フォレスティエ王国②

 昼過ぎには王都手前に到着したアレス、ラズリア、アーデルハイトは丘から王都を一望していた。


「結構広いんだなぁ」

『へぇ、ここが。カルロスの子孫達はそれなりに頑張ったのですね』

「……」


 二人は王都についての感想を言っているが、アーデルハイトは無言――いや、白目をむいて伸びていた。

 アーデルハイトはアレスに抱えられてから最初の内は赤面しながら騒ぎ立てていたが、それも三十分もしない間に自分のおかれた状況――超高速で進んでいる事を冷静に考えだし、もしアレスが手を滑らせて落下してしまえば人間ミンチがいとも簡単に出来上がってしまうという事に気付き、赤かった顔を青く染め静かにアレスに身を任せていた。

 さて、そんな緊張感の続く状態が数時間続いた場合、人間はどうなるだろうか? 簡単である、白目をむいて気絶するのだ。人間はそもそも精神的ストレスに弱い生き物だ。精神負荷に対する訓練をある程度こなしてきた人間ですら根を上げる状況を数時間もの長い間。騎士として過酷な訓練を乗り越えてきたアーデルハイトですら気絶してしまうのは当然の事だった。


『アーデルハイトが起きたら行きましょうか。アレスちゃんもこれ程の距離の移動は初めてで疲れているでしょう?』

「いえ、この程度の距離、何とも無いですよ。女騎士がそれなりに重かったのでよい訓練になったとさえ思っています」


 アレスはそう言うが、アーデルハイトの体重は約六十キロ、それに甲冑と大剣も合わせて合計で軽く百キロは超えるだろう。それをよい訓練になった、と言っているのだ。


『ふふっ、あんなに小さかったアレスちゃんも強くなりましたね。母は嬉しく思いますよ』

「母上を背負ってここまで来ても良かったかもしれませんね」

『何を言っているの、私達精霊は体重なんて無いのだから訓練にすらならないでしょう?』


 精霊には、質量という概念が無い。それもそのはず、精霊は魔力エーテルの塊、魔力体エーテルフォントだ。つまり、大気中に漂う空気と同等。

 精霊以外の魔力体には妖精があげられる。精霊と妖精は似て非なるものであると考える者が多い――人間は空想上の生き物と思っている――が、生物として精霊も妖精も同じである。そもそも、妖精が成長したものが精霊だ。

 どのようにして妖精が精霊に成長するかは精霊間での秘匿であり、アレスですら知らない。


「う、うぅん……あれ、私なんで……?」


 アーデルハイトが目を覚ます。


「起きたか、女騎士。もう王都は目と鼻の先だぞ」


 アレスは王都を指さしながら言う。

 アーデルハイトは眼下に広がる光景を見て、驚愕する。


「なっ⁉ い、いつの間に王都にっ⁉」

「貴様が寝ている間にな。さぁ、立て。行くぞ」

「は、はいっ!」


 三人は王都に向けて歩き出した。


 王都の入り口までやってくると、正門前には長蛇の列が出来上がっていた。商人や冒険者など一般人の王都内に入ろうとする者の審査列だ。

 アレスはその列を見て、しかめっ面をしていた。


「……なんだこの列は。まさか、並ぶとか言わないよな」

「えぇ、大丈夫です。私はこの国の王女ですよ! 顔パスですっ!」

「じゃあさっさとしてくれ」


 盛大にドヤ顔をブチかますアーデルハイトを無視し、アレスは言う。

 アーデルハイトはアレスの反応を見て「分かっていましたよ……」と小声で呟き、衛兵の元へと歩み寄る。


「そこの者、少しいいだろうか」

「ん、なんだ……って、ア、アーデルハイト様っ⁉」


 衛兵は一般人が列に対する文句でも言ってきたのかと思い面倒臭そうに対応したかと思うと、アーデルハイトと気付き背筋を伸ばす。


「入っても良いだろうか? 他にも同行者がいるのだが」

「も、もちろんですっ!」

「そうか、感謝する」


 アーデルハイトは話がついたので、アレスに向かい手を振ってこちらに来るように促すが、周りをキョロキョロと見渡し始めた。


「どうした、女騎士」

「あの、ラズリア様の姿が……どちらに行かれたのでしょうか」


 確かに、どこをみてもラズリアの姿は見当たらない。

 それもそのはず――


「母上は精霊だぞ。こんな所で姿を出すわけがないだろうが。正門に来る手前から姿を消していたぞ」

『そうよ。もう少し周りを見る習慣をつけなさいアーデルハイト』

「っ⁉」


 アーデルハイトは空虚からラズリアの声が聞こえて驚愕する。


「見えなくてもいるんだよ」

「な、なるほど……」


 アーデルハイトは納得したように頷く。


「それでは参りましょう。ラズリア様、アレス殿。ようこそ、フォレスティア王国王都へ!」


 こうして三人は、王都へと踏み入れるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る