閑話-精霊に拾われた忌み子①

 両親から忌み子として捨てられた赤子を胸に抱き、ラズリアは里へと帰還した。

 まだ深夜だというにも関わらず、里の住人は人間の気配を感じて家から出てきていた。鼻の良い亜人達にとって人間の匂いは嫌悪感を感じるのかもしれない。

 赤子であろうと人間は人間。人間に対して思うところのある亜人達は皆良い顔はしていなかった。


『なっ……母上、そいつは人間……?』


 人間の赤子の存在を察知したのか、ヴィータがラズリアの前に姿を現す。


『えぇ、そうですよ。この赤子はここで育てる事に決めました』

『なっ⁉ 本気か母上! いくらガキだろうと人間は人間だっ!』

『……確かに、人間です。しかしながらこの子は――"忌み子"です』

『っ⁉』


 忌み子と聞き、ヴィータは驚愕の色に顔を染める。

 ――忌み子。生まれながらに身体能力が高く、人間に仇なす権能ギフトを持つ存在。明確な忌み子とする基準は曖昧ではあるものの、生まれた瞬間に親に怪我を負わせるような権能ギフトを発動させてしまえば大半の場合忌み子と認定され、その子を産んだ親は疎まれ、蔑まれる。

 しかしながら、忌み子はあくまでも人間が人間の裁量で決めたただの呼び方に過ぎない。

 そして、その忌み子とは――裏を返してしまえば、人間の脅威たりえる存在になる。上手く育てる事が出来れば、対人間用の兵器とも成り得る、という事だ。


『なるほど……忌み子。こりゃまた面白いガキを拾ってきたもんですね』

『えぇ、どうなるか興味があります。しかしながら、私は赤子を育てた経験がありません。どうしたものでしょうか』

『だったら、エルフに任せりゃ良いんじゃないすかね。エルフはあたしら精霊と違って子を産みますし、長命だから子を育てた経験も豊富でしょうし』


 ヴィータの言う事は一理ある。

 エルフは、長命故に種族柄妊娠率が極めて低く、生涯で子を設けない者もいたりもする。しかしながら、エルフの中で子を産んだ者がいれば、一族総出で育児に取り組む。それ故に子育てに関するノウハウを一族で共有していたりと、エルフは子育てのプロなのである。


『では、エルフ達に任せてしまいましょうか。ヴィータ、エルフ族の族長を呼んできてください』

『はいはい、分かりましたよ……』


 面倒そうに返事をしたヴィータは姿を消し、族長を呼びに行った。


『名前はどうしましょうか。……あぁ、楽しみです。この子は、どのように育つのでしょうか』


 待っている間、ラズリアは赤子の頬を指でなぞりながら誰にも分からないように笑みを浮かべのだった。



 エルフに赤子の子育てを任せてから一週間が経過した。

 その過程で、赤子は何度か権能ギフトを暴走させて部屋を潰したりしていた。


「ラズリア様ぁ、この子の権能ギフトどうにかしてくださいよぉ……」


 赤子の子育てを手伝っていたペトラがラズリアへと愚痴をこぼす。


『確かにこの権能ギフトは厄介ですね。植物であれば何でもよいとはまさに規格外です』


 ラズリアは赤子の持つ権能ギフト――『植物使い』について厄介とは言いつつも満足そうに話す。

 ――『植物使い』。植物に意思を通わせ、思うがままに操る事ができる、という権能ギフトだ。

 言葉で説明を聞くだけでは弱そうに聞こえるだろう。しかしながらこの権能ギフトの神髄は百聞は一見にしかずだった。


 最初に権能ギフトによる被害が出たのは赤子が里に来た初日だった。

 エルフ族がラズリアから事情を聞き引き取ってから、エルフ住居内で揺り籠に乗せ大勢のエルフに周りを囲まれている時だった。

 それまでは寝息を立てていた赤子であったが、大勢に囲まれていたせいか雑音が立ち、起きてしまった。

 起きてすぐに目に映るのは自分より大きい知らない者が複数。そんな状況では怖がるのも当然で、泣き出してしまう。そして、権能ギフトも発動してしまう。

 最初に異変が起こったのは赤子の乗る揺り籠。木製だったその揺り籠は、加工されていえど"植物"だ。

 揺り籠の木製部分は急成長し、部屋に収まらない程に巨大な樹へと変貌する。そして、部屋を壊しながらグングンと成長し続けたのだ。

 これが、最初の権能ギフトによる被害。赤子は泣き出す度に部屋を破壊するのだった。


 そして一週間経った今では赤子の乗る揺り籠は金属製の物へと変更され、部屋も金属製の檻に。赤子の目に見える場所に植物を置かないことでどうにか育児をすることができるようになった。

 しかしながら、それだけでは足りなかったのだ。服の木綿ですら『植物使い』の対象になり得たのだ。


「この里の肌着は全て木綿製ですから、今じゃあの子に近づく時は裸ですよ……」


 ペトラは赤面しながらラズリアに報告する。


『確かに、このままでは些か不便ですね。それに我らの里では金属類は希少品。あの赤子がある程度思考できるまでに大きくなれば使用した金属は鋳潰して再利用は出来ますが、いつになる事やら。……ふふっ、これもまた母の役目でしょう』


