王城での一幕①

 ニアを連れて王城に帰ってきたアレスは、ラズリアにニアの事を紹介しようと画策していた。

 ニアは当然の事ながら王城に入った経験なんて無いので身体を硬直させて緊張している。


「ア、アレス……ここって、お城だよね……?」

「あぁ、城だ。俺は一応この城の客人だからな」

「……アレスって、何者?」


 当然の疑問だろう。アレスは貴族のような邪魔なほどに煌びやかな格好をしているわけでもなく、何なら逆で斥候を務める冒険者風の恰好をしている。そんな見てくれの男が城の客人だとはなかなか思えないだろう。


「俺は俺だ。ひとまずニア、お前には俺の母上に会ってもらう。一応は俺の勝手でニアに教育することを決めてしまったが、これについて母上に説明しておく必要があるからな」

「アレスのママ……怖い?」


 ラズリアが怖いか聞かれてアレスは黙ってしまう。

 ラズリアは、母親としてはいつも優しかった。しかしながら魔法の訓練の際は豹変し、怖いどころの騒ぎではない。アレスが小さい頃はまだ訓練でも優しさはあったが成長した今では訓練の際、当たれば即死級の魔法を突拍子も無く放ってきたりする。

 そんなラズリアを知っているアレスが質問に対して黙ってしまうのは当然だろう。


『アレスちゃん、そこは即答しなさい。私はいつも優しいでしょう?』

「……母上、突然現れるのはやめてください」


 突然目の前に現れたラズリアに、ニアは声も出せないほど驚いてしまっている。

 ニアの口をあんぐりと開けたその様は、まるで雛鳥が親鳥に餌を求めるかのようにも見える。


『あらあら、また随分と小さいのを連れてきたのね』

「こいつはニアです。強さへの渇望が、目を見張るものがあります」


 アレスの「目を見張るものがある」という言葉を聞いて、ラズリアは固まるニアの事をジロジロと観察する。顔を近づけてみたり、身体を触ってみたり、軽く魔力を流してみたり。

 観察を始めて少しすると、ラズリアは笑みを浮かべニアの頭を優しく撫でながら言った。


『アレスちゃん、なかなか良いのを拾ってきましたね。魔力エーテル総量自体は多いとは言えませんが、生命力マナと魔法適正はなかなかのものです。私がアレスちゃんを拾ったように、アレスちゃんはニアを拾った。どう育てるか今から楽しみです』


 実を言うと、ラズリアはアレスがニアを拾ってきた事を知っていた。これは、アレスの世話を始めた当初に掛けた≪盟約≫アグリメントによって認知したのだ。

 ≪盟約≫アグリメントによって事前に知っていた事をアレスは知らないので、一芝居打ったという事だ。


「よかったな、ニア。母上に認められたぞ」

「お? おぉー……?」


 ニアは何の事か分からず曖昧な返事をしてしまう。

 アレスはラズリアの許可を得た事で、どのようにニアを訓練しようか考える。


(身体能力はある程度確保できてるから、まずは魔法からか? ……いいや、痩せ細った体型を戻す事から始めるべきか)


 ニアは王都を彷徨っていたこともあって、健康に支障をきたす程に痩せ細っている。今の状態で訓練を始めてしまえば、良くて酷い怪我、最悪死亡だろう。


「ニア、ひとまずは着替えて飯でも食うか」

「ご飯! ここ数日何も食べてなかったから、お腹空いてたのも忘れてた!」

「そ、そうか……おい、ニアに着替えと食事――いや、その前に風呂が先か」


 アレスは傍で控えていた無表情なメイドに、ニアを風呂に入れる事を指示する。

 今のニアは、数週間風呂に入っていなかった事もあってかかなりキツい臭いを漂わせている。目に染みる臭いとは、この事を言うのだろう。

 無表情メイドは静かに「承知しました」と答えると、ニアをそそくさと浴場へと連れていった。


『アレスちゃん、ニアには何から教えるつもりなの?』

「そうですね……体術は以前に誰かから教わっていたのかある程度基礎は出来てるように思えました。今は瘦せ細っているとはいえ筋肉も年齢の割には良い出来でしょう。よく食べ、よく寝れば戦う身体づくりは自然とできるかと。なので体術はそこそこに、重点すべきは魔法に関してでしょうね」


 アレスはニアの育成方針をスラスラと語っていく。ラズリアもそれを頷きながら満足そうな表情をさせながら聞く。


『今日は休ませて、明日から魔法の勉強を始める感じかしら?』

「いえ、まずは身体を休める事が先決かと。生命力マナは一晩寝ればある程度回復しますが、精神的な部分は回復するまでに日を要します。最初の一週間は特にこれといった事はやらせず、好きな事をさせて休ませようかと思います」

『そういえば人間は精神を擦り減らしやすかったわね、忘れてたわ。カルロスの時もたまに休みを要求された事があったわね』


 ラズリアは目を細めながら過去にカルロスに施した教育を思い出す。

 いずれ俺もこんな表情を浮かべるのだろうか。そう思うアレスはどこか楽しげな表情を浮かべていた。

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