別の視点と転化した妹

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まったく、笑いが止まらねぇぜ。

猩々とかいう男、こいつが金を払ってくれるってんで、奴の下で部下として働いていたが、これが配達員に奇襲を仕掛けて荷物を襲う事だった。

週に一回、決められた時間で配達をする素人を狙って荷物を奪う。


それだけで20万をポンと簡単にくれちまうんだから、笑いが止まらねぇ。

無論、この金は、自分たちがやった事を公言しない黙秘を込めての値段だ。

言わずとも、こんな犯罪を口にするようなバカはいない、まあ、酒の席なら口も緩くなっちまうだろうけどな。


しかし、羽振りが良いが、あいつはどうにも肌に合わねぇ。

金を払ってくれる雇い主だが、てんで俺たちを信用している素振りはない。

仕事に忠実である事は確かだが、真面目過ぎてこっちの肩が凝っちまう。


何よりも気に食わねぇのは、配達員を襲い荷物を奪うだけだってのに、配達員からは何も奪うなっていう所だ。

どうせ奪うのなら、より多くのものを奪った方が効率も金も良いはずなのに、バカな野郎だ。


だけど、何度も荷物を襲うって事なら、何か特定の、絶対にほしいものがあるって事だ。

俺は、この堅物な猩々が一体、何を欲しているのか気になって仕方がなかった。


そして今日、真面目そうな配達員を襲って、身柄ごと廃工場へやってきた。

指紋認証が必要らしいから、連れてきたが、大切な商品である以上は、それ相応の厳重な警備が行われている。

つまりは、この荷物は余程大切なものなんだろう。


俺は、後輩の二人と共に、いつもの様に荷物の中を開ける。

金髪の頭をしている後輩は、財布を盗んでクレカの情報を聞き出そうと必死だった。

いつもなら咎める猩々だったが、今日はいつもと違う。

荷物の中身を確認した後、その内の一つを持って遠くへと離れやがった。

携帯端末を弄り、女だと叫ぶ色好きな後輩が興奮していて、騒がしくなってきた。

その喧噪から逃れる様に電話に集中してやがった猩々、この喧噪さは俺からすりゃ足音を隠すカモフラージュだ。

騒ぎに乗じて、荷物の中身を見たとき、俺は猩々と決別する事に決めた。


電話をしている猩々の後ろから、俺は近くに置かれた鉄パイプで奴の後頭部を何度も何度も殴ってやった。

血を流して息絶えている猩々を後目に、俺はすぐに持ち場から離れだす。


すると、金髪が荷物から取り出した注射器を、気絶している配達員に射して注射をしてやがった。

面白半分でやっていたらしいが、俺はそいつの頭を殴って諫める。


「なにするんですか、先輩」


頬を膨らませてご立腹な金髪だが可愛くともなんともない。

俺は注射器を取り上げて、その注射器を箱の中に戻す。


「これはな、薬だ、それもただの薬じゃねぇ、人間を能力者に変えちまう薬なのさ」


俺がそういった。

犯罪に手を染めてからというもの、こういった裏社会の道具には滅法目利きが利くようになっていた。

そしてこの注射器の中身に入っているものは、明らかに人間を能力者に変える薬であることを察する。


「これを売りさばきゃ、高値で売れるぞ、そうなりゃ…いつも買ってたヤクを買い占めて、売買も出来る、裏社会を牛耳る事だって簡単だ」


頭の中で、この薬を売り捌いた後の費用を想像して絶頂した。

明らかについている、もしもこの荷物を、待っている人間が警察を呼んでも、その罪は先ほど殺した猩々に擦り付ければ良い。

バッグから箱だけ抜き取って、俺はそれを車の中へと持っていく。


「ちぇ、ヤクじゃないんですか、じゃあ折角、ヤク漬けにしようと思ってたのに」


残念そうにするニット帽子の色ボケ後輩が俺に携帯端末の画面を見せつけてきた。


「ほら、こんなに綺麗なんですよ?ヤらなきゃ損じゃないですか」


写真を見る。

…成程、確かに上玉だ。

ならば、と、俺は注射針を取り出した。


「試用を兼ねて使ってみるか、コレ。薬品の成分上、痛みを無くす麻薬の様な快楽を齎すらしいからな、十分、ヤクとして機能するだろうよ」


「えぇ?でも、使ったら能力者になるんじゃないんですか?」


聡い事を聞いてくる後輩。

だが安心しろ、この薬には効き目が遅い上に、能力者になる確率は約66%。

決して低くない確率だが、効き目が遅いから、全てが終わった後に写真でも撮ってしまえば脅しに使える。

能力を発現させても迂闊に手出しは出来ないだろうよ。


「待ち合わせ場所、前に俺たちが揉めて潰れたクラブ前にしときました」


ニット帽子の後輩がそういった。

隣に座る金髪の後輩が薬を取り出して箱を見ながら聞き返す。


「おいおい、これ、待ち合わせ時間が三時間も先じゃないですか、事故とかなんとか言って今すぐ来てもらいましょうよ」


その言葉に、ニット帽子は鼻で笑う。


「いやいや、あのさぁ、普通に考えて、事故とか起こしたって嘘吐いたら、その嘘信じた場合を考えて見ろよ、教師に言って、早引けしてもらったら、その後、教師が心配して電話をしてくるかも知れないだろうが、こういう女子学院は何かと事件が勃発したら敏感になりやすいんだよ、まして、もしも嘘を吐いていたら、その教師は嘘を見抜けず女子生徒を外に出した事になる、事故とか両親が死んだとかの嘘はバレやすくて警察にも伝わりやすい、そう考えたら待ち合わせの方が良い、数日間消えても事故か事件か判断が付き難いからな」


