アレスの王都視察-冒険者ギルド③

二人は目を向けてみると、魔物の血を頭から浴びて真っ赤な大男と、腰に片手用直剣を携えた二十代前半くらいの白髪男が言い合いをしていた。


「喧嘩か?」

「あぁ……喧嘩でしょうね。冒険者は血の気の多い人が結構いるので、喧嘩は珍しいものではありませんよ」

「へぇ……女騎士、仲裁になんて行くんじゃないぞ。俺はあの二人の喧嘩に興味がある」

「喧嘩に興味って……はぁ、分かりました、静観します」


 二人はそのまま座ったまま、顔だけを喧嘩に向けて静観する事にした。

 聞こえてくる怒声は聞きにくい部分はあったものの、要約すると大男が魔物の血を浴びてそのままの状態でギルドに訪れたことを白髪男が注意したが、言い方が悪かったらしく喧嘩となってしまったらしい。


「ははっ、実にくだらない理由での喧嘩だな。だが、白髪の言いたいことは理解できる。もし俺が似たように血を浴びたままで里に帰ったら、鼻の良い獣人に叱られるだろうな」


 人間も似たような理由で喧嘩するのだな、と自分に置き換えて考えるアレス。それを見てアーデルハイトは苦笑いを浮かべていた。

 さて、喧嘩の方は殴り合いへとヒートアップしている。武器を使わず拳で語り合っているので随分と平和的だとアレスは思う。

 アレスは喧嘩を見るのが好きという変わった思考を持っている。だが、ただ好きというわけでは無く、しっかりと理由があるのだ。喧嘩とはそもそも双方思うところがあってそれが原因でぶつかり合う。アレスは、その想いのぶつかり合いが好きなのだ。自分の主張を正義だとか悪だとか、そんな事は関係無く伝えるために喧嘩をする。

 だが、それはあくまでも亜人族の里での話。今回の喧嘩に興味を持ったのは、人間がどのような想いで喧嘩をするのかの研究のようなものなのだった。


「ぐあぁっ!」


 喧嘩に進展があった。

 大男が白髪に殴り飛ばされたのだ。喧嘩開始時点で大男は王都の外で魔物と戦った後で疲弊していたのは分かってたので、疲れてもいない白髪男相手では分が悪かったが、ここにきてついに、といったところだろうか。

