アレスの王都視察-人間の友人
アレスが王都で初めて興味を持った人間、サイモン。
彼は身長が二メートル近くとやたら高く、筋骨隆々で良い体つきをしている。それなのに童顔で、どうにも顔と身体が合わず違和感を感じる男だ。
性格は基本的に温厚。しかしながら沸点が低く、頭に血が上ると口が悪くなり、手も出やすくなる。
では、そんなサイモンにアレスは何故興味を持ったのか。
それは単純、彼の見てくれが亜人の里に住むオーク族に酷似していたからだ。やはり見慣れた見てくれだと安心するのかもしれない。
そしてそんなサイモンに、アレスは冒険者について教えてもらっていた。
冒険者ギルドの受付前までやって来た二人は、依頼が貼られているボードを見上げながら話をする。
「サイモンは現役の冒険者ってことでいいんだよな」
「あぁ、そうだぞ。これでも一応は銅等級なんだぜ」
サイモンは胸元に光るネックレスに取り付けられた作りの粗い銅板を指差しながら、ドヤ顔で言う。しかしながら、アレスは等級について知らないので首を傾げる。
「なんだ、等級も知らないのか」
「俺は言っただろ。『冒険者について教えてくれよ。俺はそこら辺の事情に疎くてな』って」
「等級すら知らないとなると、疎いどころか無知だな。えぇと簡単に言うとだな――」
サイモンの説明はこうだ。
冒険者には等級があり、鉛から始まり依頼の達成度や貢献度次第で青銅、銅、銀、金、金剛と昇級していく。それら等級により受ける事の出来る依頼も異なっており、難易度も等級が上がるにつれ難しくなるとの事。
「まぁ、詳細知りたけりゃ冒険者登録するといいぞ」
「なんだ、そんな簡単に登録できるのか?」
「あぁ、説明聞いて名前書くだけだからな。登録すれば身分を持たない連中の身分証代わりにもなる優れものだぞ」
「へぇ、そいつは――」
――不用心な事だな。
そう思ったアレスだったが、口を閉ざす。
今アレス達は受付の前にいる。そして、受付にはギルドの職員がいる。もし聞かれて面倒事に発展しても困る。
誰であろうと登録が可能。それは犯罪者であっても例外では無いのだろう。アレスが不用心だと思うのは当然だった。
(まぁ、登録してみるの悪くは無いか。人間の仕事とやらにも多少興味があるからな)
アレスは受付の職員へと声を掛ける。
「冒険者の登録とやらをしたいのだが」
「えぇ、構いませんよ。こちらに記入をお願いします」
職員は紙を取り出し、記入するように促す。
紙には注意事項が書かれていて、以下のような内容だ。
一)冒険者となった場合、フォレスティエ王国内に限り、街への検閲をせずとも立ち入る事が可能となる。
二)最低でも十年に一度、依頼を受けなければ登録は抹消となる。
三)冒険者ギルドは、登録者の責任を一切負わない。
四)緊急依頼が発生した場合、基本的には強制参加となる。但し、怪我や病気の場合は参加せずともよい。
五)冒険者ギルドが発行する規約を遵守し、違反した場合は相応の罰則を与える。
六)以上を同意し、フォレスティエ王国冒険者になる事を承諾する。
アレスはこのシンプルな事項を軽く読み流し、紙の下部にある記載欄に名前を記入して提出する。
「はい、アレスさんですね。承認しました。こちらが鉛等級の登録証と、当ギルドの規約になります」
職員はアレスにネックレス状の登録証とギルドの規約が書かれた冊子を手渡す。
「依頼を受ける際や街に出入りする際など、冒険者としての身分を証明する必要がある際は登録証を提示してください。また、今お渡しした冊子は持ち帰りはせず、読み終わり次第返却をお願いします」
「へぇ、冊子はくれないのか。再度確認したくなったらまた受付まで来い、って感じか」
「えぇ、そのようにお願いします」
アレスはその言葉を聞き「はいはい」と適当に返事をして受付を後にする。
サイモンのもとへと戻りながらアレスは先程受け取った規約の冊子を流し読みする。
「な、簡単に登録できただろ?」
