大樹の大聖堂①
ラズリアの昔話――カルロスとの出会いから別れまでの話を聞き、アーデルハイトは驚愕する。
「ま、まさか始祖のお師匠様だったとは……」
「この話は初めて聞きましたが、まさか一国の王を育て上げるとは。流石は母上ですね」
『ふふっ、カルロスはそれなりに見込みのある人間でしたね。……だが、見込みのあった人間はカルロスのみ。その後の人間は私にただただ嫌悪感を与えるのみであった』
ラズリアはアーデルハイトを睨みつけながら言う。
アーデルハイトは鋭い眼光に気圧され、半歩身を引く。冷や汗が止まらず、甲冑の下は汗で濡れ、冷え切っている。
『……とはいえ、貴様はカルロスの子孫だ。今一度国に訪れるのも一興やもしれぬな』
「……それは、フォレスティエ王国国王に謁見する、ということで……?」
『そうだ。口伝が今世まで伝わっているのであれば大事無いであろう』
アーデルハイトは口伝については国王から聞き及んでいない。
それは当然である。過去にラズリアとカルロスの間に取り交わされた約束は、国王から次代国王への口伝のみ。たとえ子であろうと後継者でない限りは伝えられるはずがない。
そして、その口伝が今世まで伝わっている保証は無い。伝える間もなく国王が崩御してしまえばこの口伝は途絶えてしまう。
アーデルハイトは少しの間考えこむと、口を開いた。
「……分かりました、では一度国に帰還し、国王にラズリア様が訪れる旨を――」
『いいや、それでは時間が掛かる。今すぐに出るぞ』
言葉を途中で遮られたアーデルハイトは開いた口を塞ぐことができずにいた。
アポイントメント無しでの国王への謁見。前代未聞である。常識もへったくれもあったものではない――いいや、精霊相手であれば当然なのかもしれない。
「母上、行ってらっしゃいませ。母上不在の間、里については俺にお任せください」
『あら、何を言ってるのアレスちゃん? ママと一緒にお出かけよ!』
「……は? な、何を仰っているのですか母上! 俺と母上が不在となると、誰がこの里を守るのですかっ!」
アレスは声を荒げる。里の守りもそうだが、それ以前に人間の国に行くなんてアレスにとって拷問であった。
しかしながら、この里に住む者にとってラズリアの決定は絶対。アレスはどんなに嫌であろうが、拒否権は無いのである。
『里の守護ならヴィータに任せればいいじゃないの。……ヴィータ"来なさい"』
ラズリアが
紅葉色の髪を長く乱雑に切り揃え、服装もどこか適当に気崩しているその様は、気怠さを感じさせる。
『何か用すか、母上。あたし今、昼寝してたんすけど』
「……ヴィータ姉さん、もう夕方だよ。昼寝にはいささか遅すぎる」
大きな伸びと欠伸をしながら面倒臭そうに答えるヴィータ。
アレスは片手で顔を覆いながら溜息を付く。この怠惰な姉に思うところがあるのだろう。
『ヴィータ、これから少しの間私とアレスはこの地を離れます。その間、里を頼みますよ』
『げっ、そういう事かよ。何であたしなんだよ、そういう面倒事はエルフの野郎に任せりゃいいだろうがよ!』
ヴィータは面倒事を好まない。里の守護なんて常に探知魔法を張り巡らせるような事はしたくなかったのだ。
――エルフ。人型の亜人で、森と親和性の長い長命種。魔法の扱いに長け、弓の扱いを得意とする種族である。
里は四方を森で囲まれているので森に理解が深いエルフであればその能力を遺憾なく発揮することで里の守護は容易であろう。ヴィータの言う事は一理あるということだ。
「……姉さん、確かにエルフであれば異変の察知の点に於いては良いだろうけど俺と母上を除けば姉さんが一番強いんだ。有事の際は姉さんが対応しなきゃになるでしょ」
「また、精霊……何体いるの、もう嫌……」
またしても精霊の登場にアーデルハイトは肩を落とす。こうもポンポンと物語上でしか存在を語られていなかった不可思議な生物が登場してしまうと、パニックを起こしてしまっても致し方なしだろう。
『ヴィータ、一人が面倒なのであればエルフと共に守護を担いなさい。ペトラにでも声を掛けて協力してもらいなさい』
『げっ、ペトラかよ……』
ペトラは里に住むエルフの中でも一、二を争う弓の名手だ。それが故に里の警護をする事が多かったのだが、警護につく度にヴィータと喧嘩をしている。ヴィータはガサツで面倒臭がり、対してペトラは真面目な優等生。真逆な性格だから馬が合わないのだろう。
「フェル、起きてるか」
アレスは肩下げバッグをトントンと叩き、フェルの様子を確認する。
『……なぁにー?』
寝ていたがバッグを叩かれて起きた、といった感じだろう。
フェルはバッグから寝惚け眼を擦りながら顔を出す。
「寝てたのに悪いな。ペトラを呼んできてもらえるか」
『ん、了解! いってきまぁす』
フェルはバッグから飛び出ると大聖堂を後にした。
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