《向こう側へ》

目の前では、惨状が広がっていた。

「嘘…だろ…⁉︎」

考えが甘かった。

AVWOは、既に本部に侵入していたのだ。

PMTのメンバーはみんな、倒れて意識を失っていた。

目立った外傷は見られないが、あたりの匂いを嗅いで、理解した。

硫化水素だ、この特殊な匂いは。

しかし、それだと不可解な点がいくつもあった。

まず、硫化水素には特殊な匂いがある。

それだと、対象を殺す前に気づかれるため、殺人には向いていない。

そして、何より部屋の窓が開けられているのだ。

殺そうとしていたのなら、ガスを充満させるためにも、部屋は完全に密閉するはずだ。

なぜか完全に殺すことはできないようになっていたため、全員一命は取り留めていた。


辺りを見渡すと、あることに気がついた。

横山が、扉の付近で倒れている。

「おい、横山!」

しかし、やはり返事はない。

横山の側にあった壁に、指紋認証の鍵があった。

そして、事態を全て把握した。

「や、やばい…」

メインシステムの置かれている部屋は、静脈認証によりロックが掛かっている。

それが、気を失っている横山の手を利用して開かれた。

中を覗く、そして内部で広がる光景に困惑した。


メインシステムには、傷一つも付いてはいなかった。


後方で、物音がした。

音の発生源は、おそらく転移室だろう。

転移室に入ると、そこにも異様な光景が広がっていた。

聞こえていた物音は、転移装置が稼働している音だった。

「なんだよ…これ」

床には、AVWOの人々が横たわっていた。

そして、その頭には転移装置が取り付けられている。

そこで、横山からいつか聞かされた言葉を思い出した。

今まで使われたことのない、秩序維持プログラムの存在。

これは、仮想世界の住人のデータを抹消するためのプログラムだった。

それを使えば、現実世界からも、仮想世界の内部からも、住人を抹消することが可能になる。

現実世界からプログラムが使用された痕跡がないのを見ると、AVWOはなぜか内部からPARAISOを崩壊させるという手段を取ったようだ。

「光綺、これは一体どういうことなんだ⁉︎」

横山が慌てた様子で部屋に入ってきた。

俺は、今まで起きていたことを全て、横山に話すのだった。


「ま、まずい…」

横山が頭を抱える。

数分間、沈黙が漂った後だった。

突然、横山は俺の顔を見て、告げた。


「光綺、PARAISOに行ってくれ」


秩序維持プログラムは、仮想世界の人間を抹消できるプログラムだ。

それには、2つの使用方法が存在している。


一つ目は、現実世界でプログラムを使用し、住人を記憶ごと消去、PHAPと即座に置き換える方法。

二つ目は、内部から住人のデータを消去する方法。

これは、現実世界の人間にプログラムを付与して仮想世界に送り込み、管理者ツールを使用して住人を抹消する方法だ。

プログラムを付与することで、記憶は完全に保たれたまま転移装置を使用することができる。

もちろん、住人という定義には、PARAISOに外部から入った者も含まれる。


しかし、今回は一つ目の方法を取ることはできない。

それにはかなり複雑な理由がある。

仮想世界に入ったAVWOのメンバーが、ノイズという存在になっているということだ。

仮想世界に入るときに何らかの異常が発生し、記憶を全て保持していたりすると、仮想世界では不安定な存在となってしまう。

そうなってしまった人物のことを総称して、PMTではノイズと呼んでいる。

これが、秩序維持プログラムを使用してPARAISOに入った人間にも適用されてしまうのだ。

仮想世界の人間は、プログラムで構成されている。

ノイズはプログラムにも不具合が生じているため、現実世界から秩序維持プログラムを使用しデータを抹消することができない。

ただ、内側からならそれが可能だ。


転移装置を取り付けられ、プログラムを付与された俺は、PARAISOへと送り込まれた。


目を、開ける。

そこに、見慣れた町の風景が広がっていた。

後方から音がした。

振り返ると、車がこちらに向かってきていた。

轢かれる、そう思った時、車が停車し一人の男性が降りてきた。

「大丈夫ですか?」

間違いない、この女性は祐奈の母親だ。

PHAPが現実世界の人間のコピーだとするなら、PHAPの彼女も俺のことを知っているはずだ。

それなのに、なぜ彼女は俺に気づかないのだろうか。

そんな疑問は、車のフロントガラスに映った自分の姿を見て解決した。

俺は、俺ではなかった。

仮想世界に入る時に、容姿のデータを上書きされたのだろう。

俺の顔は別人になっており、服装も違うものとなっていた。

とにかく、今は仮想世界に入ったAVWOの人間の確保が最優先だ。

「大丈夫です、というより、こんな人物を見かけませんでしたか?」

そういって、持っていた彼らの写真を見せる。

「んー、見かけなかったですね、ただ、この近くで突然人が飛び出してきたって噂は聞きましたね」

突然人が飛び出して来た。

きっと、さっきの俺のような状況なのだろう。

「どっちの方向に行ったとか、知ってますかね?」

「聞いた話によると、このままあっちの森の方を進んでいったとか」

「分かりました、ありがとうございます!」

今ので、捜索範囲はかなり絞り込まれる。

俺は彼女にお礼を言って、走り出すのだった。


『今、PARAISOにはPHAPの君がいる』

突如、何処からか横山の声が聞こえてきた。

『だからこそ、君が二人いるなんてことにならないよう、姿を変えたんだ』

なるほど、そういうことだったのか。

「AVWOの奴らの姿は?」

その問いかけに、彼は言った。

『現実世界からプログラムを付与しない限り変装のようなことはできないよ』

そして、彼は続けた。

『今の所姿を変えるプログラムは見当たらないし、PHAPとの混同だけ注意して』

なら見つけやすい、と思った矢先、ある考えが浮かんだ。

「小道具を使った変装は?」

『それは可能だね、けど、君の目は節穴じゃないだろう?』

俺は、心の中で微笑した後、言った。

「あぁ、任せとけ」


そして、ある程度進んだ時だった。

『PARAISOの地形データと、住人の行動データを照合できた、今データを送る』

「分かった、見てみるよ」

周りに人がいないことを確認してから、管理者ツールを呼び出す。

PARAISO内の詳細を見たが、人口に変化は見られなかった。

今ならまだ、間に合う。

『奴らの場所が分かった、今マップに反映させるよ』

マップに、移動し続ける赤い点があった。

しかも、俺の今いる場所から五百メートル以内に。

「行くか」

俺は、近くに置いていたバイクに飛び乗り、走り出すのだった。

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