 そして大男は殴られてあろうことかアレス達の座っているテーブルのすぐ傍まで吹っ飛んできたのだ。

 吹っ飛んできたことで、まだ乾いていなかった魔物の血は飛沫し、アレス達が注文した料理や飲み物に飛び散る。


「おいおい、せっかくの料理が台無しじゃないか。おい、喧嘩している二人、どうしてくれるんだ?」


 アレスは席を立ち、大男と白髪に言う。


「あ? 空気読んで離れとけよ。んな事知ったこっちゃねぇんだよ」

「す、すまねぇ坊主。これが終わったら改めて謝るから待っててくれ……」


 白髪男は相当気が立っているのだろう。アレスに対しても、喧嘩口調で言ってしまう。

 大男は殴り飛ばされたことで少しは冷静になったのだろう。被害を受けたアレスに対して謝罪をする。

 それを聞きアーデルハイトは顔面蒼白し、対してアレスは口を歪ませ笑う。


「大男、貴様は許してやろう。簡易的ではあるもののその謝罪、しかと受け取った。律儀な事は良い事だ。……だが、白髪男。貴様はダメだな」

「俺とやろうってのか⁉ いいぜ、その喧嘩買ってやるよ! かかってこいや!」


 白髪男は喧嘩の標的をアレスに変え、拳を構えなおす。目は血走り冷静では無いように見える。


「大男、選手交代だ。ここからは俺があの白髪に貴様の想いも込めて一発入れてやろう。女騎士、静観は終了だ。事後処理は頼んだぞ」

「……もうそんな気がしてましたよ……いいですかアレス殿! 殺してはいけませんよっ!」


 諦めて顔を覆いながらアーデルハイトは言う。

 そして、その言葉を聞いて喧嘩を見ていた野次馬連中は大口を開けて笑う。


「あの坊主、正気か? カイネスに喧嘩を吹っ掛けやがった!」

「殺すなって、カイネスを殺せるわけがねぇだろうが!」


 こんな具合で野次馬連中は、白髪男――カイネスを殺せるわけが無い、喧嘩を吹っ掛ける相手を間違えたな、と大笑いしていた。

 それを聞き、アレスは更に顔を歪ませ笑う。


「おい白髪、一発目は貴様にやろう。好きに掛かってくるがいい」

「ハッ、大口叩きやがって! 後悔しても知らねぇぞ!」


 カイネスはアレスの言葉を聞き、僥倖とまでに飛び掛かってくる。

 そして防御すらしないアレスの左頬に力任せな右フックを一撃。


「ハハッ、これで終わり――なっ⁉」


 カイネスは一撃を入れてからバックステップをして距離を取る。驚愕の表情を浮かべているのはアレスが無傷だからだろう。殴られたにも関わらず仰け反らず、微動だにしていない。カイネスからすれば、まるで岩でも殴ったかのような感覚だろう。

 アレスは殴られた左頬を指でなぞり、口を開く。


「ふむ、こんなものか。まだ里の子供達のほうが強いか? ……まぁ良い。今度はこちらの番だな」


 アレスは踏み込むと瞬時にカイネスの目の前まで瞬歩――高速移動――すると、カイネスがやったような右フックを手加減しながら叩き込む。

 まったく反応することができなかったカイネスは右フックを受け宙を飛び、ギルドの石製の壁へと激突する。

 声も発する事ができず、戦闘不能。一瞬の出来事だった。


「安心するがいい、女騎士。言われた通り殺しはしていないぞ」

「……えぇ、かなり加減されていたのは分かりましたよ」

(ふむ、女騎士の反応を見るからに加減はこのくらいで良さそうだな)


 人間に対する加減を覚えたアレスは、満足そうに顔をほこぼらせる。


「お、おい……カイネスが瞬殺だったぞ……」

「どうなってるんだよ……」

「てか、あの騎士さん、どこかで見た事が……?」

「あれって! アーデルハイト姫殿下じゃねぇかよっ!」


 騎士の正体がアーデルハイトと分かった野次馬達は騒ぎ始める。まさか、こんな場所にいるはずがないと思っていただろうからこうも騒ぎ立てるのは当然だろう。


「静まれ! 見せ物では無いのだぞ、散れっ!」


 言葉を受けて、野次馬達は散っていく。

 そして残されたのはアレス、アーデルハイト、大男、カイネスのみとなった。


「さて、血に塗れた大男。この白髪はどうするんだ? ぶっ飛ばしたのは俺だが、後の処遇は貴様に一任しようと思うが」

「あ、あぁ……そいつならそこに放置してても大丈夫だ。ギルドじゃこういった事は日常茶飯事だから、当事者間で解決しやがれって放置なんだよ」


 大男の言う通り、血の気の多い冒険者は必ずと言っていいほどに喧嘩は付き物だ。そんな一日に何件も発生する喧嘩の仲裁や処理をギルドがやっていたのではいつまでたっても仕事が終わらないので、ギルドとして手を出さない決まりになっている。


