新たなものたち

服を着直した無幽玄と俺は廊下を歩く。

其処は何処かのビルの一室であるらしい。

俺たちは長い廊下を歩きながら、目的地へと目指していた。

扉を開けた時、其処は大きな広間だった。

広間の隅には、眠たそうに横になって身を包ませている、先程の犬耳の少女が居た。


「あれが紅一点、戍亥クドリャフカだ、知性が少ないが、まあ可愛い奴だよ」


軽く自己紹介をした後に、俺たちは部屋の中心へと向かっていく。

その部屋の中心にはベッドがあった、キングサイズのベッド、軽く二人組が寝込んでも余裕がある程に大きなベッドであり、そのベッドの上に、一人の女性が寝転んでいる。

髪が長く、ベッドに洪水の様に髪が乱れている、その女性は、真っ白だった、純白で穢れと言う言葉とは無縁な人であり、ベッドの端に頭を向けているので、だらりと後頭部がベッドの端から垂れていた、そしてこちらの方に顔を向ける女性は、真っ黒な目を俺の方に向ける。


「東儀宗十郎、猩々と一戦交えたそうね」


既に俺のことは知っているらしい。


「あんたは?」


俺はその女の名前を知らないから、名前を尋ねる。

すると、彼女は俺の方を見たままに口を開く。


黒曜こくよううるし、情報を与えるつもりは無いけど、廻業カルマンよ」


…先程から聞いていりゃ、良く分からない名前が出てくる。


「猩々ってのはあの男だろ、俺が気絶しているから知らないけど、質問があるが、廻業ってのはなんだ?」


俺の質問に対して、黒曜漆は呼吸をする。

その際に、薄い布地で出来たキャミソールが揺れた、重力によって潰れている胸が上下に動いている。


「カルマン、転生者の名前、そもそも、転生者って言うのが分からないかしら?」


あぁ、そう言われたそうだな。

そもそも、転生者ってのはなんだ、能力者じゃないのか?

そう思っていると、黒曜漆が説明をし出した。



「魂とは死後も存在し続ける唯一半永久を齎す精神物質、人間が死亡した後、その魂は器を無くしたが故に存在を確立出来ず消滅する、けれどその消滅は、虚無ではなく世界からの追放」


まるで別の人格が乗り移ったかの様に喋り出す黒曜漆。


「肉体とは魂を現世に留める為の鎖にして楔でしかなく、消滅した魂は世界から追放された後に、ある異次元へ到達する…」


その話は、この世界の根本とも呼べるものであるらしい。


「ありとあらゆる魂が集う空間、それは人類の魂のみならず獣や自然、物質が破壊せず長年超過する事で生まれる魂も、その空間にて浄化が行われるの」


理解が追いつかないが、それでも理解しようと努力しなければならない。

段々と、俺はとんでもない事に巻き込まれていると思いだした。


人間に魂、獣や、恐らく虫にも魂があると言われると納得はする。

しかし、物質が魂を持つとはどういう事なのか…いや、道具は百年大事にされたら神様が付く、九十九神と呼ばれるものがあるように、長年の経過で魂が生まれると言うのだろうか。


「それこそが『輪廻の渦』と呼ばれるもの、魂に染み着いた人格や記憶を、その渦に削り揉まれる事で魂の浄化が行われるもの、そして、浄化された魂は、六つの世界から連なる無限の一つへと転生する…この世界の事を、私は六道三千世界と呼んでいる、きっと、他の人間もそう呼んでいるわ」


六道三千世界。

無限の一つ…この世界以外にも、世界があるとは。

平行世界、と呼ばれるやつなのか。


「さて、記憶と人格を消された魂には、業だけが残っているわ、生前で犯した悪行、罪を深く傷つけた魂は、その大きさに応じて世界へと転生され尤も重い業は、地獄道、修羅道、餓鬼道の順番に似付かわしい世界へと送られる…無論、業が無くとも、魂は畜生道、人間道、天界道の順番で送られる、…しかし、天界道へ転生する事は滅多に無いわ、多く徳を積んだ所で、転生と言う括りでは生まれ変わる事など出来ないものだから」


