フォレスティエ王国③

 王都は円形状に囲まれた壁の中に築かれている。

 中央には目印となるような大きく碑石がそびえ立っており、この王都の観光名所となっている。

 商業と軍事が盛んな都であり、馬車と軍馬の往来が激しい。それら用の道路を設置するなどのインフラ整備も整っており、国として力を入れていると誰が見ても分かるだろう。

 往来はそこかしこに人、人、人。めまぐるしいまでに入れ替わり立ち代わり、様々な人が行き来する。

 アレス達が正門から入り真っ先に通る大通りでは出店も大賑わいで王都の住人は皆笑顔を絶やすことなく、幸せそうに生活していた。


「この人間の量は、いつもなのか」

「えぇ、そうですよ。……とはいえ、今日は休日なので平日と比べ人は多いと思いますが、休日はこの量が普通ですね」

「そうか……な」


 アーデルハイトはぎょっとしながらアレスを見る。

 アレスは心底怨めしそうに往来の人々を見ている。まるで、今にも大量虐殺でもしてしまいそうな顔つきだ。

 何とかして、話を逸らさねば。そう思うアーデルハイト。


「ア、アレス殿! この都は商業と軍事が盛んですので、よければ訓練施設など見て行きませんか?」

「行くわけがねぇだろ。さっさと国王のもとに連れていけ。母上と俺を国王に会わせたくないのか?」

「そ、そんな事は……っ! 少しでも、我が国を良く思って頂こうと……」


 アーデルハイトの言っていることは本心だ。人間を嫌うアレスとラズリアに、人間の国を見てもらい良い印象を持ってもらいたいと思ったのだ。

 しかしながらアーデルハイトは浅はかだ。深く考えず、焦った状態では良い判断なんてできるはずもなく。

 そもそもこの王都で盛んなのは商業と軍事。そしてアーデルハイトはあろうことか軍事施設を見てもらおうとしたのだ。過去に、人間が亜人族に対して行った蛮行を考えることなく。

 きっと、軍事施設を見たアレスとラズリアはこう思う事だろう。あぁ、人間は生き残った亜人達をまた虐殺するためにこの軍事施設を作ったのだろう、と。

 運のよい事に、というべきかアレスは人間の国に興味が無かったのでその事態が訪れる事は無かった。


「で、ではついてきてください。城に案内します」


 アレスと姿を消したラズリアは、アーデルハイト案内のもと、人込みをかき分けながら王城を目指した。


 王城へと到着した三人は、真っ先に国王のもとへ向かった。

 突然の謁見だったにも関わらず通ったのはアーデルハイトが国王の娘だからだろう。

 三人が通された謁見の間は、豪華絢爛ごうかけんらん。金銀で装飾されたその広間は、財にものを言わせた見栄えばかり重視した見てくれ。アレスとラズリアは思う、実に下品である、と。

 王座には国王、その傍らには大臣や近衛兵が数人。急な謁見だったがこんなにも集まった事に、アレス達は少し驚く。


「父上、只今戻りました」


 アーデルハイトは床に膝をつけ、最敬礼をする。

 横にいるアレスは当然のように最敬礼などしない。仁王立ちで腕を組んでいる始末だ。


「うむ。アーデルハイトよ、無事に戻った事嬉しく思うぞ。……して、その男は」

「彼は魔植ましょくの森に住まう先住人、アレス=エスターライヒです。そして……」


 アーデルハイトの合図で、ラズリアは光を発しながら再臨する。

 その光景に、国王は王座から立ち上がり、そして近衛兵たちは武器を抜き放ち警戒態勢を取る。大臣達に至っては背を向け今にも逃げてしまいそうだった。


「なっ……何事だっ!」

『人間達よ、久方ぶりですね。私はラズリア=レオノール=エスターライヒ。今から約六五〇年前、カルロス=フォン=フォレスティエを導いた精霊です』


 ラズリアは表情柔らかに、聖母のような温かさを感じさせるように国王へと言う。

 広間にいるアレス達三人以外の者達は、ラズリアの登場に口を開けて呆けてしまっていた。

 それも当然だろう。物語上でしか語られていなかった精霊が目の前にいるのだから。


『カルロスの子孫よ、答えなさい。かの王より口伝は、今世まで伝わっているか』


 今度は少し威圧を込めて国王に言うラズリア。

 カルロスの名を聞き何か合点がいったのか、立ち上がったままの体を深く王座につけ、口を開いた。


「……お初にお目にかかる、精霊ラズリアよ。余はハビエル=フォン=フォレスティエ。フォレスティエ王国現国王である。ラズリア殿の言う通り口伝は伝わっておる。だが、今世まで一文字も違わずに伝わっている確証は無いぞ」

『えぇ、そんな事は分かっている。さぁ、人の子よ。聞かせてみなさい』


 国王ハビエルは一度息を整えると、言葉を紡ぎ始めた。


「かの始祖は、このように仰った。『以下の内容は他言無用。次代国王のみに口伝せよ。いずれ顕現せし精霊ラズリアの願いを聞き入れよ。かの精霊はカルロスの恩人であり、恩師である』と」

『ほぅ……』


 案外にもしっかりと伝わっていた口伝に驚きを隠せないラズリア。

 アレスも正直、驚いていた。所詮は人間だ、いくら国の始祖とはいえ、後代の王は自分の都合のいいように口伝の内容をすり替えているものだと思っていた。


「この口伝の通りなのであれば、余はラズリア殿の願いを何が何でも叶える必要がある。まずはこの口伝、間違いないかの確認をしたい」

『えぇ、間違いありません。カルロスは、私の願いを後世に伝えてくれたのですね。師として嬉しい限りです』


 広間が騒つく。

 この反応を見るからに、国王は口伝を守り、他の者には伝えなかったという事がわかる。


「……して、ラズリア殿は余に願いを伝えに来た、という事で良いか?」

『ここで私の願いを言っても構いませんが……ひとまずはアーデルハイト。貴方が我が森に侵入した経緯と私達をここに連れて来た経緯、これらを説明しなさい』

「は、はい……」


 そこからアーデルハイトは国王に事の経緯を説明した。

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