《交戦開始》
プログラムデータを覗く。
今まで何度も確認したが、問題はない。
祐奈の動向も、異常は見られなかった。
「横山、準備はできた」
「よし、こっちも問題はないよ」
今日は、PARAISO稼働予定日である3月6日。
俺たちは、プログラムの最終チェックをして、問題がないことを確認できていた。
PMTに入って初めて知ったことだが、今現在で、PARAISO転移希望の国民は約4万人にもなっている。
それほど、人々の希望となり得るものだったのだ、このPARAISOは。
「なぁ、横山」
ふと、俺は彼に尋ねた。
「何で、PARAISOが開発されたんだ?」
すると、横山は他のPMTメンバーと顔を合わせた後、こちらに向き直って言った。
「ここにいるみんな、何らかの理由で大切な人を亡くしている」
そして、少し暗い顔になって、続けた。
「亡くなってしまった時期が時期だからね、もう既に脳細胞も壊れていて、記憶をデータ化するなんてことは、不可能に近い」
それは、俺が初めて見た表情だった。
いつも少し恐れていた彼も、結局は一人の人間だった。
「だからね、少しでも大切な人を失う苦しみを軽くしよう、そういう想いが、このPARAISOを作り上げたと言っても過言ではないんだよ」
その言葉を聞いて、俺は少し俯いた。
似ているのだ、俺と横山は。
いや、俺とここにいる人々は、みんな。
俺も、戦争で家族を失ったから。
3月13日にやっと、全ての人々のPARAISOへの転移が終了した。
PARAISOの稼働状況は、かなり良好。
PHAPも、しっかりと役割をこなせているようだった。
しかし、そこに迫り来る魔の手があった。
3月15日、俺が8時にPMT本部に到着した頃には、既に緊迫した雰囲気が漂っていた。
「ついに来たのか」
そう、横山に問いかける。
彼は今だかつてないほど深刻そうな表情を浮かべながら、言った。
「あぁ、反抗勢力、AVWOに動きが見られた、町中を移動中のようだが、警察が出てくるほど勢力は大きいみたいだ」
総勢200人程の集団が、ここを目指して向かってきていると言う。
山という地形もあり、この場所は鎮圧がかなり面倒になりそうだった。
かといって、ダムで持続的に電力を供給、冷却をしているため、メインシステムを動かすことはできない。
だからこそ、奴らがここに到達するのを、全力で阻止しないといけない。
特殊部隊も駆けつけ、一気に戦闘状態に移行する。
「体が鈍ってないといいんだがな」
俺は、戦時中に最前線で戦っていた。
武装も最小限に抑えて、自分の瞬発力を活かせるようにしていた。
ナイフとピストルを手に取る。
政府が背後にいるだけある、武器も、俺に合った専用のものを支給された。
俺だけのためにカスタムされたナイフとピストル。
そして防具の方も新素材で作られた軽いロングコート。
その重量に反して、マグナムの弾を受けても貫通しないというスペックだった。
あの時は、武装していても銃弾が身体を貫き、出血で意識が朦朧としながらも戦っていた。
深呼吸をして、街を見下ろす。
黒い塊が、こちらへと迫ってきていた。
「全員、戦闘開始」
一斉に、山を下っていく。
敵一人一人を、はっきりと捉える事ができた。
ナイフ、包丁、斧、銃、防弾チョッキ。
戦争でも起こすかのような武装をした集団だった。
ただ、数が多ければ多いほど、こういった状況下では不利になりやすいことを、俺は知っていた。
「...結局は数だけ、か」
計画性もなければ、チームワークもない。
俺なら、警察を動かすことはもちろん、誰にも気づかれずにメインシステムを破壊することだってできる。
見たところ、寄せ集めの集団のようだったため、それは不可能に近いのだろう。
「まともに武器も使えなければ、こうなるのも当然だ」
俺は、地に伏せた数十名の敵を見下しながら言った。
そう、結局のところ、雪崩のように向かって来ている敵の集団で、脅威になるのは最前にいる奴らだけなのだ。
後ろにいる奴らは、前の仲間に当たることを恐れて、武器も振れず、銃も撃てない。
集団で敵に向かうデメリットは、そこにある。
俺の実力を恐れたのか、もう俺に立ち向かってくるやつはいなくなった。
ただ、そこで慈悲を与えれば、またこいつらは犯行に及ぶ可能性がある。
俺は容赦なく、目の前にいる全ての人間を殲滅しにかかった。
あれだけいた敵も、最後の一人になった。
俺は、目の前の男から異様な存在感を感じていた。
「おまえは、この集団のリーダーか何かか?」
その男は、狂気的な笑みを浮かべた。
ゾッとした、まるで男がこの世の存在じゃないような感覚に襲われたからだ。
「全ては、人々を地に還すために…」
目の前で、あり得ない光景が広がった。
男は、自分の首元にナイフを刺し、力なく倒れた。
男の首から、ありえない量の血が吹き出している。
俺は恐ろしくなって、すぐに本部に連絡を取った。
「光綺だ、敵は全て殲滅した、ただ男が一人、自殺した」
しかし、一向に返答は返ってこない。
しばらくして、かすかに声が聞こえてきた。
「……か…がせん…いる………きて……れ」
何かがあった。
そう思った俺は、急いで本部に戻ることにした。
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