それは分かる。

六道輪廻と言う奴だろう。

それが、この世界に本当に関係しているとは知らなかったが…。


「さて、ここからが本題。魂と呼ばれる精神物質には、輪廻の渦に巻き込まれようが、魂の中枢に深く刻み付けられた記憶が残る限り、払拭される事は出来ない、そうなると、その魂は生前の記憶や体験を得た状態で別の世界へと誕生する事になるの、…前世の記憶を持つ人間、転生者と言う名前があるが、この世界では廻業カルマンと呼ばれるわ」


成程、…つまりは、転生者とは、前世の記憶を持ち、人格を持つ者の事なのか。

と言う事は、妹も、廻業と言う事になる。


「彼らは前世の存在を何千年も前から観測して来た、どうにかして、別の世界へと、死を通さずして別世界に戻れぬかを模索した、…そうした過程を踏んだ末に、技術が完成された廻業が前世の力を引き出す異能を使役する事が可能となった。それが、『臨界術儀』。技術を会得した者は、この力を使役する事で前世の能力を使う事が出来る様になったの」


遥か昔からそんな人物が存在していたのか。


「この世界での能力者とは廻業、異能とは『臨界術儀』による前世の力を引き出した産物、政府は、この事実を隠蔽し、廻業を能力者と言い換えた」


知らなかったとは言え、よくもまあ、そんな存在がこの世に存在してバレなかったものだ。

そもそも、何故、その事実を隠蔽をしたのだろうか?


「なんの為にだよ、そんな事をしても、人間がいる限りバレるだろうし、漏れる事だろ」


俺の疑問に、黒曜漆は細い指で口元を覆いながら欠伸をする。


「けど、貴方は知らなかったでしょう?少なくとも、言論統制は出来る程に、この隔離州の政府は優秀と言うわけよ」


それもそうだ。

じゃなければ、そんな危険なものを知らない筈が無い。



一通りの話。

俺の知らない物語を聞かされたようで、なまじ、頭の中では整理がつかない。

だが、噛み砕いて理解する時間は無い、咀嚼をして、言われた事を纏めて理解する他無い。

俺が黒曜漆の言葉を飲み込んだと同時、逆さまに此方を眺めている彼女が別の話題を口にした。


「貴方の妹、東儀妃紗愛、と言ったかしら?彼女の治し方なら知っているわ、と言うか、私の目的は、彼女の治し方と同じですもの」


それは…俺が喉から手が出る程に欲しい内容だった。

俺は思わず足を前に出す、体が前のめりになって、彼女の方に顔を向けた。

そして、彼女の黒い瞳を見たままに、俺は質問を口にした。


「どうやって、妹を元に戻す事が出来るんだ?!」


焦り具合からして、余程切羽詰まっている事が丸見えだった。

俺の言葉に、黒曜漆は慌てるなと言いたげに、手を此方に向けた。

そして、俺が口を閉ざすと、彼女は俺の質問に答えてくれる。


「とある廻業が彼女を治す事が出来る、その男の名前は…外神人外。その男は、肉体に宿る魂を宝玉化する事が出来る力を持つ」


廻業。

薬による治療でも、何かしらの方法で治すワケでもなく。

廻業、転生者の手によって、妹は元に戻ると、黒曜漆は答えてくれる。

しかし、能力、と言う奴か、肉体に宿る魂を宝玉化する事が出来る、とは。

…それが出来た所で、一体、どうなると言うのだろうか。

それを行った所で、妹が元に戻るのか、まるで結びつかない。


「…?そ、それで、どうするって言うんだよ」


例え、魂を宝玉化した所で、妹の意識も共に抜き取られるのではないのだろうか。

黒曜漆が言っていた事を思い出せば、転生者の魂に妹の魂の情報が乗っかっている状態。

その状態で宝玉化すれば、妃紗愛の情報も抜き取られて、抜け殻になってしまうのではないのか、と。


「その宝玉化をした場合、その魂は抜き取られてしまう、けれど、肉体には現世の記憶だけが残されるの魂に宿る人格と、肉体の記憶や精神に宿る人格の内、前者だけが引き抜かれるの、そして魂の役割はあくまでも肉体が得た情報を魂に補完する、つまりはバックアップの様なもの、肉体にも情報を保管する、脳が存在するから、魂を抜き取られても、その肉体に芽生えた人格や記憶が消える事は無いわ」




