ニア②
「……貴族は嫌いだ、大嫌いだ。ニアは、金があっても助けてくれない貴族が嫌いだっ!」
少女――ニアは、叫ぶように言葉を発しながら左拳で地面を叩きつける。その手には、アレスのバッグから取ったであろう薬草が握られていた。
「……あの時か」
組みつかれた時に取られたのだと推測したアレスは、今の今まで気付かなかった事を認識し、笑みを浮かべる。
「お前、名は?」
「……ニアは、ニアだ。貴族に一矢報いてやろうって思ったけど、もうダメだ。さっさとニアを殺せっ!」
ニアはそう叫ぶと仰向けになり、身体を大の字に広げる。貴族への報復が失敗した今、殺される事を望んでいるようだった。
「そうか、ニアか。女騎士、お前はニアを殺すのか?」
「えっ、私ですら名前で呼ばれてないのに……いいえ、今回は見逃すつもりです。なぜ私を襲ったのかは気になる所ですが……まぁ、よしとしましょう」
油断していたとはいえ、腹部に良い一発を受けたにも関わらず見逃すようだった。これはニアがまだ子供だから更生の余地があるという判断なのか、単純にアーデルハイトが寛大だからなのかはアレスには分からなかった。
「よし、じゃあニアは俺が貰ってくぞ」
「は、ちょっとっ⁉︎」
焦るアーデルハイトを無視してアレスは言葉を続ける。
「ニア、お前は殺さない。しかし、だ。他の貴族だったらこうはならなかっただろう。つまり、ニアの命は俺達に生かされたってわけだ」
「……貴族に生かされる命なんか、いらない」
「ハハッ、お前、本当に良い目をしてるよ。生憎と俺も人間が嫌いでなぁ。そんな俺らだ、良い友人になれそうじゃないか?」
アレスはニアに手を差し伸ばすが、警戒しているのかその手はなかなか取られなかった。
「……確かにお前はあの貴族とは違うって分かる。だけど、まだ信頼できない」
「確かにそうだな。俺だって急に手を差し伸べられたら警戒する。そうだな……俺と一緒に来たら、お前は確実に強くなる。貴族に怯える必要もなくなる。俺は、その方法を知ってるんだ。どうだ、魅力的だろ?」
アレスがここまで話して、少しニアの感情が動いたのか薬草を握っている左手がピクリと動いた。
たったの一言だけではまだ信頼に欠けるという事だろう。だが、ニアの心を揺さぶる事はできた。今は信頼できないとできるの間を揺らぎ、どっちつかずといった状態だろう。
そこから数秒、沈黙が続いた。アレスから視線を落とし、また視線を合わせ。それを何度か繰り返し、ようやくニアは口を開く。
「強く、なりたい。……ほ、本当に、強くなれるの……? 貴族の権力に負けないくらい、強くなれるの……?」
ニアの口調が変わった。先程までの強気な皮を被った口調ではなく、年相応の気が弱く今にも折れてしまいそうな口調に。
「あぁ、強くなれるぞ。身体を鍛え、魔法を覚え、戦闘を覚え。あくまでも俺が教える事ができるのはその程度だが、これだけでも権力に負ける事はないだろう」
アレスがそこまで言い切ると、ニアは一瞬だけ視線を落としたかと思うと再びアレスを見つめる。その瞳は、信念が宿った、やる気に満ちた色をしていた。
「どうだ、乗り気になったか?」
「……うん、ニアのこと、強くして!」
ニアは握っていた薬草を捨て置き、そのままアレスの手を力強く取る。
「よし、ニア。よく手を取った。鍛錬は辛く厳しいものとなるだろうが覚悟しておくんだぞ」
「うん、よろしくねっ! あっ、名前……」
「あぁ、そういえば名乗ってなかったな。俺はアレス。アレス=エスターライヒだ」
アレスが名乗ると、ニアは何度か小声で口ずさむとニコリとはにかむ。
「アレス、よろしくね!」
「あぁ、よろしくな。……そうだニア。さっきの事だが、お前の俺から薬草を盗んだその技量は俺でも気が付かなかった。まずはその技量に免じて怪我を治してやろう」
アレスがニアの怪我した右手を握ると、ニアは痛みで顔を歪める。しかしながらその痛みも徐々に和らいでゆき、ものの数秒で傷は塞がり完治してしまった。
側からはニアの手が緑色の光で包まれたように見えただろう。今アレスがニアの右手を握った際に使ったのは、回復系の魔法だ。
しかしながらこの魔法は一見有能なように見えるが、万能なものが無いようにこの魔法にも欠点はある。四肢の切断など、欠損した箇所は治せないのだ。
「おぉぉ……! すごい!」
ニアは完治した右手をブンブンと振りながら喜んでいる。
そんなニアを見て、今まで黙っていたアーデルハイトがワナワナと肩を震わせついに口を開いた。顔を赤くさせ、怒っているのは一目瞭然。
「アレス殿っ! 貴方はまた安直に魔法を使って……っ! しかも言うに事欠いて回復魔法って! 第一黙って聞いてれば強くする? そんなの私だって興味あるに決まってるじゃないですか!」
「やべっ、こうなると女騎士は煩いんだよ。ニア、逃げるぞ」
「ん、逃げる!」
アーデルハイトの説教を嫌がったアレスはニアを抱き抱え民家の屋根まで跳び、そのまま屋根伝いに逃走する。
「あっ! コラ待てぇいっ!」
そんなアーデルハイトの声を聞きながらアレスとニアは笑顔で逃げる。
この二人の楽しそうな正真正銘の笑顔は、滅多に見ることができないだろう。そんな貴重な笑顔をしながら、二人は当てもなく王都を跳び回るのだった。
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