転生者同士の戦い

優雅に、キャットウォークをしながら廊下を歩き、俺を無視して妃紗愛は靴を履くと共に外へ出る。一人残された俺は、眩暈にも似た感覚に陥りながらも、外に出る。

既に、外には扉を破壊した音で、多くの住民が顔を出していた。


「なに、爆発?」


そんな事を口にしながら外に出ている人たち。

俺も外に出て、妃紗愛と猩々の元へと向かう。

俺が住んでいたマンションは四層目で、塀から妃紗愛は飛び降りていた。

階段を使って俺も降りる。

…降りた所で一体、何をすると言うのだろうか。

既に、これは能力者たちの戦いと見て良いだろう。

俺が出しゃばった所で、待ち受けているのは、死でしかない。

結果的に見れば、俺は悪魔の様な妃紗愛に救われた。

命の心配をすれば、このまま逃げ出して警察に保護してもらえば良い。

俺は、そんな事を考えながらも、首を振って考えを拭う。


「馬鹿じゃねぇか…俺はッ」


我が身の命を心配する様な人間に育った覚えはない。

命よりも、俺は自分の尊厳を取る。

俺が俺らしくある事、人らしくある事だけが、俺の長所だ。

自分自身を曲げて生きる命を手に入れても、それは生きながら死んでいるに過ぎない。


「やるしかねぇんだ、ならやるしかねぇだろ…ッ」


何よりも、妹を残して逃げるなど出来ない。

俺は、階段を降りながら妃紗愛と猩々の元へと向かっていく。

階段を降り切った所で、妃紗愛と猩々がマンションの前に置かれた駐車場で待機をしていた。

猩々は体に付着した土埃を払っている、律儀に、妃紗愛は猩々の行動を待ち侘びていた。


「まさか、同じ転生者がいるとはな」


猩々はそう言いながら腕を横に向ける。

五指を大きく開き、鉤爪の様に指を曲げる。

その行動は、妃紗愛を攻撃する準備段階に移っていた。


「同じ?オレとお前が?冗談も休み休み言えよザァコ、精々、知性が残る猿の転生者が、国を傾けた女王のオレに敵うワケないだろうが」


妃紗愛の手には鞭が出現している。

細くて長い黒色の鞭、一度放てば、刃の如く鋭い一撃で敵を切断する事が出来る。

軽く鞭を振るう、鞭は細く長く伸びていき、妃紗愛の周囲を覆う様に鞭が蛇の様に蠢いている。


「くたばれよ、視界に映るなゴミカスがァ!!」


鞭の先端が跳ねる、猩々に向けて伸びる鞭の切っ先を、猩々は軽々と掴んで見せた。


「成程、伸びる鞭に、加速度に応じて切断能力を増す武器か、武器を使用する『廻業カルマン』…修羅道の住人か」


「おいおい、初見で受け取ってんじゃねぇぞ、オレの鞭、汚ねぇ手で触ってんじゃねぇ!!」


そう叫ぶと共に、猩々がもう片方の五指を開く。


唯我顕彰ゆいがけんしょう・『餓牙猛申ががもうしん』」


指先が細く鋭く、刃の様な形状に変わると共に、地面を蹴って妃紗愛へと向かう。

その指先が、妃紗愛を狙っていた、確実に油断していた妃紗愛が、それを受ければ…。

そう考えた時、俺は同じ様に地面を蹴った、間に合うかどうかなど関係ない。

妃紗愛を殺される前に、俺がなんとか、あの男を止めなければならない。

殺意を剥き出しにして、俺は突っ込んでいた。


その殺意に、猩々は反応したのだろうか。

一歩手前、妃紗愛に突き刺すよりも前に、俺の方に視線を向けた。

獣染みた反射神経で、俺に向けて鋭い爪を向けると共に、俺の胸元に刃を貫いた。


「ッぐあぁッ!!」


胸元に、猩々の指が深く食い込んでいく。

痛みによって悶える俺は、猩々の手を深く掴んでいた。


「お、れの、いも、うとに、手を出して、みろ…殺すぞ、テメェ!!」


「…貴重な情報源が、この様なカタチで終わるとは…仕方が無い、死ぬ前に薬を使ってやる」


猩々はそう面倒臭そうに言った。