成程…、だから魂が抜かれても、死ぬことも意識が失われる事は無い、と言うのか。

しかし、俺は、こういう話に疎いが、疑問に思った事は口に出して言う。


「…だけど、話を聞く通り、魂を抜き取られると言う事だろ?そのままの状態で良いのか?」


俺の言葉に、無論、と黒曜漆は頷いて俺に言う。

それは、魂を抜かれた後のデメリットについての話だ。


「…魂を抜かれても、人格も自我も残ったまま、だけど…バックアップが無いと言う事は、死後、輪廻の渦には行かずに、肉体と共に人格と自我は消滅するわ」


…転生者とは、二度目の人生をやり直す事が出来る存在だ。

しかし、それが出来るのはあくまでも魂と言う情報があるから出来る芸当であり、妹にその魂が消えてしまえば…妹は、死んでしまえばそれで終わり、と言う事になる。

肉体と共に、妹の人格と自我は消滅し、二度と復活することは無いと、黒曜漆は言っている。

それは…それは、なんだか、イヤな気持ちになる、本来ならば、二度目の人生など存在しない、一度きりの人生だと割り切っていた。

死後の世界などある筈が無い、だから、この人生を大切に歩むのだと…だが、廻業、転生者と言う存在を知った時、死後、その先にも新しい人生が待っている。

だが…妃紗愛にはそれが無い、この人生で妃紗愛は終わってしまう、そう考えると、虚無感で満たされる。


「現状は、これしか方法が無いわ、…こんな話をしていて悪いけれど、輪廻の渦に飲み込まれてもなお、人格が残っている人間は英傑の類で無ければ有り得ない事、こんな事を言うのはあれだけど、貴方や、妹さんは、輪廻の渦に飲み込まれたらきっと、自我も人格も消えてしまうわ、それ程に、弱弱しい存在だから…記憶も人格も失ってしまえば、先程説明した自我や人格の消滅も、同じ事だと私は思うわ、大事なのは現在、この人生でしょ?…一度切りの人生だと割り切ってしまえば、この話も悪くはないと思うわ」


…そうだな。

俺が大事なのは現在だ。

誰よりも人であるべき道を歩く事が、一番大事な事だ。

俺は賛成する、しかし、俺一人が賛成した所で意味がない。


「この話は、まだ妹にはしてないんだな?」


「当たり前でしょう?…そもそも、転生者を乖離させるって言う話を、転生者本人の前で言うワケないじゃない」


それもそうだ。

だが、俺が決めても意味が無い。

妹にも、その転生者にも、話すべきだ。

それが、人としての正道と言うものだろう。



「この話を、今から妹にしてくるが、良いな?」


俺がそう言うと、初めて女が拍子抜けした表情をして体を起こす。

再び振り向いて、俺の顔を見て指を指した。


「貴方、自分が何を言っているのか分かっているの?張本人に話して、それで了承するワケないでしょう!?」


確かにそれは正論だ。

だが、これで暗黙をする事は筋が違う。


「やるからには正道だ、これだけは譲れない」


そう断言すると、傍で話を聞いていた無幽玄が笑った。

両手で手を叩きながら嬉しそうにしている。


「いいねぇ、特に、馬鹿正直さが実に良い、俺はそういうの、嫌いじゃねえぜ」


そう言って、俺の話に無幽玄は乗ってくれた。

黒曜漆は苦虫を噛み締めた様な渋い表情をしている。


「馬鹿にも程があるわ…本当に、絶対に了承なんてしないでしょ」


と、黒曜漆は呟いていた。



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