元々、未成年売春で一度捕まった事のある後輩からの言葉。

犯罪を犯してきちんと使ったからこそ説得力のある言葉だった。


「しかし、明日と明後日は休日、学校は休みだから最低でも二日間はチクられる心配はないですよ」


抜け目の無い後輩に深く脱帽する。

既にコーンが置かれていて、使用禁止となっている駐車場を無断で駐車。

車の中で待機をしていて、俺たちはヤリ終わった後の事を離しながら時間を潰していく。

そうして、目的の時間に差し迫り、しばらくして車がクラブの前に停車した。

車からは、写真で見たよりも、数十倍も可憐な女子校生が車から降りてくる。


「やっべ、マジで良い女じゃねぇか」


興奮してやまない。

長いロングスカートでも分かる尻のデカさ、制服からはちきれんばかりにたわわに実った胸、あれを揉みしだけたら、後は何も要らないと思える程にでかい。


「クラブ前に入れて、その後に注射器射して、ヤレるだけヤルぞ」


俺の命令に野郎共は目を血走らせながら頷いた。

俺も同じように、興奮して止まない。


車から出ると共に、先ずは女に向かって進む。

手には注射器を持って、後輩たちが女を捕まえたと同時に俺は暴れない様に後輩たちに命令する。


口を抑えられて必死になって藻掻く女の首筋に注射器を使って針を突き刺す。

そして液体を流し込むと、ぐったりとまるで動かなくなる。


「おお、すっげ…早く運んでやろうぜ」


俺たちは血が集中して硬くなっていくのが分かった。

綺麗な顔を汚してやりたい一心で、クラブの鍵を壊して部屋の中に入っていく。

誰も居ない部屋の中、広いスペースの中心で、俺たちは楽しもうとした。


だが、それが出来なかった。

犯す一歩手前で、予想よりも早く目が覚めた女が、笑っていたからだ。




_____________。





クラブの中へと入った時。

其処で俺は、異臭が放たれていて俺は思わず眉を顰める。

魚を捌いた時に流れた血と臓物を三日間放置した様な嫌悪感溢れる臭いに満たされていた。

俺は薄暗いクラブの中へと足を踏み入れる。

其処で目の当たりにしたのは、水溜まりだった。

部屋が暗くて、その水溜まりが何色かは分からない。

だが、靴が水溜まりに触れて、足を挙げた時の粘液は、紛れも無く水では無い。


「これ、血…なあ、おい!!妃紗愛!!」


明らかに、人間が出血して出来る程の血の量じゃなかった。

ここで何があったかなんて知らない、だけど、妃紗愛が無事かどうか、俺は安否を確認する様に叫んだ。


「…あ?」


血の中から、体を起こす人間の姿を俺は視認した。

ゆっくりと立ち上がって来るその人影は、俺が良く知る人間の一人だった。


「妃紗愛、かっ?!」


声を荒げて近づく。

妹の姿を見かけて安堵と同時に、心配してしまう。

この奴らは、無能力者だが犯罪者だ、何か尊厳を踏み躙る様な真似をされたのでは無いのかと、俺は思ってしまう。


赤く染まる妃紗愛の衣服、白い肌が赤黒く滲んでいる。

その表情は怯えている、先ほどまで怖い思いをしたのだ、その表情は当然の事だ。

だが、俺は向かう足を止めていく、何故か、違和感を覚えた。



「き、さら?」


自らの妹の名前を口にする。

何故この時、俺が彼女の名前を口にしたのかは、彼女の安否を心配したからじゃない。

妹が、東儀妃紗愛が本当に、自分の妹であるのか確認する為に名前を口にしたのだ。

その言葉に反応するように、ゆっくりと俺の方に顔を向ける妃紗愛。


「お、にいちゃん…」


悲哀の表情を浮かばせて俺の方を見つめてくる妃紗愛。

その顔に、かつての妹の顔が思い浮かんでくる、杞憂だったと思いたかった。


「お前、誰だ?」


その顔は確かに妃紗愛だ。

その衣服も、身長も、全ては妃紗愛のもの。

だが、その魂は違う、別の何かが居る様に思える。

俺の言葉に、悲哀の表情を浮かべていた妃紗愛は、唐突に笑い出した。

絶対に妃紗愛がしないであろう、口元を目一杯引き攣らせて、ピエロの様に笑う様な真似は、決してしない。


「あっれ、完全に騙せたと思ったのに、案外分かるんだな」


妹の声が、これほどまでに別人と感じた事はない。