腕を振るうと共に、俺は地面に叩き付けられる。


「がッ…」


体が痛い。

段々と、死が近づいて来る。

怖い、俺は死ぬのか、溢れるばかりの血を見ながら、俺は恐怖を抱く。


「おいおい…せっかく、オレが楽しみに取って置いた獲物を、横取りしやがって…ふざけんじゃねぇぞ、毛むくじゃらのゴミカスが…ッ」


歯軋りをしながら、妃紗愛は怒りに満ちた表情で鞭を振るう。

だが、途端に、妃紗愛は腰が砕ける様に、地面に座ってしまった。

下半身から先が力を無くした様に、動けない妃紗愛は困惑している。


「あ?…なんだこれ、おい、動けよ、クソッ」


そう叫びながら、妃紗愛の片側の目から、涙が一筋流れ出す。

悲哀の感情が、顔から出ていて、その涙に妃紗愛は次第に顔を歪ませる。


「クソ、こんな時に、青臭いメスが、主導権をッ、くそ…」


呼吸が荒い。

その呼吸が俺のものである事を察した。

いよいよ、死に瀕しようとしている、その最中。

涙を流しながら、こちらに近づいて来る、妃紗愛の姿があった。


「お兄ちゃん…おにい、ちゃん…いや、死なないでよ、お願い、お兄ちゃんッ」


妃紗愛、だ。

その表情、声、感情、紛れも無い、妃紗愛が其処に居た。

そうか、あの悪魔が消えたのか?どうして、妃紗愛が元に戻ったのか、それは、分からない。


けど、これでようやく、安心できる。

妃紗愛は元に戻った、真面な人生を歩めるだろう。

俺は此処で死ぬ、死を迎えて命を終わらす。

段々と、意識が遠ざかる、俺は、夢の中へと落ちていく。


文字通り、地獄の様な夢を見る。




空は黒い。

大地は赤い。

空気は灰色。

其処に俺は枷を付けて生きていた。

風と共に人の泣き叫ぶ声が聞こえてくる。

雨の如く降り注ぐ咎人の血。

獄卒から注がれる視線は我が身を晒す太陽の熱の様に。


此処は地獄。

三千世界、あらゆる地獄の中の僅かは小世界。

そこで俺は生きていた、罪を償う為に肉体を突き刺された。

生前の俺は、悪であった。

武器を手に取り、罪のない人間を殺し続けた咎人。


元の世界で殺した死後、俺の魂は地獄へ堕ちた。

罪の浄化の為に、ここで俺は何度も突き刺される。


現世にとっての三百年が、この世界にとっての一夜に過ぎず。

体内から突き破る様に刃が出現し、悶え苦しみ地面を転がれば、周辺に突き出る刀剣が肉体を裂く。

武器と使い悪逆の限りを尽くした者が訪れる、刀の地獄、刀輪処。


此処で俺は、切り刻まれ続ける。

この世界で俺は、死んでも死ねない。

殺されても、刃で殺される限り、俺は何度でも蘇生する。

悪如きが、一度殺されたくらいで罪を償える筈が無い。


何度も続く、斬殺の日々。

気が狂いそうになっても、狂う事さえ許されない。

何百、何千、何万と、罪を償い続ける日々。

それこそが、俺の前世かこの全貌だった。







////////////









猩々とは、俺の名前である。

我々の目的は、とある組織が運んでくる荷物の奪取である。

転生者、我々にとっては、『廻業カルマン』と呼ばれる者たちだ。

現在では、敵対組織が廻業を量産していると言う噂を聞いた。

それは大変、危険な事である、人間とは前世がある。

その前世を引き出す薬を、奪い、我々の組織に加える事が目的であった。


その為に、多くの配達員を襲撃し、箱の中身を奪って来た。

別段、その行為に対して弁明と言うものはない、元々、我々転生者と呼ばれる存在は、この世界の法律に従う事が可笑しいと考えている。

考えても見れば良い、海外で18歳から酒もたばこも良かった外国人が、いきなり小国へと飛ばされて20歳まで酒もたばこも禁止だと言われて、その法律を守る様な奴はいない。