「あぁそうだ、まだ名乗ってなかったな。俺はサイモンだ。さっきは助太刀ありがとな。それと、飯をダメにしちまって悪かった」


 大男――サイモンは感謝を述べた後にしっかりと頭を下げて謝罪をした。

 アレスはその姿をみて、「ほぅ」と感心したような声をあげる。


「俺はアレスだ。さっきといい、今といい謝罪はしかと受け取った。サイモンと言ったな。見込みのある人間もいるのだな」


 アーデルハイトは驚愕する。まさか、アレスが人間を認めて褒めるなんて思っていなかったからだ。


「ハハッ、アレスみたいな強い奴に見込みがあるなんて言われるとはな」

「これは俺の本音だからな。……それで、サイモンはなぜ血塗れなんだ」


 アレスはサイモンを指差しながら言う。かなり強烈な臭いがするのか、少し顔を顰めている。


「あぁこれか……最近王都周辺で魔物が頻繁に出現してるのは知ってるな?」

「あぁ」

「それで俺も依頼を受けて、ワイバーンを狩りに行ったんだがな……討伐できはしたんだが、切りつけた場所が悪くて返り血をモロに浴びたってわけだ」

「ははっ、首でも切り付けたか」

「そういう事だ。んで、報告ついでにギルドで水浴びでもしようとした所であのアホが突っかかってきたって事よ」


 カイネスを指差して言う。当のカイネスは殴られた衝撃か壁に当たった衝撃か、どちらかは不明だが気絶して伸びきっている。


「そうか……では綺麗にしてやろう」


 そう言うとアレスはサイモンに向けて掌を向ける。

 するとサイモンの頭上からお湯が出現して滝のように降り注ぐ。


「うばぁっ⁉ 何だっ⁉」

「お湯だ。ついでに乾かしてやろう」

「あばばばばばぁぁっ⁉」


 お湯の次は温風がサイモンに吹き荒れる。そして、完全に乾ききると温風は止んだ。


「アレス殿、安易に魔法を使うのは控えましょうよ……」


 今の今まで黙っていたアーデルハイトが痺れを切らして言葉を発する。

 なぜ黙っていたかと言うと、アレスが自らサイモンに歩み寄っていたからだ。人間嫌いのアレスが、自分から。このような成長の兆し、黙して見守る他ない、と思っていたのだ。


「ただの水と風の魔法だぞ。それにサイモンは臭かったからこれくらいいいだろうが」

「ただの風と水って……いいですかアレス殿っ! この王都には二属性以上の複数属性の魔法を使える者は極めて稀! 貴方はこの都では客人とはいえ異端なのですから少しは控えてくださいよ……」


 魔法には八大属性というものがある。火、水、風、雷、地、聖、闇、無の八つだ。

 そしてこれらの八大属性だが――人間の《魔法使い》にとって、一属性使えれば御の字。二属性以上使えれば超一流魔法使いと呼ばれるほどである。また、聖、闇、無の三属性に至っては、人間で使える者は極僅か。使える者は国宝級宮廷魔導士として扱われる。……だが、そんな人間側の事情なんてアレスが知っているはずも無く。

 そもそも魔法は精霊が作り出したもので、アレスはその精霊直々に魔法の指導を受けている。熟練度に差はあれど八属性全て使えるのは当然であり、むしろここまで人間が魔法に対して疎いとは思っていなかったのだ。


「うへぇ、ひどい目に合った――うん? うぉスゲェ綺麗になってるぞ!」


 魔物の血が全て洗い流されたサイモンは、自分の姿を見て歓喜の声を上げる。


「へぇ、そんな顔をしていたのか。血まみれの時とは比べて多少マシになったな」


 サイモンは血が流された事で素顔がしっかりと見えるようになった。

 お世辞にもイケメンとは言えないが、まだ三十代前半といったところだろう。身長の割に童顔で、若く見える。


「ハハッ、わざわざありがとな。……って、そこにいるのはアーデルハイト様じゃねぇかっ⁉」

「今気付いたのかよ。女騎士、お前意外と気付かれないんだな。一国の姫としてどうなんだ」

「いや、いいんですよ……私は次女ですし、そこまで国政には参加してないので……でもそんなに分からないのかなぁ……」


 一国の姫であるにも関わらず、民草にあまり気付いてもらえないアーデルハイトはしょんぼりしてしまう。


「……アレス、いいのか? なんかアーデルハイト様がしょんぼりしてるぞ」

「ほっとけ。その内戻るから」

「そ、そうなのか……? まぁ、アレスが言うならそうなんだろうな……」

「んな事よりサイモン、冒険者について教えてくれよ。俺はそこら辺の事情に疎くてな」

「おっ、いいぜ。カイネスのことぶっ飛ばしてくれた礼だ、俺が知ってることだったらなんでも教えてやるよ!」


 そのまま二人はしょげてるアーデルハイトを放置して、和気藹々わきあいあいと話し始めた。

 これがアレスが王都に来てから初めてできた、人間の友人なのであった。

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