大樹の大聖堂②

 フェルはバッグから飛び出ると大聖堂を後にした。

 そんなフェルを見て、ヴィータは怪訝な顔をする。


『……おいアレス、フェルをどこに飛ばした』

「ペトラを呼びに行かせた」

『おいゴルァアレス、なにしてくれてんだ』

『あらあら、やっぱりアレスちゃんはしっかり優先順位が分かってる良い子ね』


 ぎゃあぎゃあと騒ぐアレス達を見て、アーデルハイトはもはや物語上の精霊なんて信じないぞと膝を丸め、頭を抱えながら思い至る。そしてもうどうでもいいや、と吹っ切れてまでいた。


「……ァレスくぅーんっ!」

「えぇ、今度は何か聞こえるぅ……なにぃ……」


 アーデルハイトは顔を上げ、声のする方向を見る。

 大聖堂のドアについた窓からチラリと人影が見える。

 その人影は、土煙を上げながら大樹に向けて走ってきていた。


「ひっ! 何か来るっ!」


 怯えたような声を聞き、大聖堂内にいた精霊達とアレスはアーデルハイトが見ている方向を目で追う。


『うわぁ、アイツもう来やがったのかよ』

「ヴィータ姉さん、ペトラは脚が速いからすぐ来るんだ。知ってるだろ」


 ヴィータは人影をみると途端に嫌そうな顔をしだす。

 ラズリアに至ってはクスクスと面白そうに笑っている始末だ。

 そしてその人影は大聖堂のドアを勢いよく開けると、アレスに向かって突撃し熱烈な抱擁をする。

 勢いが強かったのか、アレスは抱擁を受け少し後ろに後ずさってしまう。


「アレスくんっ! フェルから聞いたよ僕に何か用があるんだよね、やった、君が僕に頼ってくれるなんて嬉しいなぁっ! 君のお願いだったら何でも聞くよっ!」

「今度はエルフだ……」


 心無しかアーデルハイトが憔悴しているように見える。驚きの連続で疲れ切っているのだろう。もはや以前まであった騎士としての立ち居振る舞いは見る影もない。

 ペトラは碧銀の髪を振り乱しながら、アレスの胸元に顔をうずめグリグリと押し付けている。そして、少し控えめな胸も同時に押し付け、全身でアレスの温もりを感じていた。


「はぁぁぁぁぁ……アレスくんいい匂いあったかいホントに、しゅきぃ……」

「あ、あぁ。確かにペトラに用があったんだ……って、フェルはどうした? 呼びに行ってくれたはずだが」

「フェルなら話ばっかりでつまんない、って家に帰ったよ!」

「あいつ……」


 確かにフェルにとってこの話はつまらなさを感じるのは致し方ないだろう。

 自由と気まぐれを愛する妖精は一言で言ってしまうと気分屋だ。興味が向けば何でもやるが、気が乗らなければ姿を消してしまう。それが妖精という生き物だ。


「それでっ! アレスくんは僕に何を頼みたいんだい?」

「あぁそれは――」


 アレスはヴィータと共に里の守護を任せたい旨を簡潔に伝える。

 聞き終わるとヴィータ同様に誰が見ても嫌と分かる顔をする。性格こそ違えど、やはりどこか似ている部分を感じさせる。


「だからさっきから腐れ火蜥蜴がいたんですね。あぁ嫌だ嫌だ。コゲ臭くてたまったものじゃないよ」

『んだと軟弱白モヤシ! もういっぺん言ってみやがれ!』


 ペトラとヴィータはさっそく口喧嘩を始めた。

 口喧嘩が始まってもペトラはアレスを抱きしめたままだ。アレスは耳元で騒がれて耳を抑えている。


「姉さん、ペトラ、落ち着いて。いくら嫌がってもこれは母上の命令なんだから従う事」

『そうですよ二人とも。これは私からの命令です。私とアレスがいない間、里の守護を頼みましたよ』


 今にも嚙みつきそうな勢いだった二人は、ラズリアの口から直接"命令"と聞いて黙る。


『ヴィータ、ペトラ。里を頼みますよ。では、人間よ』

「は、はいっ!」


 アーデルハイトは突然話を振られ驚愕する。


『フォレスティエ王国国王のもとへ行くぞ。今行けば明け方には王都に着くであろう』

「い、今からですかっ⁉」


 外はもう日も落ち夜の帳が下りている。こんな状況で森に入れば魔物の餌食となる事は明確であろう。

 しかしながらこの場にいるアーデルハイト以外の者はそんな事を思っていない。それも当然だ、ラズリアとアレスがいるのだから魔物など脅威にすらならないからだ。夜であろうが昼であろうが、二人にとって魔植の森は庭も同然なのである。


「いってらっしゃい、アレスくん。僕は君の帰りを待ってるからね」

「あぁ、いってきますペトラ。ヴィータ姉さんと喧嘩しないようにね」


 アレスはずっと抱き着かれたままだったペトラへ、頬に挨拶のキスをして離れる。

 キスをされた事でキャーキャーと騒いでいるペトラを背後に感じながら大聖堂を出る。


 アレス、ラズリアはフォレスティエ王国に向けて歩みだす。それに少し遅れる形でアーデルハイトが付いてくる。

 ラズリアは久しぶりの息子との遠出に胸を躍らせているのか笑顔を絶やすことは無い。対してアレスは苦笑いを浮かべつつも、母と一緒でどこか嬉しそうだ。そしてアーデルハイトは――言うまでもなく顔面蒼白だ。

 過去の王を育てた精霊と両親に捨てられた忌み子と現王国王女の、奇妙な旅が始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る