それと同じ様に、我々にとってこの世界の法律を守る道理など無い、人を殺す事すら、厭わないのが、我々である。


だから、配達員を殺す事も造作も無いが、万が一と言うものがある。

殺しはせず、手足を破壊し首を折り、喉と目と舌を潰すくらいに留めて置いた。

そうでもしなければ、我々に襲われたと言われる可能性があったからだ、しかし…今回の配達員襲撃は、当たりであったと同時に外れでもあった。


まさか、当たりの薬を発見したと思えば、部下が俺に攻撃をしてきたのだ。

あまりの唐突な襲撃に、思わず力を使うまでも無く気絶してしまった、その後、目が覚めてみれば…荷物の中身も配達員も部下も居ない。

これは大変な事である、折角、俺の上司に薬を見つけたと報告し終わったのだ、俺の上司は絶対的な王であり、一度口にした言葉を反故にすれば、危険な目に遭うのは紛れも無いこの俺である。


だから、どうにかして薬を回収しなければならなかった。

幸いにも携帯端末があった、部下に位置情報アプリを入れておいた為に、すぐに彼らが居る場所へと向かう事が出来た。

だが、何と言う事だろうか、クラブの中へ入った時、周辺は血に塗れていた、そして、その血が部下である事を知った俺は絶望した。


彼らは転生者で無いにも関わらず、良い行いをしてくれた、その内薬でも使って、転生でもさせてやろうと思ったのだが、ここまでミンチにされてしまえばそれも適わない。

それはそれで仕方が無い、早々に部下の事は諦めて、クスリを回収しようとした、だが、何故か薬が無い。

血に濡れた地面、血が固まった場所に、一つだけ四角形の状態で血に濡れていない部分があった。

それを見て察するに、恐らくは薬の箱が其処に置かれていたのだろう、だが、その薬が其処には無いと言う事は…第三者が奪い取ったと言う事になる。


その内、俺は真っ二つにされた部下の死体を確認、殺されたにしては鋭利な刃物で切断されている、余程、切れ味の良い武器を所持しているのだろうと察する。

そして同時に、彼らを襲ったのは転生者であり、一人である事が分かる。

その証拠に、クラブから出る時、階段には赤い血で出来た靴の痕が残っていた。


俺は早速、自身が持つ技能…この世界では、スキルとも呼ばれている力を発動する。

肉体を獣と同様の性能へと作り替えて、その人間の臭いと血を追う。

人間の臭いだけならば追うのも難しいが、流石に血の臭いはそう簡単に途切れる事は無い。


薬を持ち運んだであろう人間は即座に見つかった。

マンションに住んでいる、クスリをマンションに持ち運んだのだろう。


相手は転生者、出来るだけ不意を突いて奇襲を仕掛ける算段をする。

インターホンを押し、数秒待つ、スキルを使役して肉体を強化させた後に扉を破壊。


そして、転生者と邂逅…したかと思ったが、違った。

血だらけの男だが、その男には転生者としての格を感じ得ない。

しかしよく見た事のある顔だった、それは、今日、捕まえた配達員であった。


その男は貴重な情報源、捕まえてすぐにでも口を割らせたかったが…。

奥から迫る、気迫に視線を奪われた。


俺が知る中でも、上司と同等の力を持つ異質な存在。

その女が即座に転生者である事を理解した。

直後、女による攻撃で吹き飛ばされる、四階から落ちて一階へ落ちる。

常人ならばこれだけで死ぬが、しかし俺は死なない。


久々に、気骨のある戦いが、この女と出来る、そう思っていたが、突如とした殺意に、俺はそちらに腕を向けた。

貴重な情報を持つ男が襲い掛かって来たので、思わず殺してしまった、これは不味い、俺の手持ちにある薬を使役して、イチかバチか、転生者として復活させるか、と思った時。


「が、ぁ、…あああああああああああッ!!」


配達員が叫び出す。

体を仰け反らせて、足の力だけで立ち上がる。

だらりと腕を地面に向けて垂らしている配達員は、ゆっくりと、俺の方に視線を向けた。


「…成程、既に、クスリを使っていたか、…それで、自身の死を以て転生したと言う事か…配達員」


面白い。

手足を潰して動けなくなった所で意識を元に戻してやろう。

そして、万が一素直に情報を吐いたのならば、我々の組織に入れ、て…。


「ああああああッ!!」


不意。

まさか。

たった一瞬。


配達員が俺の前から消えたかと思えば。

後ろに立っていた、配達員の腕からは、一振りの太刀が肉を突き破り飛び出ている。

その太刀を振るい…配達員は、俺を斬ったのだ。

胴体を上半身と下半身へと分ける様に、横一線に裂いた。


成程。

これは、強力な…転生者を、蘇らせてしまったようだ。

そう思い、俺は、素直に絶命する事にした。



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