 何かを思いついたラズリアは、ヴィータを呼びペトラ含む三人で思いついた事を話し出す。


『ヴィータ、ペトラ。貴方達二人はこの里の中でも私に次いで保有する魔力エーテル量が多いです。そこで、これから話す内容はこの保有魔力エーテル量が多くなければできない事。もちろん危険も伴うので無理にとは言いませんが』

『なんだよ母上……いったい、何をするってんだ?』

「えぇぇ、僕って魔力エーテル多かったんだ……」


 ペトラは自分の魔力エーテルが多いとは知らなかったらしく、驚いていた。


『貴方達には私と共にあの赤子と、≪盟約≫アグリメントをしてもらいます』

『なっ……⁉』


 ヴィータは≪盟約≫アグリメントと聞き驚愕し、一方ペトラは知らないのかのほほんとしている。


≪盟約≫アグリメントとは、契約魔法の最上位です。……契約と言っていますが、簡単に言ってしまうと魔力を通じてあの赤子と仲良くなる、といった感じでしょうか。ヴィータは大丈夫でしょうが、ペトラは魔法使用中の維持が難しいと思うので私が制御します』


 ラズリアは≪盟約≫アグリメントについて簡単に説明する。簡単に、デメリットを除いて。


「ほえぇ、仲良く……うんっ、分かりましたぁ!」

『あ、アホかペトラ! ≪盟約≫アグリメントって言ったらあのガキと命を……生命力マナを共有するって事だぞ! あのガキが死んだら≪盟約≫アグリメントしたやつも死ぬんだ!』

「……えぇっ⁉ 何その変な魔法っ⁉」


 契約魔法の最上位である≪盟約≫アグリメントは術者と生命力マナを共有する。なんとも不完全で非合理的な魔法だ。――という認識をヴィータはしている。


『まだまだですね、ヴィータ。もう少し魔法について学びなさい』

『……んだよ、言いたい事があるならハッキリ言えってんですよ』

≪盟約≫アグリメント生命力マナを共有する、という部分は合っていますよ。そしてヴィータの認識では魔法使用者が死んだら従者も死ぬ、そして従者が死んだら魔法使用者も死ぬ、と思っているのでしょうがそれは違います。≪盟約≫アグリメントはそんな単純な魔法ではありませんよ』

『じゃあ、なんだってんだよ』


 ラズリアは笑みを浮かばせながらこの契約魔法についての説明を続ける。


≪盟約≫アグリメントは契約魔法の最上位です。意思の完全共有を行いながら、≪盟約≫アグリメントに関係する中で一番生命力マナが多い者に依存させる――つまり、今回の場合は私、ヴィータ、ペトラ、そして赤子。この四人の中で最も生命力マナが多い者が死なない限り不死となるのです。そして、今回の場合一番生命力マナが多いのは……赤子なのですよ』

『なんだと⁉』


 ヴィータは声を荒げる。赤子にそんなにも莫大な生命力マナがあるとは思ってもいなかったのだから当然の反応だ。


『あのガキは母上より生命力マナが多いってのか⁉ 信じられねぇ……って、ガキが死んだらあたしらも死ぬって事じゃねぇかっ!』

『ふふふ、なので死なせないように頑張りましょう。ですが、死なせる事無く育て上げる事ができた場合……最強の矛となりえる。どうです、面白いでしょう?』


 ――ゾッとした。ラズリアが、一体何を考えてこの赤子を拾ってきたのかが分からなかったヴィータはラズリアの真意を知り、悪寒が止まらなかった。


『……ハハッ、面白ぇ、やってやろうじゃねぇか!』


 ヴィータの悪寒で震えていた身体は、次第に武者震いへと変わっていく。ヴィータも、この赤子がどのように成長していくのが気になってしまった。もしかしたらラズリアを越える化け物になるやもしれない。そんなの、楽しみでしょうがないじゃないか。


『さて、ヴィータはこの通りやる気ですが、ペトラはどうしますか?』


 先ほどから頭を左右に振りながら「ムムム」と唸りながらラズリア達の会話を聞いていたペトラは完全に会話の内容を理解していないように見える。


「うぅむ……僕は魔法にはあまり詳しくないのでさっきラズリア様が言っていたことの大半は理解できませんでしたよ。でも、その魔法を使う事であの子が思っている事が分かるようになるって事ですよね?」

『えぇ、そうですよ。当然こちらが思っている事も赤子には伝わってしまいますがね』

「では、大丈夫です! あの子のお世話が今よりも楽になるなら喜んでやりますよ!」


 アッサリと承諾するペトラ。よほど赤子を気にかけていたという事が分かる。

 その返事を聞きラズリアは満足そうに頷く。


『では、さっそく実行しましょうか。行きますよ、二人とも』


 三人は赤子の居る金属の檻の中へと入っていった。

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