「あぁ、そうだな。簡単すぎて驚愕するほどだ。依頼を受けるかは分からんがなにせ十年も猶予があるのだからな。いずれ興味の持つ依頼もでてくるだろ」
パラパラと大雑把にだが読み終えたアレスは冊子を閉じると受付に冊子を放り投げる。
「んで、これからアレスはどうするんだ? 依頼はそこのボードに張り付けられてるぞ」
「鉛等級はどんな内容の依頼が多いんだ」
「ガキでもできるような依頼だな。薬草採取だったり迷い猫探しだったり、家の掃除だったり。魔物の討伐とか戦闘系は鉛から青銅等級になってからだな」
鉛等級から青銅等級に上がるには、鉛等級相当の依頼を三つから四つ受けるだけだ。鉛等級は、あくまでも冒険者としての依頼の受け方やらの初心者講習的な役割を担っている。
だが、そんな面倒で面白くなさそうな依頼をアレスが受けると思うだろうか。
「手っ取り早く等級を上げる方法はないのか?」
「あるぜ、アレスが気に入りそうなのがな」
サイモンがその童顔に似合わない歪な笑みを浮かべて言う。
「なに、簡単な事さ。等級が上の奴と一緒に依頼を受けるんだよ」
「へぇ、そいつは面白そうだな。運の良い事に今は王都周辺に魔物の群れが発生しているからな」
「だろ? どうだ、今から」
「おう、いいな。魔物シバくか」
「だめぇぇぇぇぇぇぇっ!」
アレスとサイモンが「これからひと狩り行くか!」と盛り上がってる中、今の今までしょげていたアーデルハイトが二人の間を割くかのように勢いよく割り込んできた。
「なんだ女騎士、いたのか」
「いたのか、じゃないですよっ! なに勝手に冒険者登録してるんですかーっ!」
「いいだろこれ。これさえあれば街の出入りで検閲いらねぇんだとよ」
胸元のネックレス状の登録証をカチャカチャと見せびらかせながら言う。
「なーに自慢げに登録証見せびらかしてるんですか! アレス殿が魔物の討伐なんて、そんな危ない事っ!」
「ア、アーデルハイト様、落ち着いて……大丈夫ですよ、こいつのカイネスをぶっ飛ばした実力があれば余裕ですって!」
「ち・が・うっ! 危ないのは王都周辺の土地のことを言ってるんですっ!」
「はい……?」
何を言ってるんだこのお姫様は、とでも言いたげな表情をするサイモンを見て、アーデルハイトは溜息をひとつ。
だがアーデルハイトの言う通り、アレスが王都周辺に出現している魔物と戦ってしまうと、森や大地が大変な事になるのは想像に難くないだろう。
「アレス殿! ダメったらダメですからね!」
「嫌だね。何故貴様の言う事に従わねばならんのだ。そもそも母上には人間の事をよく
「冒険者じゃなくても良いではないですか!」
今回は珍しくまったく引く気のないアーデルハイト。
彼女は、今回に限っては多少強引でも、今止めなければならないのだ。
「アレス殿、貴方は自分が強大な力を持っている事を自覚してください……安易に力を振るえば、大変な事になってしまいますよ……」
「大丈夫だ、あの白髪に殴った事で加減を覚えた。魔法に関してはまだ分からんが物理では大丈夫だろ」
「ダメですぅぅぅっ! もっと常識を身に付けてから魔物を狩りに行くならまだしも、今の状態では絶対ダメです! ほら、もう冒険者ギルドはいいでしょう、王都の案内、再開しますよっ!」
そう強く言い切るとアーデルハイトはギルドの出口目指してツカツカと強めに足を鳴らしながら歩いていった。
(ふむ、今日の女騎士は気が立っているようだな。だが、まぁ良い。サイモンとの出会いに免じて今日の態度は許してやろう)
「すまんな、サイモン。今日の狩りは無しだ」
「はいはい、流石に俺もアーデルハイト様がああ言うんじゃどうしようもねぇからな。また今度な」
「あぁ、また今度」
別れを告げた後にギルド出口を目指すアレスを見つめ、サイモンは小さく呟く。
「安易に力を振るえば、大変な事になる、ねぇ……」
しかしその呟きは、ギルドの喧騒に掻き消されて誰の耳にも届かないのだった。
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