フォレスティエ王国④

 アーデルハイトは事の経緯を国王に説明する。

 魔植ましょくの森への侵入はそもそもが国王の命令だったので簡略に。そこからジャイアントウルフとの遭遇、アレスに助けて貰ったが森に被害を出してしまった事、そしてそれらを受けて亜人族の住まう里に立ち入った事を説明した。

 これは、人間達に亜人族が生き延びている事の証明になってしまいはするが、ラズリアやアレスにとっては人間達への牽制の意味もある。

 まず、精霊の存在。人間はそもそも、精霊を物語上にしか登場しない架空の生物という認識をしているので、どれ程の力を持ち得ているのかを知らない未知の脅威としての恐怖の植え付け。それに加えて始祖カルロスはラズリアに対して恩があるという手の出しにくさ。

 そして、ジャイアントウルフをいとも容易く屠った実力を持つアレスの存在。

 そして、アーデルハイトはごく一部しか見ていないものの、亜人族の規模感の説明。

 これらを材料に、人間達に対して貴様らは分が悪いぞ、という牽制になっているのだ。


「……あい分かった。ラズリア殿の願いは後として、先んじては魔植の森の賠償についてというわけだな」

『そうですね。私達としては、賠償金の請求はしません。財などあっても使う場所がありませんからね。せいぜい鋳潰して再利用するくらいです。そこで、私達は人間――フォレスティエ王国に、魔植の森への不可侵条約の締結を要求します』


 またしても広間が騒つく。

 魔植の森への不可侵条約。相互に領土権の尊重――つまりは侵略行為を行わない事を約束し、条約によって明文化するという事。

 だが、ここまでは良いだろう。不可侵条約の厄介な部分は別にある。

 片方の、今回の場合は仮に魔植の森がフォレスティエ王国とは別の国と争いをした場合、フォレスティエ王国はその他の国への援助をする事が出来なくなる。もし援助してしまった場合、条約違反となるのだ。

 戦争に際し、味方をつける。これこそが今回のラズリアの目的だった。


「不可侵条約、であるか……流石に条約となると、すぐに返事はできかねる。まずは文書にて条約内容の確認をした後に、考える時間を頂けないだろうか」

『えぇ、その程度であればいくらでも。精霊は気が長いですからね。答えが出るまで待ちましょう』

「母上、答えが出る間は俺達はどのようにしていればよいのでしょうか」


 アレスのふとした疑問だが、当然抱くべき疑問でもある。

 人間側が答えを出すまでの間、森に帰るのかはたまた王都で過ごすのか。人間嫌いのアレスにとっては、王都で過ごすのは極力避けたい事であった。


『そうですね……もし森に帰ったとして、人間達は森までつくのに約二日といったところでしょうか。そして森から里へも約二日。いくら精霊の気が長いとは言えど、答えはすぐに聞きたいものです。私としては答えを聞き次第即時に決めたい事なので、この王都で過ごすしかないでしょう。国王よ、その間の衣食住の用意をお願いできるかしら』


 アレスは顔面蒼白。いくら母であろうと殴ってやろうか、とでも言うように拳を握りしめていた。


「あぁ、もちろんだとも。貴女らはこの国の要人、この城にある来客室を使うとよい」

『では後ほど、条約内容をしたためた文書を渡しますね。ではこれで』

「うむ。アーデルハイト、客人を案内するのだ」

「はっ!」


 アレス達は謁見の間を後にし、アーデルハイトの案内のもと来客室へと通された。

 来客室も謁見の間同様に豪華絢爛。やはりキラキラと眩しいデザインに、アレスは顔をしかめる。


「なぜこの城は至る所がこうも目が痛くなるような装飾なんだよ」

「前王の趣味です……」


 アレスの悪態に、アーデルハイトは目を逸らしながら答える。

 アーデルハイトもその実は城の装飾について思うところがある。

 しかしながら、現国王もこの装飾を気に入ってしまっているので、どうにもできないのが現実なのであった。


「それと母上、俺はもう森に帰ってもいいですよね? 条約については母上だけで大丈夫そうですし、俺は必要ないのでは」

『アレスちゃん、それはダメよ。貴方が人間嫌いなのは十分理解しているけど、もう少し相手のことを知らないと。だから、条約が締結するまではここに住むこと。いいわね?』

「チッ! ……はぁ、分かりましたよ。確かに俺は人間について知らなすぎる。良い機会と思って勉強させて貰いますよ。いざって時に役に立つだろうしそれに――らないという事は、罪ですからね」


 ――識らないという事は、罪である。

 これはラズリアがアレスによく言い聞かせていた言葉だ。

 意味としては極めて簡単な事。問題に直面した際、識っていれば切り抜ける事は容易だが、識らなければどうにもできない。それ故に罪である、という事だ。

 もしアレス一人に対して人間が大勢で襲ってきたら? 軍事兵器を使ってきたら? 暗殺されそうになったら? これら全ては人間を識る事で大半は対応する事が可能だろう。

 アレスとしては人間と関わりたくはない。しかしながら、いざという時に備えておく必要はあるのだ。なにせ、人間は過去に亜人達を非道に扱っていたのだから。亜人の住む里の住人として、知識をつけておくに越した事はない。


『フフッ、流石は私の息子です。でも、母親に舌打ちはいけませんよ? ……さぁ、アレス。人間に

「……御意。せいぜい頑張ってみますよ、母上」


 アレスはラズリアの物言いに少し呆れながらも返事をする。


(母上は、興味を持ちなさいと仰った。俺はまず、識る事よりも興味を持つ事のほうが先のようだな)


 アレスは溜息を吐きながら思う、厄介な事に巻き込まれたものだ、と。


『アーデルハイト、アレスちゃんへのこの国の案内は貴方に任せます。見せたいもの、連れて行きたい場所。好きなようにしなさい』

「えっ、私っ⁉」

『返事は?』

「うぅ……承知しました……」


 アーデルハイトは涙目を浮かべながら思う、厄介な事に巻き込まれてしまった、魔植の森になんて行くんじゃなかった、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る