶望となる。
ケムの長い職務歴――と言っても十年程だが――の中で、これまでこのような状態の者の入浴介助なんてした経験があるはずも無く。ケムにとって今のニアは、これまでの知識を総動員させ挑むべき相手なのであった。
何度かお湯をかける事で、表面の皮脂コーティングが流れてようやく髪がお湯に馴染んてきた。これで次の工程に移れる、と思ったがそこで第二の絶望が訪れる。髪表面のコーティングが剝がれ濡れたことで、強烈な臭いが鼻を衝く。ケムは鼻を殴られたかのような錯覚に陥り無表情から一遍、顔を歪ませた。
だがしかしその程度で屈しては王城でメイドなど勤まることがなく。ケムは臭いに屈することなく石鹸を手に取り、ニアの頭を洗い出した。
そしてここで第三の絶望。まったく、石鹸が泡立たないのだ。一度、二度、三度……と試みてみるものの、こべり付いた皮脂は石鹸を上回るのだった。
しかしながら幾度となくかかってくる石鹸のゾンビアタックに皮脂は敗れ、ようやく泡立たせることができるようになった。ここまでで浴場に入ってから約三十分の出来事。
そこからは身体を隅々まで洗っていく。案の定、身体も皮脂と垢まみれで黒くなり、石鹸の泡立ちは最悪だった。
少し強めにゴシゴシと洗っていくと、垢が剥がれて綺麗な皮膚が見えてくる。日焼け後の皮を捲るような、ちょっとした快感と似ているかもしれない。
ゴシゴシと洗い、お湯で流し。また洗い、流し……と繰り返す。流れるお湯は茶色く濁っていたが、それも繰り返す毎に無色透明へとなっていった。
ようやく石鹸の泡立ちも良くなり、まともに洗えるようになるまでには約一時間掛かった。髪と合わせて、合計一時間半。こんなにも長い間お湯と石鹸と戯れていたせいかケムの手は赤裂れ、ふやけきっていた。
「ニア様、どうぞ湯船に……」
ようやく、身体の洗浄が終わったのでニアに湯船に入るように促す。
その言葉を聞き、待ってましたと言わんばかりに十人以上入っても余りあるほどの広さの湯船にニアは飛び込んだ。
ケムはニアが湯船で戯れているのを確認すると、休む事無く次の作業に移る。
浴場から脱衣所に移動したケムは、ニアの脱いだ服を手に取りながら、懐から小さなベルを取り出し小さく鳴らす。
「メイド長、お呼びですか」
ベルの音を聞きすぐさま他のメイドが駆け付ける。
ケムはそのメイドに服を渡し言う。
「身長一三六センチ、体重二一キロ、足は一九センチ。それに合う服を用意して下さい。派手なものではなく、動きやすい素材で出来た軽めの物が良いでしょう」
ニアの身体情報を細かく指定してメイドに言う。
この数値は、ニアの身体を洗っている間に目測で大雑把に測定したものだ。あくまでも目測、多少の誤差はあるはず。と思ってしまいがちだが、ケムの測定は極めて正確。実際のニアは身長一三六.三センチ、体重は二一.四キロと小数点以下は切っているだけでそれすらもケムは測定していたのかもしれない。
「随分と痩せていますね……承知しました。すぐに用意します」
「えぇ、頼みましたよ」
メイドの言う通り、ニアはとても痩せている。身長一三六センチであれば、体重は二〇キロ後半か三〇キロ前半はあるのが望ましいだろう。これから正常な体重に戻ると想定し、用意すべき服はフィットするものよりも少し大きめをチョイスするべきだろう。
メイドはそう思い、そのままそそくさとその場を後にし、ニアの新しい服を用意する。
ケムは、再び浴場に入り湯船でパチャパチャと遊ぶニアを見守るのだった。
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