恐怖すら抱いてしまった俺は、能力者、と言う単語を頭に過らせる。


人間が能力者に覚醒した時、時に人格が別のものに成り代わる事がある。

そうなれば、元の人間に戻す事は難しいと。


「いやあ、残念、折角遊んでやろうと思ったのによぉ、こうして、また女として生を受けたしな、もっとこの顔を使って、骨の髄までしゃぶりつくそうとなぁ」


けらけらと笑う妹。

完全に別人だと、俺はそいつを睨んだ。


「お前、能力者になったのか…この惨状も、お前がしたのか?」


俺の質問に対して、妃紗愛は首を傾げて人差し指を自らのこめかみに押し当てた。


「何言ってんだよお前、あぁ、お兄ちゃん、だっけか?能力者じゃねぇよ、オレは、転生者だ」


てん、せい?

別の人間に生まれ変わる、と言う意味合いの、転生、と言う言葉か?

一体、何を言っているんだ、こいつは。


俺は、妃紗愛を見ながら近づく。

すると、血の海の中で、呻き声が聞こえてきた。


「た、たすけ…たすけ、て…」


俺は声のする方に視線を向ける。

頭が丸坊主の男が、両腕と下半身から先が切断された状態で助けを乞うていた。

残念だが、その状態では最早助かる事は無いだろう。


いや、例え助かる命だったとしても、妹を危険に晒した輩に義理を掛ける気など無い。

このまま死んでくれた方が世の中の為ですらある。

だが、その声に反応する妃紗愛は、ゆっくりと腕を上げる。


「ゴミが喋るなよ、臭ぇガス撒き散らすな」


その言葉と共に、妃紗愛の手の中から鞭が出現した。

そして、その鞭を振るい、妃紗愛は、男に向けて振り下ろした。

しなやかで柔らかな鞭は、まるで刃の様に、男の頭部と胴体を一撃で切断した。

断面図を見せながら絶命する男を、妃紗愛は血の中を歩きながら足で踏み付ける。


「あー汚ねぇ汚ねぇ!!気色悪いんだよゴミカスがよぉ!!てめぇらみてぇなカス溜まり如きが軽々しく触ってんじゃねぇぞボケがぁ!!」


言葉に綺麗さがない。キレはあるが、そんな事はどうでもいい。

能力者だろうが転生者だろうが、もう、妹と呼べる存在はこの世に居なくなってしまった。

それに加えて、こうして、悪人だろうとも、人を殺す事に躊躇が無い。

こんな人間を野放しにはしておけない、なによりも…妃紗愛の尊厳を踏み躙った行為を続けさせる事だけは、俺が許さない。


「おい」


俺は手を伸ばす。

血の海に向けて妃紗愛を押し倒す。


「あ?なにしやがるてめッがッ!はッ?!」


お前がこのまま、能力者として人を殺して人様に迷惑を掛けるくらいなら。

俺は、今この場で、妃紗愛の首を絞めて殺す事に決めた。


「俺の記憶が、まだおまえの内に、死んでくれ」


腕を振るい、俺の腕や腹部を殴る。

だが痛くはない、元々、彼女の身体能力はそれほどまで高くは無かった。

俺は、このまま妹を殺す、それが最善の行いだ。

そして、それだけでは終わらない、俺は、妹を殺した罪を抱きながら自害する。


「お前を殺して…俺も死んでやる、それが、ケジメだからな」


それが俺の決めた事だった。

次第に、妃紗愛の顔が、蒼褪めていくと、俺の両手を掴んだ。

決して、その手は俺を離そうと藻掻いているワケじゃなかった。

その行動は、俺の手を優しく掴んでいて、まるで誘導しているかの様にも見えた。


「お、にい、ちゃ…」


寸前。

俺は、その妃紗愛の顔を見て、以前と同じ妹の姿を思い浮かべた。

その声色は、首を絞められていながらも、先程の卑下た声色とは違う、元の妹の声だった。

だから、俺は元に戻ったのかも知れないと、手を緩める。


「ごめ、ごめん、なさい、お兄ちゃん…ごめん…な」


呼吸を始める妃紗愛。

そのまま、ぐったりと失神をする。

先程の言葉は、あの嫌悪感溢れる転生者のものじゃなかった。

もしかしたら、妹は元に戻ったんじゃないのかと、俺は一縷の望みを抱いてしまった。


俺は、血だらけになりながら、妹を背負う。

誰にも見つからない様に、外に出て、家を目指した。

どうにか、目が覚めて、元に戻ってくれと、俺は願った。

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