許諾を得たら

「それで、了承したって言うの?嘘でしょう?」


黒曜漆は俺の言った言葉に対して心底信じられないと言った様子だった。

かくいう俺も決して信じられない、この廻業が一体、何を考えているのか、俺は理解し難いと思っている。


「それはいい…さっさと、その廻業を見つけて、宝玉化して貰えればそれで良い…その廻業は今、何処に居るんだ?」


俺が寝転んでいる黒曜漆に聞いた。

彼女は目を瞑り、どう言えば良いものか模索した末に言う。


「知らない」


…拍子抜けする。

おい、知らないってなんだよ、知らないって。


「お前、知っている様な口ぶりだったろ?どうして知らないんだよ」


俺が問い詰めると、彼女は眉を顰めてムッとした表情をした。


「知らないものは知らないわ、少なくとも、元居た居場所は知ってたの、だけど、其処から逃げられたから、分からないのよ」


其処から逃げられたって…。

元々、その廻業の居場所は知っていたけど、その廻業が別の場所へと逃げたから、その後の行方が分からなくなったって事か。


「…じゃあ、何処を探せば良いんだよ、長期化するつもりは無いぞ…」


ただでさえ、妃紗愛が天麗妃と契約して、肉体が剥がれるまでは天麗妃が肉体の所有権であると言う契約なのだ。

このまま、見つからなければ天麗妃が、妃紗愛の体の所有権を奪い続ける事になってしまう。


「だけど、外神人外を匿っている人物は知っている、その組織も、…猩々が属する組織、其処に外神人外は存在するわ」


…猩々。

それって、俺が倒した奴の事か?


「猩々の組織は、荷物を奪っていたらしいわね、その中身、確か薬だったかしら、ねぇ、幽玄」


俺の近くで肩に手を回していた無幽玄がゆっくりと俺から長い腕を離す。

そして、パーカーコートのポケットから、一本の、単三電池程のサイズをしたシリンダーを取り出す。


「あぁ、猩々を追っていた時に、クラブで見つけたぜ、これだ」


そう言って、そのシリンダーを黒曜漆に向けて投げる。

それを手を伸ばして受け取る黒曜漆は、その中身をマジマジと見つめていた。


「クラブ…?」


クラブって確か、妃紗愛が連れ去られた場所、だったか。

あそこで、薬を打たれたんだっけか、それで、妃紗愛が天麗妃になってしまったんだ。


「あぁ?言って無かったか?俺は猩々を探ってたんだよ、と言うよりかは、猩々の後ろにいる組織を追ってたワケだが…まあ、その後、お前が猩々を殺したからなぁ」


それ程までに、猩々って言う奴は重要なポジションだったのか。

もしかして、いや、もしかしなくても、俺は折角出て来た尻尾を無理やり切断して逃がしてしまったのではないのか?


「ふぅん…なる程、この薬」


黒曜漆はシリンダーの中身を確認して納得していた。


「そう言えば、…それを持っていた奴が、妹に使ってやるって言ってたな、…危ない薬、じゃないよな?」


覚せい剤とか、そういう類のものでは無いのだろうか。

それを使ったお陰で、妹が廻業の魂を覚醒させてしまったが、そういう意味での覚醒剤、とかなのかも知れない。


「うーん…ねえ、貴方はこの薬、なんだと思う?」


黒曜漆は、人差し指と親指で、シリンダーの端を摘まみながら俺に見せつける。

黒くて、見るからにドロドロとしたヘドロの様な液体、体に注入された所で健康に良い筈も無い。

確実な毒ではあるが、それを突き刺して、中身を肉体に流し込まれたからこそ、妃紗愛は覚醒してしまった。

と言う事は、その薬の中身は…。


「なんだと思うって…そりゃ、転生者になる薬、だろ?…それは」


と言うかそれしかありえない。

でなければ、妹がどうやって廻業を目覚めさせたか、と言う事になる。

黒曜漆は曖昧な頷きをして答える。


「まあ、総合的に見れば、転生者になる薬である事に間違いはないわ、そもそも転生者は、己の魂の一部…魂の先住民と言い換えても良いわ、人が転生者になる為には、死を経験しなければならないの」


死…。

そうだよな、転生者は、死んだ事で肉体から魂が乖離し、新しい肉体に定着した状態で自我を保つ事で生まれる。

その工程には必ず、死がつきものである事は分かっているが、…。


「つまり、この薬の中身は致死薬よ、肉体の生命活動の停止と開始を交互に行わせる毒薬」


そして、予想の斜め上の解答が降って来て俺は思わず声を荒げてしまう。


「は、はあ?!そ、んな事したら、死ぬだろッ」


生命活動の停止と開始を交互にって、生き返ったり死に還ったりするってワケだろ。

そんな事をしたら、肉体に影響が及ぶに決まっている、そんな危ないものを、どうやって使うって言うんだ。


「だから、死ぬ事が目的なの、心臓の停止、脳の停止、人間として生きる為の全ての活動が停止したら、それは死なのよ。人間の生命活動は、ある意味魂を現世へと繋ぎとめる為の檻でもあるの。その檻が消えてしまえば、人間の肉体、その器から魂が乖離する、昇天してしまうの、けれどこの薬は、死ぬと同時に蘇生を行う治薬でもあるわ」


死と生を延々と繰り返す事で、転生者が生まれるのか?


「死ぬ事で魂を乖離させ、生き返る事で魂を肉体に定着させる、それを交互に繰り返す事で、現世の魂と前世の魂が乖離し始める、魂は形成が崩れ、一つの魂に二つの自我が宿る、そして、前世の魂は死を一度経験している、如何に輪廻の渦に飲み込まれ、魂の穢れを浄化されようが、魂そのものに刻まれた瑕疵ぜんせを拭う事は出来ない…結果、転生者がこの世に誕生する、それがこの薬の原理であり、言ってしまえば、薬品を使わずとも死と蘇生を繰り返せば転生者になる…原理としては、こういう事ね」


原理それは理解出来た。

よく頭に刻み込んださ、でも、その薬は…。


「な…なんて危ないモンを、妃紗愛に使ってやがったんだ、アイツら…」


本当に危ない。

何を考えているのだろうか。

死んで生き返るからと言って、そのまま繰り返したら最終的に死ぬ可能性すらあるだろう。

だと言うのに、そんな薬が普及しているなど、あまりにも危険過ぎる。


「この薬を使って、兵隊を作る組織が存在するんでしょう、猩々はそれを止める為に薬を強奪した、と言った所ね」


そう結論付けて、黒曜漆はシリンダーを指で弾いて無幽玄に渡す。


「さて、この薬を使って、どうにか組織をおびき出せないものかしら」


黒曜漆は考え込んでいる。

この薬は、組織にとって大事なものなのだろう。

ならば、それを使えば、組織の人間を引き摺り出す事か出来る。

ならば…。


「取り敢えず…俺に一つ、考えがあるんだが」


俺は、一つ、自分が考えた事を黒曜漆たちに伝える事にした。


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