フォレスティエ王国①

 アレス、ラズリア、アーデルハイトが里を出てから数時間。

 東の空は白くなり、もうじき夜明けだろう。


 アレスとラズリアのみであれば魔植ましょくの森を抜ける程度であれば三、四時間程度だろうが、今回は人間――アーデルハイトもいるのでペースは相当遅めだ。


「……お二方、も、もう少しペースを、落としてもらえませんか……?」


 肩で息をしながらアーデルハイトは言う。

 昨日の昼間のジャイアントウルフとの戦闘以降、ほぼ休憩無しで動き続きなので疲労が溜まっているのは当然の事だった。


「……何を言っているんだ女騎士。今でさえかなり遅いペースだと言うのに、これ以上落とせと?もうじき日が明けるというのに、更にペースを落とすとなると王都につく頃には日が変わってしまうではないか」


 アレスは呆れながら言う。

 もうじき魔植の森を抜ける事はできるが、森を抜けてすぐが国王のいる王都というわけではない。森を抜けた先はフォレスティエ王国の領地となってはいるが、端も端。そこから王都までは早馬で半日の距離とかなり離れている。

 それをペースを落としてるとは言え日が変わるまでには王都に着くと言うのだ。アーデルハイトはアレスの人間離れした体力に驚愕する。


『ふむ、流石の私もここまで時間がかかるとは思っていませんでしたね。……アレスちゃん、アーデルハイトを背負いなさい。このままではいつまで経っても森すら抜けられませんよ』

「ぐっ……っ! 母上の命とあれば、致し方ありません……」


 アレスは人間を背負うという屈辱を顔を歪ませながら表現させる。

 そして膝に手を付くアーデルハイトに近づき、そのまま前側で抱え込むように持ち上げた。


「ひゃっ⁉ あ、アレス殿っ⁉」


 アーデルハイトは突然持ち上げられたことで高い声を上げる。

 俗に言うお姫様抱っこというやつだろう――いや、アーデルハイトは実際、一国の姫であるからお姫様抱っこは正しい言い方なのかもしれない。


『あら、おんぶでよかったのに。お姫様抱っこというやつでしょう、それは』

「甲冑で背中が痛そうでしたからね。これが最適解かと」

「あ、あわわ……」


 アーデルアイトは赤らめた顔を手で覆っている。

 この世に生を受けて十七年、騎士になって五年。男ばかりの職場ではあったものの、それらしい気配がなかったので男女交際の経験も無く、当然お姫様抱っこなんてもってのほかだ。たとえ意中の殿方でなかろうが乙女の顔をしてしまうのは致し方ないだろう。


「口を開けるな、舌を噛み死ぬぞ」

「え、ちょっ――」


 ――電光石火。まさにこの一言に尽きるだろう。

 アーデルハイトを抱いたアレスは、瞬く間に加速し森を駆け抜ける。


「~~~っ! ~~~~~っ!」

「騒ぐな、数時間我慢しろ」

『さぁアレスちゃん、急ぎましょう』


 瞬く間に魔植の森を抜けた三人は、そのまま野原を駆け抜ける。

 その日の魔植の森から王都にかけての村や街の新聞朝刊に、高速で移動する騎士の記事が載る事を三人は知ることはない。

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